詩雨【短編小説】

きりてゃん

第1話 雨の音

 街ゆく人々。その雑踏は、まるで雨でも降っているかのようだ。


 みんなの心には、雲がかかっている。雲の間から光明がさしている人もいれば、曇天のような光を失ってしまっている人もいる。


 生前、母が私に何度も言ってくれた。


「泣きたい時は泣けばいい、転んだって、止まったっていいじゃない。また、笑って進めればいいのよ。」


 明るく元気な声で言ってくれたのを、私は昨日のことのように鮮明に覚えている。


 お母さんは、今の私を見たらどう思うのかな。そんなことを考えながら、晴れた日の街頭を歩いていた。


 すると、聞いたことのあるような懐かしいような歌声が聞こえてくる。お世辞にも上手いとは言えないけど、なぜか聴いていたくなるようなそんな歌声。


 音が鳴る方へ行くと、一人の男性が路上ライブをしていた。私と同じくらいの年齢だろうか?ダボッとしたジーパンに、シンプルなTシャツ。マイクスタンドを立てて椅子に座り、ギターを弾きながら聴いて欲しいというよりかは、歌わせてくれと言わんばかりにこちらには無関心。だけどなんだろう、すごく心に語りかけてくるようなこの感覚は。


 そう思っていると歌が終わってしまった。私は、思わず拍手した。まだ聞いていたかったなと少し残念に思う。


 だけど、そこには一つの拍手の音だけしか響き渡っていなかった。辺りを見渡しても誰もいない。それに、彼に拍手をしているのに微動だにせず、ただ、私の方を見ているだけだった。


 私は、ふと我に返る。路上ライブを見たのにお金を払わないのって悪いよね。早く払わなきゃ。


「いい歌でした、お金はどこに…?」

 彼からの、返事がない。

「あの…聞いてますか?」

 すると、彼は機材を片付け始めた。


 なんて感じの悪い人なんだろう。そう思っていると、小声でなにかボソボソっと呟いた。

 しかし、よく聞き取れず私は「なにか言いましたか?」と、聞き返すと機材を持って小走りで去っていった。


 聞き取れたところを、頭の中で考えた。

「お金は要らない。また明日も来てくれ。」

 小声でそういった気がした。


 そんなわけないよね。私は、その時気にもせず帰路にたった。

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