0-1 かくて彼らはその地に降り立つ


 彼ーー横山直人はなんの変哲もない中学3年生だ。特別貧しくも裕福でもない家庭に生まれ、保育園を出て小学校を出て、徒歩7分の市立中学に入学する。

 そこそこ真面目に打ち込んでいたサッカーの部活も引退し、持て余した時間を勉強に打ち込むでもなく何となくゲームをして過ごす日々。

 勉強も中の下、と言ったところで地元の都立高に受かる程度には勉強しなければ、とは思っているが、参考書を開く気にもなれず10月になった。


 その日、その時も普段通りだった。予鈴がなったとがなる学級委員を横目に他愛のないゲームの話に花を咲かせる日常をなぞったような昼休み。しぶしぶ席につきカバンを漁りそういえば小テストがあったか、などと考えながら本鈴を迎える。


 鐘の音に少し違和感を感じ、頭をあげる。



 視界がぼやける。



 「ッ…!」咄嗟に叫ぼうとするも、声が出せない。否、音が出ない。だが苦しさはない。


 ぼやけた視界はもはや原型を留めていない。目を閉じまぶたを強く押した時に見える幾何学模様の景色にどこか似ているとふと思う。


 ほかのクラスメイトの姿は見えたのは幸いだった。気が狂うことは無かった。どうにか平静を保つよう努めるができることは何も無かった。


 体の感覚が、希薄になる。



 自分の体が認識できなくなる。



 魂が、抜けるような感覚。



 頭の中が白く塗りつぶされる。


 

 …どれほど時間が経っただろうか。

 何時間もかかったようにも、一瞬のようにも感じられた。


 感覚が戻っている。

 自分の体を知覚できるようになる。


 

 …気づいた時には、視界が戻っていた。聴覚、触覚、嗅覚も無事に機能する。




 辺りを見渡す。

 

 磨きあげられた石畳。光を失った幾何学模様。何組もの高級そうな靴。どうやら跪いたような格好をし、幾人にも囲まれいたようだ。


「…ここ、は…」


 呟きに、視線を向ける。

 …吉田栄一。元いたクラスでは隣の席だった男子だ。

「おい、お前…」


「いたた…」


「なに…ここ…」


 声をかけようとするが、他にも声がする。

 …細田奈々。青山祥子。


「ん…なに…。」


  平川凛。

 クラスの人全員いるのか、も思ったがいたのは自分を含め5人しか見当たらない。


「なにが…」


「リーベアモル王国へようこそ。」


 高く澄んだ鈴の音のような声。指揮になれた、声量は決して大きくないがよく通る声はそれだけで声の持ち主の位の高さを感じさせる。

 目を向けると、いかにも王女然とした女がにこやかにこちらに微笑みかけていた。

「あなたは…」

「リーベアモル王国第三王女、リューゲでございます。」

 問いかけると即座に返事が来た。豊満な、しかし上品な美しさにこんな状況にも関わらずみとれる。横から冷ややかな視線を感じた気がするが、多分気の所為と信じたい。


「ちょっと待って。王女様だか知らないけどここどこ?そんな国なんて聞いたことないしほかの人たちは?勝手に連れて来といて説明もないの?」

 思考を止める愚かな男どもをよそに勝気な青山がまくし立てるように言う。困った様子のリューゲをよそになおもなにか言おうとしたが、


「言いたいことは分かる。混乱するのもわかる。それも含めて納得のいくまで説明はする。だから1度落ち着いてくれ。」

 聞き覚えのある、声。

 いや、聞き慣れたなどではない。朝夕の学活、授業の礼に着席を促す声でうんざりするほど聞いた声だ。


 学級委員長、渡辺道夫。


 なんだ、お前もいたのか。そういえば鐘がなる直前にもどやされていたな。

 そう思い声のする方に顔を向けるが、何故か彼は自分達を囲う輪の中にいた。何故、と思いその姿に目を向ける。


 しかし、見慣れた校則通りの制服にネクタイ、度の強いメガネ姿はそこに無く。


 コンパクトな、しかし見てくれ重視の洋服とは比べ物にならない重厚感を放つ皮鎧に身を包み、

 松明の光を反射しぎらりと輝く鉄剣を手に下げた学級委員長の姿が、そこにあった。

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