第41話 恐るべしアルコール

 ……眩しい。

 陽の光で目が覚める。

 朝だ、しかもこれは早朝の朝だ。

 起き上がってまだぼーっとする頭で考える。


 はて?確かジュリーと梅酒を呑んでいたはずだが……寝落ちしたのかなー。

 ジュリーがここまで運んでくれたのだろう。

 悪い事しちゃったなー、運ぶの大変だったろうに。


 部屋着のようなものは持ってないのでとりあえずお店のユニフォームに着替える。

 普段着とか部屋着や下着が欲しいなあ……

 なんとなく身支度を整えて階下に降りると、そこには目を疑う程の惨劇が広がっていた。



 ジュリーは酒瓶を抱きしめながら床に倒れ、ロードリック様は右手でグラスを、左手には細長く切られたスルメ数本を握りしめてテーブルに突っ伏している。

 エドワード様は腕を組み俯いて座ったまま寝ている様だ。

 一見普通に見えるが頭に食パン1斤とでっかいスルメ1匹が乗っかっている。

 なぜ落ちないのか不思議でならない。


 テーブルには数多のグラスと酒瓶が倒れ、そこからお酒が床へとこぼれ落ち軽い池が出来上がっている……あぁ、勿体ない。



 エドワード様とロードリック様、昨日お店に来たのね……

 もうちょい頑張って起きてたら一緒に呑めたのにな、残念だ。



 さて、3人は起こした方が良いだろうか……いや、酔っ払って寝た時は自然に起きるまで寝ていたいもんだよね。

 もういいや、このままこの人達寝かせておこう。

 それにしてもなかなかレアな絵だ。

 ジュリーはともかく、エドワード様とロードリック様のこんな姿はなかなか見られないだろう。

 てかスルメ……お、可笑しい……思い切り笑いたい……い、いや、それより毛布がいるな、持ってこよ。

 必死に笑いを堪えながら2階に上がりたっぷり笑わせてもらった後、毛布を3枚探し出して下へと戻る。



 とりあえず床にいるジュリーに毛布をかけた。



「うーん……マイハニー……」



 ハニー?……なんだろう、王妃様の夢でも見てるのかな?

 幸せそうな顔をして寝てるので良い夢でも見てるのだろう。


 もう1枚の毛布を広げてエドワード様に近寄る。

 せっかくの機会なので寝顔を少し眺めさせてもらう。

 無防備な寝顔が可愛くてちょっとドキドキしてしまう。

 長いまつ毛だなあ……端正な顔立ちとはこの事ね、と思いながら毛布をかけた瞬間――

 強く右手首を掴まれたかと思えばそのまま上に持ち上げられ、冷たく鋭い瞳で睨まれた。

 一瞬の出来事過ぎて何が起きたか理解が追いつかなかったが、掴まれた手首に強い痛みが走り現状を理解した。



「痛い……です……」



 ハッとした表情に変わるエドワード様。

 それと同時に掴まれた手首は離され、瞳はいつもと同じ穏やかなものに戻っている。


 あ、スルメと食パンはテーブルに落ちたのね、床でなくて良かった!などとどうでもいい事を考えてしまった。



「……ユメコ?」



 立ち上がり、明らかに驚いた表情のエドワード様。



「ええと……おはよう、ござい、ます」



 きっと驚かせてしまったのだろう、毛布なんてかけなきゃ良かった。

 余計な事をしてしまったよ。

 なんだか気まず過ぎて1歩後ろに下がりながらじんわりと痛む右手首を左手でおさえる。



「ごめんなさい、毛布をかけようとしたんですけど……その、驚かせてしまったみたいで」



 呆然としているエドワード様。



「エドワード様?」



 ちょっと顔を見上げて覗き込んでみる。

 どうしたんだろう?例えようのない複雑な表情をしている。



「手首を……見せて」



 へ?手首?

 言われておずおずと腕を出す。



「こんな……ごめん、ユメコ……」



 悲痛な面持ちでそう言われ視線の先を見て少し驚いた。

 手首に、掴まれた手の跡がしっかりと赤くついてしまっている。


 なんと、こんなホラーみたいな事って現実にあり得るのね!手の跡を凝視していると、その手首にエドワード様の大きな手が今度は優しく触れられた。



「本当に……」


 ああ、そんな顔で謝らないでほしい!


「だ、大丈夫!全然大丈夫ですから!お気になさ――」

 らず、と言い終わる前に抱きしめられる……驚きのあまり声も出ない。

 なにが起きた?

 なにこの状況。

 なんでこうなった?

 昨日のデジャブ?



「怖い思いも……させてごめん」



 怖い思い?

 耳元でそんな事を言われて気がついた。

 あら、私震えてる?



「ごめん……」



 耳元で、低い声で且つ若干ささやくように言われ、ちょっと変な気分になってしまう。



「び、びっくりしただけです!それだけですから!」



 そう言うとゆっくり身体を離してくれた。

 ホッともしたがもう少しこのままでも、なんて思ってしまう自分がいる。

 それでも両腕は優しく掴まれたままで距離が近い。

 震えはもうおさまったが代わりに心臓がうるさい。

 チラとエドワード様を見れば、憂いを帯びた顔をしている。



「ううーん……うるせーなぁー……」



 突っ伏していたロードリック様が身体を起こしてこちらを見た。



「……悪い、続けてくれ」



 再び突っ伏すロードリック様。



「何をですか?!」



 お願いだからこれ以上恥ずかしい想いをさせないでー!

 そんなやり取り中、エドワード様はずっと気まずそうな顔をしていた。



 ■□▪▫■□▫▪



「エーディー……」



 仁王立ちのジュリーが凄みのある顔でエドワード様に説教をしている。

 無意識とはいえ私の手首に痕を残したことに激怒しているのだ。



「嫁入り前の身体になんてものをををを!!」

「申し訳ない……」



 大きな身体を限界まで小さくして縮こまって座っているエドワード様。

 可哀想すぎる。



「ジュリー、本当にもういいから、大丈夫だから、すぐ治るよ」



 自分で自分を治癒しようと試みてみたが何故か治らない。

 紅茶を飲んでもダメだった。

 ジュリーの二日酔いは治ったのに。

 何故だ、理不尽だ。



「とりあえずはい、湿布」

「ありがとうございます」



 ロードリック様が湿布を貼ってくれる。

 スーッとして気持ちがいい。



「エディの反射神経は職業病みたいなもんだからな、もうその辺で許してやってよ」



 ロードリック様が苦笑しながらジュリーに話しかける。



 はあ、とため息をついてからジュリーがようやくイスに座った。



「ユメコ、お前エディと出かけてこい」


「え?」


「欲しいもんとか必要なもんとかあるだろ?ぜーんぶエディに買ってもらえよ。あと美味いもんも奢ってもらえ。それと!朝帰りはまだダメだからな、夜には絶対帰れよ」


「……はい?」



 むせて咳き込むエドワード様とそれを見て吹き出すロードリック様。

 朝帰りって言った?

 なにそのめくるめく大人の世界な話!いや私ももう大人だけども!!

 焦ってエドワード様を見ると少し困ったように笑いかけてくれる。

 ようやく見られた彼のその笑顔がなんだかとても嬉しかった。

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