第3話 八月二十八日
夕方、群馬との県境に程近い山奥で保護された小学生五人組の中にはちゃんと佳奈もいた。河童の仕業じゃなくて良かった、と胸を撫で下ろして父兄の
三日ぶりに会う佳奈は、野外で夜を明かしていたらしいこともあって随分と薄汚れて見えた。
「お帰り」
俯いた佳奈からの返事はなかった。
欲しくないというのを、
シャワーを済ませた佳奈をダイニングに呼んだ。
暖色のペンダントライトの下、麦茶を入れたコップが二つ汗をかいていた。
「遭難、どうだった?」
その問いかけはどうなんだと発した後で思った。
まだ波立ったままの胸の内が知れるというものだ。
「パパ、勘違いしてたよ。ヒトデなんて飼ってなかったんだね」
佳奈と一緒に行方不明になったクラスメイトの親御さんたちとの話の中で分かったことだった。家の猟銃やトラバサミを勝手に持ち出した子がいたらしいと聞いたのもその時だ。山奥の小学生はやることが違う。
「『星』って、熊のことだったんだね」
小学生たちは、飼っていたのではなく狩っていた。
正しくは、ターゲットの目星を付けて復讐を遂げようとしていたのだ。
佳奈はコップの麦茶を一口飲んだ。
「『
刑事ドラマの見すぎだよ、なんて私は笑ったりしなかった。
佳奈の真剣な告白に茶々を入れるなんて無粋だ。
「にしても、クラスメイト総出で。やることが大胆だね」
「……熊に襲われた女子大生の人、クラスの、ケン君の
佳奈は片付かない頭の中のあれこれを片付かないままに語るようだった。
「だから、だから、ケン君の元気が出るように、何かしてあげたいねって、臨海学校の間もずっと皆で話してて」
適当に相槌を打ちながら、私は世間の狭さというものに改めて驚く思いだった。
そういえばチャットでやり取りしてたときも駅前で乗せたときも、ユッコ@天文部ちゃん、こっちに可愛い親戚がいるんだって言ってたっけ。
「それで、皆で熊狩りか。子供たちだけで計画立てて、大人には秘密でこっそり準備して、大変だっただろうね」
「怒らないの?」
「パパにはとても怒れないな」
「……ごめんなさい。私、他人事と思えなくて。だって、ニュースで見たあの女子大生の人、どことなくママに似てたから」
「じゃなかったらこんな事にはならなかったのに」
「え?」
「ああ、いや、何でもない」
『智子も母さんによく似てた』
今は言うな。止めろ。
『私は母親に似た人を選んでいた。亡くして初めてその呪縛に気付いた』
「言うな止めろ」
『トラウマは自分自身で克服しなければならない。代りを見つけてけりを付け』
「止めろ!」
「パパ?」
「黙れ!」
「えっ」
「え?」
怯えきった表情の佳奈がこちらを見ていた。
いや違うんだ、ごめんごめん、と私はいつものように微笑みかけた。
「パパもちょっと気疲れしてるみたいだ。続きはまた明日話すことにしよう。ベッドに入って、もう寝なさい」
着信があった。表示を見るとPTAの役員の一人からだった。
私は佳奈を部屋へと促しながら携帯を耳に当てた。
このとき、手元からぶら下がった綺麗な星のストラップがケン君の物とお揃いである事実に佳奈が気付いて愕然としたことを私は知らずにいた。
都合よく熊に齧られてくれて本当ありがとうユッコ@天文部ちゃん、なんて思って安心していられた日々も振り返ってみれば束の間のことだった。
日を置かずして私の手が後ろに回り、佳奈は施設に預けられる運びとなった、あの夏の日のうだるような暑さを私は早いところ忘れてしまいたい。 了
『星』はアスパラも食べるかな 夕辺歩 @ayumu_yube
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