0-3 王都の憂鬱 遺跡の攻防


 …帰れない。


 いきなり異世界などに飛ばされてなおーーだからこそ、かもしれないーー勝気な姿勢だった青山も少し青ざめている。かく言う自分も、頭の整理がつかない。悲しいでも、辛いでもない、取り返しのつかないことをしでかしたあとのような、そんな感覚。


 気を利かせ、とりあえず風呂でも入って落ち着いてくれとぎこちなく勧めてくれたのは幸いだった。今は少し、考えたい。先を行く委員長に従い、5人俯いて歩く。世界を違えても変わらず空にあった太陽は顔を隠し、窓越しでも見事であった赤い空はすっかり色を失っている。日が沈んでなお明るく照らす豪奢なシャンデリアがどこか空々しい。こんなことがなければ、今頃は、。

 

 


 











 

 腕の一振で氷壁を生み出す。

 大剣の一薙ぎでそれを砕く。


 かつての級友を同じ地に迎えてなお、遠い地にて戦闘は続く。


 氷壁を砂山のように吹き飛ばしそのまま突貫する紅き竜人を前に、構える。大剣を片手で軽々持っての、大振り。一撃で村ひとつ吹き飛ばすそれを、手にもつ鍔と剃りのない片刃直刀ーー仕込み杖とでも言おうかーーで流す。頬の皮を削ぎながら後方の壁を派手に吹き飛ばした斬撃を一瞥もすること無く懐に飛び込む。炎を纏う、雷撃の速さの一撃。しかし無造作に腕で受けられたそれはその鱗をいくらか引き裂くに留まる。頭上で人とはかけ離れたその顔が嗤う気配。

 …硬い。だが、通りはする。ノーモーションで起こした突風で無理やり体を吹き飛ばし、距離をとる。左腕を硬化する。硬さはあるが精密な操作ができない土魔法の装甲を纏い、砕かれるそばから硬度に欠くが精密動作が可能な氷魔法の鱗で補強していく複合装甲。

 再び突貫する赤い影。繰り出された横薙ぎの一撃に硬化した左腕を割り込ませる。赤影の笑みが深くなる。それに応えるようにこちらも獰猛に笑む。


 左腕の、肘からしたが轟音と共に両断される。


 彼の師が考案し、それを受け継ぎ鍛えた複合装甲の技術ならばあるいは、山を割る豪剣をも受け止めうるだろう。しかし、切断面から吹き出る鮮血は、敵の目を潰し。拍子抜けするような手応えは、困惑を与え。そして何より人体は高度な上にそうさのしやすい魔力の供給源となる。まして神によって与えられた肉体を持つ彼ならば。

 体の一部分を失う異様な痛みを意識の隅に捨て置く。見開かれた血走った目前の紅い目を、自らの鮮血が吹き出す切断面で薙ぐ。同時、宙を舞う左手だったものが、先程よりも透き通る堅固な氷壁となり、相対する敵の大剣を右腕ごと埋め込む。完全に拘束することは出来ないだろうが、時間を稼ぐ枷としては十分。張り付いていた余裕の笑みが剥がれ目を丸くする気配。

 動きが数瞬、しかし決定的に止まる。引き絞られた刃を紫電の蛇が這う。狙うは喉元。それを感じとったか、大剣を諦め飛び退ろうとする。だがもう遅い。

 放たれた紅紫の矢は、右手に多い隠された喉元でなく。左腕の二の腕を背中の左翼ともども深く串刺す。そのまま突風で体をはね上げ宙を舞い、背中に取りつく。そして杭打たれた自らの剣をてこの容量で思いっきり引き寄せる。

「ッ!…貴様…!」

 傷口をえぐられ竜王が喘ぐ。それに呼応するように、刃をねじり込みながら火焔を纏う。

 勢いのまま左腕、左翼を焼き切る。

「ッ!」

 赤い竜の顔が苦痛に歪む。鮮血が吹き出す。竜人王が統べる竜とは似て非なる「龍」の骨を素材に鍛えられた刃は鋭利にして不壊。血を糧に生きるイビルエルダートレントの腕木をアダマンタイトで加工して作られた鞘は収められた刃に過剰流血の呪いを付与する。大量の鮮血は瞬く間に赤黒い池を作り、数瞬前まで屈強な腕と翼であった肉の塊を飲み込む。

 刃の表面に冷気を這わせ、赤黒く染った氷の霜を一振りに払い落とす。思い出したようにバランスの悪い左腕に目を向け、神聖術をかける。傷口を潰し強引な止血をする敵とは対照的に、蜥蜴の如く腕が生える。目前の相手が見ようによっては蜥蜴に見えなくもないのは達の悪い皮肉か。明らかに焦りを見せる対の紅目をその隻眼に認め、満足目に、しかし残虐に自らの唇を歪める。そもそも堅牢な鱗を纏う竜の一族は回復能力に乏しいのだ。さて、そろそろ頃合か。

 驚愕、焦り、そして恐怖に揺れていた竜人王に怒りが燻り始める気配。無言で残された右腕を振り上げ、大きく膨張する。どうやら怒声をあげる気すらないらしい。

「ゥググゴガァアアァァァァァッッッ!!!!!!!!」

 もはや意味をなさない咆哮と共に、右腕が叩き落とされる。文字通り、地を割る一撃。時間差を置いて放射状に走る亀裂は壁を越え天井を超え、遺跡全体に到達する。雨あられの如く降り注ぐ岩石。体表面を走る風の装甲を前に即座に砂と化す。砂嵐の目の中、大量の岩に埋まりながらも隻腕を振るい破壊をもたらす哀れな王を尻目に飛翔を開始する。

 青空が見えた時には数瞬前まで自分がいた遺跡は完膚なきまでに破壊され、瓦礫の山となっていた。中空にて首を軽く鳴らし、背伸びをひとつしてから懐中時計を見る。7時38分。6時の鐘と同時に始まった戦闘はそこそこ早く終わったとはいえ言いつけられた時刻からは大きく遅れた。血吸いの黒刃を鞘に収め、見た目はただの黒杖となった愛剣を軽く振りながら参ったな…とばかりに遠い目をする。どやされるやろな…と遅刻が確定した学生のようなことを考え、ため息とともに結晶を割る。青白い光が体をつつみ、形容し難いほどに崩壊した瓦礫の山の上空から人影が消える。残された崩壊の跡からはもう音もしなくなった。森林の中に異様に広がる遺跡とはもう呼べなくなった岩山に、森の静けさが戻っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る