第2話 お母さん

 次の日は、雨だった。それも、バケツをひっくり返したような大雨。この頃、晴れた日が続いていたからであろう。


 私は、雨の日が嫌いだ。


 屋根を弾く音はまるで、子供の頃怖かったテレビの砂嵐のような音だし、外に出ても服が濡れる。何よりも、晴れた日にはあんなに見えていた世界が狭くなり、視界が霞み、何も見えなくなる。一寸先は闇のように、雨に阻まれ孤独が押し寄せてくる。


 どうでもいいものはおろか、大切なものまでも見落としてしまう。


 私の母は、女手一つで私を育ててくれた。とても優しく、元気で人一倍頑張り屋さんだった。裕福とまではいかなかったが、それでも幸せな暮らしだった。


 高校を卒業してすぐ、私は近くの洋服屋さんで働いた。確かに接客は嫌いではなかったし、次第にやりがいを感じていた。そんな仕事にも、やっと慣れ始めた時だった。今日みたいな大雨が降った。


 いつもであれば、傘を持ってきていたであろうが、その日は天気予報も晴れでお昼まで確かに快晴だった。こんな災難なこともあるものだなと、母に電話をかけた。


「お母さん!今日傘忘れちゃってさー、雨弱くなったら帰るから遅くなりそう!」

「だから折りたたみ傘は一応入れときなさいって言ったのに…」

「ごめーん、忘れてたや(笑)」

「この子って子は…まぁ、ちょうど買い物にも行かなきゃなと思ってたしついでに傘届けてあげるよ!」

「えー、さすがにそれは悪いよ!」

「いいのよ、それくらい!運動運動!ダイエットしなきゃね!それじゃあ今からそっち向かうから待ってなさいな!」


 そう言うと、ツーツーと電話の切れた音がする。


 近いと言っても、家から職場までは徒歩15分程かかる。流石に、待ってるのも気が引けるし、走って母が来るであろう道を逆走しながら、家の方向へと向かう。


 濡れながらもようやく、横断歩道で向かいの母を発見した。「おーい!」と、手を振ったがどうやら気づいていない。見えていないのだろう。


 青信号になり、私が母の元へ向かおうとした時だった。大きな地響きと共にタイヤの擦れる音。その音の正体に気づいた時には遅かった。


 母は私の目の前から姿を消したのである。


 あの時、私が母に連絡しなければ。こうなることは無かった。


 私は、母を殺したのだ。

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