第39話 男達の本音1
リックと共にティールームに着いたのは夕方前頃だった。
ユメコの事が気になって昨日の今日だがリックと2人で来てしまった。
「あいつ大丈夫かー?」
「将官が元気そうだったと言ってたしきっと大丈夫だろう」
ティールームのドアをノックすると間髪入れずにジュリーが勢いよく開けてくれる。
「ほらやっぱりきたー」
上機嫌でほんのり赤い顔をしたジュリー。
酔っているのか……?
「ジュリー酔ってんのか?」
リックが若干嫌そうな顔を見せる。
「おー!お前らも呑むぞー!!」
ガシッと乱暴に肩を組まれて無理やり店内に入れられる。
中に入るとピンク色のドレスを着た女性がカウンター席で突っ伏していた。
それがユメコだとはすぐに気がついたが、ボリュームのあるドレス姿を見るのは初めてで何だか別人のように思えてしまう。
「ユメコ?」
様子を確認しながら近寄り声をかける。
「ううーん……梅酒おいしーよー……」
突っ伏しながら話す声はいつもより少し高めだ。
かなり酔っているのだろう。
大丈夫だろうか?
「おー!このウメシュとかいうのすげー美味いなー!!」
気づけばリックがテーブル席でジュリーと一緒に呑んでいるではないか。
さすが酒好きなリック、行動が早い。
「エディ!お前も呑め!俺が漬けた梅酒だぞー!!」
「エディ、これ本当に美味いぞ!」
呑めとジュリーにグラスを突き出され否応なしに飲まされる。
1口飲むと独特な深みのある甘みが広がった。
「うまい」
素直にそう思った。
「だっろー?」
「うーん……」
もそもそとユメコが動いたかと思ったら上体を起こして辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
「ユメコ?」
ユメコの顔をのぞくと薄紅色の顔をした彼女と目が合う。
潤んだ熱っぽい瞳に見つめられ、ドキ、と心臓が鳴った。
「あー……エドワード……様」
発せられた声はその色っぽい表情とは真逆の子供のような無垢な声色。
「エドワード……さ、ま」
そう言って柔らかく微笑むとゆっくりと目を瞑って再びカウンターに伏せてしまった。
その姿があまりにも可愛らしくて見とれていると急に背後から低い声で名前を呼ばれた。
「エディ……」
ビクッと驚き跳ね上がる。
ジュリー……いつの間にこんな近くにいたんだ。
気配が全くなかったぞ……
「ユメコを2階の奥の部屋に連れてって寝かせてやってくれ」
そう言い終えると肩に両手を強く置かれ、若干座った目で見つめられる。
「いいか、エディ、よおく聞け!」
ジュリーにしては珍しく真剣な表情だ。
何事かと思いその言葉を受け入れる心の準備をした。
リックも気になるのか静かにこちらを見つめている。
「ディープなチューは許す。だがそれ以上はまだダメだ!」
「……は?」
リックが呑んでいたウメシュを勢いよく吹き出した。
「なっ……」
呆気にとられ返す言葉が見つからない。
「順番は大事だぞ。いいか、こいつはまだ男を知らない処――」
「わー!ジュリー、それ以上はいい!言わなくていい!!」
リックが必死に止めに入ってくる。
俺は文字通り頭を抱えた。
俺がユメコの同意なしに無理やり襲うとでも思っているのだろうか……心外だ。
ジュリーの一言で妙に冷静になってしまった自分がいる。
とにかく早くユメコを上へ運んだ方が良い事だけはわかった。
「運んでくる」
わーわー言っているリックとジュリーを横目にユメコを横抱きにすると、うーん、と軽く声を出したが起きることなく眠っている。
抱き上げた瞬間あまりの軽さに驚いた。
女性とはこんなに軽いものだったか?いや、いくらなんでも軽すぎる。
昨日抱き締めた時も華奢だとは思ったが……よくよく見れば腕も指も、首だって少し力を入れて触れれば折れてしまいそうな程に細い。
『大事にしなければ……』
もちろん雑に扱う気など全くないがあまりの繊細な身体にそんな事を思ってしまう。
2階に運び、ベッドにユメコをそっと降ろす。
起こさずに運べた事に安堵しつつスヤスヤと寝息をたてて眠る顔をじっと見つめる。
彼女がこの世界に留まると決めた理由は何だったのか……昨日別れてから何があったのだろうか。
どんな理由であれユメコがこの世界に、同じ世界にいるという現実がたまらなく嬉しかった。色んな所に連れて行ってあげよう。
いや……あげようではない、俺が連れ回したいだけだ。
まずはカフェかレストランに。
軽すぎな彼女を少し太らせた方が良い気がする……余計なお世話だろうが心配になる軽さだった。
「んー……」
色々と考えているとユメコが少し頭を動かした。
その瞬間に見えた白く細い首筋に強い色気を感じてしまった。
ざわ、っと一瞬で自分の中の男というものが顔を覗かせた。
本能のままにそっと彼女の頬に触れ、指でゆっくりと唇をなぞる。
「ん……」
柔らかな唇から漏れる甘い声。
