第3話 大雨

 嫌なことを思い出してしまった。


 まだ、母が死んでから2ヶ月経っていない。ましてや目の前で亡くなったのだから、無理もないだろう。


 トラックと建物に挟まる音、紅に染った水溜まり、鮮血の鉄の香り、肌に滴る雨の感触。


 五感に刻まれた記憶が、今も私を苦しめる。


 母が言ってくれたように、泣いた。来る日も来る日も、泣き続けた。後悔や悲しみが、私に襲いかかってくる。今までそこに当然のように居てくれた人は、もう居ないのだ。


 気がつくと涙が出なくなっていた。


 涙が枯れ果てた私は、母に言われたように笑おうとした。しかし、いくら取り繕おうとしても微笑むことすら出来ない。


 どれほど先に進みたいと願おうとも、あの日から私の時は止まったままなのだ。




 そんな時だった。

 ぐうーー。お腹が鳴った。そういえば今日はまだ何も食べていない。


「お腹すいたしコンビニでも行くか…。」


 身支度を済ませ、コンビニへと向かう。


 傘をさして歩くが、やはり雨が強すぎたのか膝から下が、もう雨に濡れている。


「外に出てすぐ濡れちゃった…。」


 がっかりしながら、コンビニに立ち寄る。流石に、これだけ雨が降っていたら店内には私と店員さんの二人だけだった。偉いなぁこんな日まで…そう心の中で感心して会計を済ませている時、ふと時計に目がいった。


 コンビニの袋を片手に持ちながら

「明日も来てくれ。か…」

 彼の言ったであろう言葉を口に出し、コンビニついでにあの場所へ向かうことにした。すでに、昨日出会った時間を二時間、なおさらこんな大雨の中、路上ライブをするとなれば、もちろん機材も壊れるし、観客だって誰一人いるはずがない。


 そう思いながら、その場所へと向かっているとさらに雨が強くなった。


 家とは真逆のため、早く帰りたいと思ったが、せっかくここまで来たのだから確認くらいしなければと、私は足を進めていた。


 ようやく、私はその場所に着いた。厳密に言えば見える位置まで来た、だが…。


 やはり彼は、いなかった。


 確かに、いるわけがない。いなくて当然なのだ。諦めて帰ろう。そんな時だった、一瞬雨が静まった。


 私は、すぐ様振り返り、何も考えず昨日のあの場所へ駆け出した。


 そこに着いた時、息を切らしている私の前には、昨日の彼がいた。雨の中、歌わせてくれと言わんばかりに歌っていたのだ。


 その状況に理解できず、立ち尽くしていると一曲歌い終わったらしい。そして、立ち上がった彼は、手をゆっくりと頭の上で叩く。


 私は大雨の中、彼に拍手を送ったのだった。

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