第2話 中野 翔也

 しばらくの沈黙の後、翔也は綾に恐る恐る声をかける。


「あの、大丈夫ですか…?」

「…ダメかもしれません、近くの町や村。出来れば、宿屋に運んでください。村長の家の近くなら尚更アリです」


 翔也は、目の前にいる女の子が何を言っているか理解が追いつかない。もう一度、翔也が尋ねる。


「どこか強く打ったりしてませんか?」

「…これはもうダメですね、私にはわかります。早く回復魔法、無ければ薬草で治療をしなければ私は色々とヤバいです。王都など近くにありますか?近いなら少しくらい我慢するんで王都まで運んで欲しいかな…なんて」


 少し照れ気味に言う彼女に対して、翔也の中の何かが崩れる音がした。


 放置していこうか迷ったが、自分が故意にぶち当たって、はっ倒した女の子をその場に放置することは流石に出来ず。とりあえず学校の保健室まで運ぶことにした。






 翔也は、中学時代にバスケットボールをしていた。常に、レギュラー入りし腕前もなかなかの実力であった。身長も高く、性格も良く、スタイル抜群、ムードメーカー的存在の彼は、それはそれはかなりモテる…はずだった。しかし、神は許さなかったのだ。


「あぁ翔也…あなたがイケメンならモテてたでしょうに…。そして翔也…あなたが紳士ならモテていたでしょうに…。でももう安心よ、きっとこの学園できっと良い出会いがあるわ?何故かって?それは、ここが去年まで女子校だったからでぇーす!ぐふふ!」


 そんな自演を、女の子を背中に担ぎながら校門の前でしている翔也もなかなかの変人である。


 ここ、「私立 並木ヶ丘なみきがおか学園」は、昨年まで女子校であった。


「いやー、それにしても女子校だっただけあって女子の数すげぇな!?比率どんくらいあんだこりゃ?…ふふ」


 不敵な笑みを浮かべながら、歩く女子生徒を卑猥な目で舐め回す。それは、まるで変質者そのものだ。


「あいつ、エロい目付きで私たちのこと見てない?」

「うわ、ほんとだきも…」

「マジ、サイテー…」


 かわいい女の子たちから貶されるのは、翔也にとってご褒美そのものであったが、背中に担いでる彼女を思い出し、保健室へと向かった。






 よいしょ…。と、彼女をベットに下ろす。


 可愛い女の子をおんぶするという最高のシチュエーション。更に、二人っきりの保健室。翔也の中からは、先程のおかしな彼女は完全に抜け落ち、目の前の無防備な彼女を見て唾を飲み込む。


 ごくり…。


(ヤバすぎなーい?可愛すぎなーい?さすが俺の眼力…。入学初日にこんな可愛い子とご縁が作れるとは!!なんて俺はついているんであろうか…恐るべし並木ヶ丘学園…ありがとう神様!俺頑張るからね!!)


 それはそうと、せっかく運んできた綾に話しかけた。


「あの…着きましたよー…」


 綾は目を閉じたまま、その言葉に食いついた。


「宿屋ですか!?村長は!?王様は!?近くに勇者しか抜けない聖剣はありますか!?!?」


 またしても翔也の中で、何かが崩れる音がした。当然、保健室に村長も王様も、勇者もいなければ聖剣もない。そんなものあるはずもなく、普段の翔也からは考えられないほどに燃え尽きていた。


 そして、ゾンビのようにヘロヘロになった翔也はため息と共に告げた。


「はぁ…いや、ここはただの保健室だよ。目開けてご覧よ…」


 期待に満ち溢れた綾は、翔也のその言葉を信じもせずにうっすらと目を開ける。


「なるほど。異世界の宿屋は保健室に似ているのか…。」

「違うよ…ここは、並木ヶ丘学園。俺と君の通う学校だよ。平気そうだし俺はもう行くね。」


 彼女に、異常がないことを確認した翔也は、一刻も早くこの変人から離れようと保健室から出ようとする。


そんな翔也に、背後から微笑みながら言う。


「そっかー、異世界じゃないんだ…残念。でもここが、普通の世界なんだったらさっき太ももを揉んできたのは絶対許されませんよね…?」


 ギクギクッ!その、溢れんばかりの殺気に翔也の全身から鳥肌が立ち汗がふきでる。


(中野翔也、絶体絶命の危機!?一体私、これからどうなっちゃうのー!?)



翔也はそう、心の中で叫ぶのであった。

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