第38話 門出の乾杯

 今後の王宮ティールーム務めに関しての話は3日後に改めてする事になった。

 必要なものや内装の希望などをまとめておいてほしいと言われている。

 昨日の今日で疲れているだろうからと、ジュリーと一緒に早めに帰宅する事をすすめられ馬車内にいるのだが、これがまた気持ち悪い……私、馬車に乗ると酔うらしい。



  「うーん……」



「大丈夫か、ユメコ」



 横になってうなだれている私にパタパタと一生懸命両手で扇いでくれているジュリー。



「馬車気持ち悪いよおおお」



「ここから家まではわりと近い方だから歩いた方が良かったな」



 この上下左右に揺れる感覚がなんともいえん……うえ。



「い、今からでも歩きたいいい」



 吐かないように深くゆっくり深呼吸をする。



「もう少しだからほら、頑張れー」



 ううう、泣きたい……いや、既に少し泣いている。

 こんなんで私この世界生きていけるのかしら……


 なんとか吐かずにティールームへ到着し、フラフラになりながらもカウンター席に座る。



「ううう……気持ち悪ううう……アールグレイ飲みたいよおおお」



「お前そんな状態でよく飲みたいとか言うな」



 呆れた様子のジュリーだが、のみたいものは飲みたいのだ。



「ううーん、何言われてもいい……今すぐアールグレイが飲みたいいい」



 カウンターテーブルに突っ伏しながら駄々をこねる23歳。

 我ながら情けないと思うが別にいいじゃないか、減るもんじゃないんだし。



「わーたわーた、約束だもんな、今淹れるから待っとけ」



 しばらくするとあの独特なベルガモットの香りがふわっと漂ってきた。

 胸の気持ち悪さが少しづつ消えていく。



「ほらよ」



 カチャ、と食器のなる音がして顔をあげる。

 こ、これは!キャタモール様に頂いた高級ティーカップではないか!!



「労いの1杯だぞ」



 ジュリーの笑顔に、こちらも二ヘラと頬が緩む。



「へへへ、ありがと、ジュリー」



 身体をゆっくり起こして座り直す。



「いただきます」



 カップをそっと持って口をつけ、1口飲めば体中に香りが巡る。

 程よい温かさに心も身体もあたたかくなっていった。



「おいしー」


「当たり前だ」


「ジュリーの紅茶が1番美味しいよ」


「知ってる」



 ふふっと笑みがこぼれる。

 ジュリーとのこういう会話が凄く好きだ。



「ジュリー」



 カップを置いてジュリーを見上げる。



「なんだ?」



「王宮で働くこと決めさせてくれてどうもありがとう」



 少し目を見開いて驚いた様子のジュリー。


「ありがとうも何も、お前が決めた異世界生活だ、もう大人なんだし好きなように好きな事をしろ。だがあれだ、何か困った事があったら必ず相談するんだぞ」



「うん、ありがとう!」



 ジュリーがいてくれて本当に良かった。

 こうやって自分を認めてくれて、そしてなんでも気軽に相談できる人がいるってとても幸せな事だ。



「さて、俺の予想だとそろそろ……」



 入口の方に目を向けるとドンドンと勢いよくドアがノックされる。


「ユメコくーん!!!」



 あ、なんかすごく久しぶりな気がする。

 ジュリーがドアを開けると嬉しそうに入ってくるヒートさん。



「ヒートさんこんにちは」



 ヒラヒラと手を振ってご挨拶。



「やあジュリー!ユメコ君!昨日は大変な1日だったね!!この僕でさえも驚いたよ!あ、これはね、以前君にプレゼントしたドレスの修繕を王妃様から頼まれてだね、持ってきたのだよ!」



 ツカツカと近づいてきて勢いよくドレスを手渡してくるヒートさん。



「わ、ありがとうございます!」



 綺麗に修繕されたドレス。

 昨夜走り回って泥だらけになるし所々ほつれたりしてたからなあ。

 綺麗になって良かった……だってこれ初ディナーの思い出のドレスだもんね。



「しかしユメコ君がレディ・ローズとはね!僕はなんとなくそんな気がしていたがね!あ、もちろん緘口令にしたがって内密にしておくから安心してくれたまえ!」



「あ、ありがとうございます……」



 緘口令なんて出てたのか。

 にしてもいつもテンションたかいわね、この人。



「ああ!そろそろ行かねば!僕はこれからデートなのだよ!デート!はははははは!!」



 キラキラしたオーラを残して颯爽と去って行くヒートさん。

 デートかあ……いいなぁ、デート……



「お前……今デートいいなぁって思ったろ」



 ギクッ!!



「な、なんのことやら……」



「エディと行ってくればいいだろ」



「なっ!!!」



「どうせ今日あたりあいつら来るんだろうからデートの約束してゆっくり外に出てみるといい」



「外に……」



 そういや私はもう自由に外に行けるんだった。



「明日にでもゆっくり観光してくればいいのよ、俺が案内してやってもいいけどせっかくだからエディと行ってこい。まぁ……最初はリックもついてくるかもしれんがな」



「観光したい!!」



 エドワード様と2人っきりはまだハードルが高い!!ロードリック様も一緒に行ってくれたらいいなぁ……



「さて」



 ジュリーがおもむろに大きな瓶をカウンターに置いた。



「今日はここで呑むぞ!!」



「へ?」



 置かれた瓶をよく見ると……



「あ!梅酒!!」



「ふふーん、俺が漬けた梅酒だぞ」


「のみたーい!!こっちにも梅あるんだねえ」


「いんや、見た事ないなー、この梅酒は日本で俺が漬けてたものだ。こっちの世界に来る時に大量に持ち込んだのよ」


「そうだったのねー!!貴重な梅酒だー!!」



 グラスに注いでくれるジュリー。



「ストレート?水割?」


「長く飲みたいから水割りー!」



 コトンとカウンターに梅酒を置いてくれるジュリー。

 いい香りだー!



「よし、お前の門出祝いに乾杯だ!」


「ありがとー!!カンパーイ!」



 カチンとグラスを合わせて乾杯しグビっと呑む。



「飲みやすーい!美味しー!!」



 ほんのり甘くて飲みやすい。

 ぐびぐびいけますよー!!



「呑め呑めー!」


「呑む呑むー!!」



 ジュリーが楽しそうにおかわりをついでくれる。

 うひょー!美味しく頂きまーす!!


 翌朝、調子に乗って飲み続けた事を私はひどく後悔するのであった……

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