0-2 委員長
コスプレのようなーーしかしそれにしては実務的な格好をした委員長に案内されたのはどうやら彼の居室のようだ。石畳の部屋から外に出ることなく上階にエレベーターのような、しかし決定的に違う装置で上がった先の部屋。廊下と同じフローリング仕立ての床に深い緑の絨毯がしかれている。家具の類は整えられたベッドとデスク、本棚がある。レイアウトはホテルの一室を思わせた。カーテンが空けられた窓の外はすっかり赤く染まり、昼過ぎだった時間はもう夕方になっていることを告げる。そして目を引く、大小2本の刀剣。両刃直刀でも言うべきか、簡素な、しかし鞘に収められたなお溢れる重厚感。
「えーと…適当にかけてくれ。」
一様に刀剣に注視していたらしいどこか場違いな制服姿の自分達に咳払いをしながら切り出す委員長。その言葉使いに、どこか違和感を感じる。彼は身内に対しても、もっと堅苦しい言葉を好んで使っていたはずだ。少なくとも、自分達が知っている委員長は。
「さて…何から話すべきか…。」
「じゃあ聞くけど、まずは私たちはどこにいるの?リーベアモル?だっけ、そんな国聞いたことないわ。」
言葉を紡ぎあぐねる委員長に、相変わらずの勝気な発言がベッドに腰かけた青山祥子から飛び出す。
「あぁ…聞き覚えないのも当然だろう。だが、確かにここはリーベアモル王国だ。だが、前提条件が間違っている。」
「は?」
「…落ち着いて聞いてくれよ。ここは僕達が住んでいた世界ではない。少なくとも、地球ではない。どこか違う星…もしくは、異世界。」
「…は?」
戸惑う一同。それを見て苦い顔をして頭をかく委員長。
当然だ。ついさっきまで平和な学生生活を営んでいたのが、奇妙な現象の末に違う星だか異世界だかにいるときた。最近は異世界転生なるジャンルのラノベがあるとは聞き及んでいたが、直人にはラノベとはオタクが読むものという認識があり、読んだことはない。
委員長の言葉が続く。
「リーベアモル王国は大陸屈指の大国だが、決して安泰とは言えない。大陸東の海岸を前線に行われている魔軍との戦争。それが王国のみならず人類そのものを危機に追い込んでいる。」
「…は?」
「僕らは、その戦争から人類を救うために呼び出された、そうだ。」
「…はぁぁぁぁあぁ!!!??」
その後も委員長の説明は続いた。ここが電気などといった元いた世界の近代文明でなく、この世界が持つ「魔素」と呼ばれる物質を用いた魔法によって文明が発展していったこと。それとは別に、神への祈りによって超常を起こす神聖術の存在。稀に神によって与えられ、異常な力を示す加護を持った人間がおり、自分達もその1人だということ。この国の老齢だが親しまれている王。そして跡継ぎ争いで真っ二つに別れた王弟と嫡男、それらを出し抜いて政治を操らんとする貴族達の権力争い。ほかのクラスの人は召喚の際に時間や場所がずれ、既にこの世界にいること。
そして、自分達は召喚に成功したたった5人の勇者であること。
完成された勇者である自分達は、魔軍を統べる魔王を倒さないといけないこと。
それをしないと、あるいは失敗すると、人類は滅びること。
「…とまぁ、そんなところだ。なに、お前たちはまだレベル1の勇者。身体能力も上がってないし、今なら俺でも倒せるが、鍛えれば誰でも強くなる。お前らは英雄になれる器を持っているんだ。魔王討伐も夢じゃない。」
「…ちょっと待って。急にわけもわからない世界に連れてこられたと思ったら世界を救うために戦えって?ただの中学生の私に!塾だってあるし明後日は妹の誕生日もあるの!私は帰る!魔軍だかなんて知らない!どうやったら帰れるの!?」
今までは黙って話を聞いていたが相当我慢していたらしい。せきが切れたようにまくし立てる青山を前に、しかし委員長は動じず言葉を受け止める。
「…それは不可能なことだ。」
「どうして!?」
「…俺がこの世界に来てから半年がたっている。それから先にこの世界に来ていた人にこの世界のイロハを教わり、戦闘の訓練を受けていた。当然その時俺もその事を考え、師に聞いたさ。…答えは、俺がまだここにいることさ。」
…委員長の話を聞き、状況を理解すると共に薄々は気づいていた。しかし、気づいていないふりをした。気づいてしまったら、本当に戻れないような気がした。見たいドラマもある。やりたいゲームもある。気に食わなくはあるが、父母も妹も、会えないと思うとそれは耐えられないと思った。
帰りたいと思った。
しかしそれでも、現実は非常に。
「最初の人がこの世界にたどり着いてから10年。だが誰一人として元の世界に戻れていない。俺達は、帰れない。」
元の世界にいた時は聞き流していた委員長の言葉が、重く、現実を告げる。
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