その唇を奪ってしまいたくなる――
『ディープなチューは許す。だがそれ以上はまだダメだ!』
唐突にジュリーの声が頭の中に蘇りハッと我に返る。
何をやっているんだ俺は……自分が恐ろしくなった。
ここに居ては行けない、早く下へ戻らなければ。
ユメコにそっと布団をかけてその場を離れる。
ユメコの前では己の理性など無いに等しいのかもしれない。
男とは恐ろしい生き物だ。
自覚を持って気をつけなければ。
不覚にもジュリーの言葉に救われてしまったのだから。
急いで階下に降りると2人は騒がしく呑んでいる真っ最中だった。
「で、お前はどう思ったんだ、え?」
「だーかーらー、もっとこうボーンと欲しいなと、ボーン、と!」
若干リックも酔いが回ってきているようだ。
声のボリュームが大きくなっている。
「いったい何の話だ?」
席に座るとジュリーがドバドバとグラスにウメシュを注いでくる。
「「女の話だ」」
思わず口に入れたウメシュを吹き出してむせてしまった。
「やだ何その反応!!」
ジュリーがなぜか女言葉で大袈裟に驚いたといった様子を見せる。
「まさかお前寝ているユメコにあんな事やこんな事――」
「していない!」
しそうになったがしていない、いや、軽くしてしまった感はあるので後ろめたい気分になる。
「なーんだ、つまんねーの、さっさと奪っちゃえばいいのに」
サラリと爆弾発言をするリックに驚いて持っていたグラスを落としそうになった。
「エディ、お前ユメコに本気なら早く行動にうつさなきゃ他の男に取られるぞ」
「他の男?」
眉間に深いシワが寄ってしまう。
「隊士達の間ではあいつけっこう人気あるんだぞ。ユメコ目当てでこの店来てる奴もいるみたいだし。ユメコちゃん可愛いだの笑顔が良いだの癒されるだの、俺だけに紅茶を淹れてほしいだの嫁にしたいだのよく聞くぞ」
「……は?」
なんだって?嫁?
「嫁にはまだやらんぞ!!!」
ドンとグラスをテーブルに強く置くジュリー。
その勢いでウメシュがボタボタとこぼれ落ちる。
「これからユメコは王宮で働くみたいだし?他の隊士達と毎日顔を合わせてたらどうなる事やら。お前や俺がユメコと仲が良いからみーんな遠慮してるだけみたいだけどー?」
「それは……」
なんて事だ。
確かにユメコは可愛い……笑顔に癒されるのもわかる。だからと言ってそんなにユメコを狙ってる奴がいるのか?
急に危機感が芽生えた。
それと同時に独占欲も。
「エディ、お前は少し羽目を外す事を覚えろ!昨日の夜なんかいい感じだったぞ!」
「え!なになに?」
「抱き寄せて『綺麗だユメコ……』なーんて真顔のイケメンに言われたら100パー落ちるわー!イケメンずるーい!!」
「え!お前そんなこと出来たの!?常に受け身のお前が!?」
「どういう意味だ」
俺だって男なんだ、好きな子には手を出したくなる時だってある。
「ジュリー、こいつめっちゃモテるのよ、完全無視してるからあんまし女に興味がないのかと思ってたんだけどなー、まあ学園時代にモテ過ぎて色々あったみたいだけどー?」
ニヤニヤしながら語り出すリック。
「え!なに!聞きたい!学園時代あたし気になる!!」
「お前は何で俺の学園時代を知ってるんだ!」
「ふっ……俺はお前の事ならなんでも知っている」
「こわい!ねえエディ、この人こわいわよ!」
「兎に角だ!」
リックにビシッと指を差される。
「お前はその若さで隊長になったんだから、その勢いでユメコをものにしろ!」
「え?隊長?」
「それはお前もだろ」
「そ!実は俺たち新しく作られる騎士団の隊長職に選ばれましたー!実力社会バンザーイ!」
「まじでか!!出世祝いしなきゃだろ!!ちょっと待ってろ!」
ジュリーが勢いよく席を立ちカウンターの奥に姿を消す。
直ぐに戻ってきたかと思えばまた大きな瓶を両手に抱えている。
「ポンシュー!!!」
「ポンシュー?」
「日本酒だ日本酒。平たくいえば米で作られた日本の酒!俺の超とっておきの酒だぞー、こっちの世界にはないんだから」
「呑ーめ呑め!」
小さめのグラスに注がれた酒は綺麗に透き通っている。
リックと一緒にニホンシュを口に含んだ。
「あ、俺これ好き」
「うん、俺も好きだ」
「お、その歳でこの良さがわかるとは!よっ!流石隊長さん!異世界一!!」
なんだそのよくわからないおだて方は……
「エディ、お前ユメコにもちゃんと好きって言えよー」
リックに言われ、ぐっ、と言葉に詰まる。
「よし!今から練習だ!俺をユメコだと思ってほら言ってみろ!」
「思えるか!!」
ジュリーの意味不明な発言に思わず突っ込む。
「じゃ、オレで」
「真顔で言うな!」
リックまでも悪ノリし始める。
「おらーまだまだ呑めー、次は燗で呑むからな、かーん!!」
この男臭い呑み会はまだまだ続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます