我ら3B異世界を股に掛ける
クーゲル
0.Begining
0-0 迎える者達
四方から迫る
八方から降り注ぐ矢の雨。
人と似て非なる上位の亜人との戦闘はいつも命の綱渡りだ。人などという頭数以外に特に取り柄もない、生まれただけで不幸な種族。しかしその不幸を悟らぬ千万の民の安寧を守るため、百の戦士が血を流す。その百の中でもさらに一握りの単身敵の拠点に乗り込みそれを潰して回る戦狂いの死なない兵、それが彼だ。エインヘリヤルたる彼は今日も血に濡れた戦場を駆ける。
老いた、しかし老いてなおその紅色の瞳を爛々と輝かせる老兵を先頭に突貫する敵。刺すような殺意のこもった視線を隻眼で受け止め、静かに手に持つ刃を握り直す。
激突、一方的な殺戮。
風を纏い、炎を宿し、聖盾を具した人間が、竜の血を引く猛き竜人を死の嵐で飲み込む冗談のような戦闘。
12の竜人を即座に殲滅したその屍の山を前に、彼は独りごちる。
そろそろ、か。
先程までの雑兵とは比べ物にならない気配が近ずいてくる。息など殺しても意味ないので、空気を求め盛大に息を荒らげ、疲労を吐き出さんとする。背にあたるひび割れた石畳の冷たい。じめじめとしている上に砂埃が大いにたちこめた空気は、それだけで不快感を強める。大きく息を吐き捨て、幾度目か分からない神聖術を自らにかける。
「やってくれたなぁぁ小童ぁぁ!大事な部下共を食い荒らしやがったツケは大きいぞぉぉ!!!」
「…あいにく俺は育ちがいいんでね…ちゃんと食い尽くしている」
千里に届く竜の咆哮。比喩ではなく放射状に走るひびを後目に、皮肉で返す。足を踏みしめ一面に大量の氷の柱を生み出し場を整える。最後の息を吐き捨てる。足を止めたらしい気配を感じ取りながら、空を蹴る。
纏った白風によって得た浮遊と加速を頼りに宙を翔ける。氷柱をランダムに蹴り、加速した速度は音など悠にに置き去りにする。最後に柱でなく一見何も無い宙に浮かぶ空気の壁を蹴り、右手に握ったむき身の刃を振り上げる。身の丈ほどもある大剣を悠然と構える目前の紅い鱗を纏った竜人の王と視線が交わる。
…討伐は、無理か。脳裏にそんなことがよぎる。しかし、ここに来てからもう4日も不眠不休で奴の部下相手に戦い続けている。クソみたいな泥試合の末ようやく掴んだタイマンだ。腕の1本や2本貰わないと割に合わない。そんな投げやりな思考。
ーー衝突。
視界が白く塗りつぶされる。
同時、どこか遠くの教会で鐘が鳴った。
◆
ーー鐘がどこかで鳴った。
そろそろ、か。
書類から目を上げすっかり赤く染った空を見上げながら、彼は独りごちる。冷めきったコーヒーに口をつけ、顔を顰めながら席をたち、身支度を整える。
リーベアモル王国、王都ティアーモ。王城を中心に貴族街、市場、市民街が同心円状に広がる王国随一の街、その王城にほど近いところに位置する聖教会総本部。その最上階に近いところに位置する他と比べて質素な自らの書斎を後にし、教会地下を目指す。王城と異なり絨毯の無い質素な木造の床を一人黙々と歩き、不自然に広い石造りのその部屋に着く。何度か以前見た時と異なり、床に刻まれた幾何学模様の魔法陣は仄かに白く光、地下の薄暗い部屋を照らしている。わざわざ出てきた護衛を連れたこの国の王女を筆頭にどこか場違いなきらびやかな格好をした大衆がふでに多く陣取っている。男は松明の影となる部屋の隅に背中を預け、フードを深く被り直す。
「よーやくお出ましか。重役出勤もいいところだな」
視線を上げるとバイザーを下ろし顔を隠し、鎧の上からパーカーのような羽織を引っ掛けた白づくめ。そのいかにも騎士然な人物が横に立ち、話しかけてくる。
「なんだ、お前も来たのか。」
容姿に合わず砕けた物言いをする騎士にこちらも何気なく答える。
「まぁ、な。名前は忘れないように努めたが顔はどうも、な。」
「私ももうさっぱりだ。その辺は新参の委員長に任せればいいだろう…と。」
会話を遮り、描かれ魔法陣が強く光る。
どこか遠くの工房で金槌を振るう男が、顔を上げる。
どこか遠くの図書館でペンを走らせる女が、顔を上げる。
どこか遠くの酒場で飲みかわしていた女が、顔を上げる
どこか遠くの館で暗器を振るう女が、顔を上げる。
どこか遠くの遺跡で刃を振るう男が、顔を上げる。
ほど近い修練所で汗を流す男が、顔を上げる。
光を目前にした男が、口の端を吊り上げる。
どこで、何をしているのかも分からない男が、口の端を吊り上げる。
先駆者達が、それぞれ、しかし変わらず、その時を迎える。
ーー新暦797年5月1日6時15分。召喚の儀式が開始されてからちょうど10年。最後の5人を迎え、遠く異世界にて3年B組は再集結する。
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