第25話 奇跡の紅茶
夢子を1人店に残してきたのは少し心配だったが、エディ達も気になるし、夢子の紅茶がどう作用するのかも気になるしでキャタモール公爵についてきてしまった。
『俺、こんな面倒見の良いキャラじゃなかったのになあ……』
馬車に揺られながらそんな事を考える。
「ジュリーさん、私は西の森に行って討伐に加勢せねばなりません。なので紅茶を持って病棟へ行き、部下達に飲ませて頂けますか?」
「もちろんです」
この世界、魔法というものはあるが、ゲームのように身体を回復したりする魔法は存在しない。
火や風の魔法でモンスターを倒すような、そういった攻撃魔法もない。
あるのは生活に使う魔法のみ。
回復する紅茶を夢子が作れるという事は異質の事なのだ。
この紅茶、なんて説明したらいいのやら……
病棟に着き、キャタモール公爵と別れる。
エディ達はいるだろうか。
いない事を祈る。
紅茶を持って中に入るとたくさんの怪我人が横になっていた。
50人近くいるだろうか……いや、もっといそうだ。
ベッドが足りていないのか冷たい床に皆雑魚寝状態である。
医者の数も足りないのかもしれない。
皆身体に包帯を巻いている。
出血が酷そうだ。
包帯に血が滲み、青白い顔をしている。
「うう……」
近くにいた隊士がうめいた。
可哀想に、血まみれで呼吸も浅そうだ。
「大丈夫か? 辛いだろう、なんとかこれ飲んでみろ、薬だ」
身体を起こしてやるとまた痛そうに呻く。
その姿があまりにも痛々しい。
これで治ればいいが……
夢子から預かった紅茶を飲ませた。
「う……」
1口、また1口とゆっくり飲ませる。
5口程飲んだ頃だろうか。
血色が良くなり、呼吸が落ち着いてきた。
はっとしたように目を開き、驚いた表情で俺を見てくる。
「な……何を? 痛く、ない、なんで?治ってる……?」
ああ、良かった。
わかるよわかるよ、君の気持ち、俺もエッグノッグ飲んだ時そんなんだった。
すっと立ち上がり、巻いていた包帯を解いて触り出す。
傷口は塞がりすっかりよくなっているように見える。
「ない、怪我……ない」
近くに来た医師が驚いた顔で紅茶を飲ませた隊士に近寄る。
「いったい……どうなって……あんなに深くえぐられていたのに……」
「この薬を全員に飲ませてやってくれ。俺も手伝います」
コクコクと頷く医師。
そこからは手分けして紅茶を飲ませた。
出血が酷い隊士も、今にも死にそうな隊士も皆回復した。
医師達も隊士達も驚き戸惑っていたが怪我が治った事に喜んでいた。
皆が感謝の言葉を口にする度、夢子の不安そうな顔が浮かぶ。
「夢子、お前の紅茶今回も効いたぞ」
ボソッと呟いた。
「この薬は何なんですか?」
「あんなに酷かった怪我が一瞬で治った……なぜ?」
「どこでこれを?」
「どうなってるんですか?」
皆それぞれ鼻息荒く質問してくる。
どうしよう、どう説明したらいいのやら……
「ええと……」
そうだ、話題だ話題を変えよう。
「そんな事よりここにエドワード・ボールトンとロードリック・フランプトンは運ばれていないか?」
ごまかせ、ごまかすのだ。
医者や隊士にエディとリックの事を聞いたがここには運ばれていないらしい。
良かった。
2人とも剣の腕は一流、というのは事実だったようだな。
再び紅茶の質問攻めにあっていた頃、キャタモール公爵と他の隊士達が戻ってきた。
エディとリックもいるではないか。
「まさか……もう全員回復したのか?」
驚いた様子で辺りを見回すキャタモール公爵。
「エディ、リック!」
人ゴミの中心から手を挙げて声をかける。
お願い、オッサンに気付いてー。
「「ジュリー!?」」
エディとリックが駆け寄ってくる。
2人ともえらい汚れているが大きな怪我はしてなさそうだ。
「ジュリー、何故ここに?」
「何してるんだ?それに……」
リックが他の隊士達を見て話しかける。
「お前ら死にかけてたよな?」
キャタモール公爵が寄ってくる。
「ジュリーさん、ありがとうございました。こちらも無事に討伐を終了しました」
「そりゃあ良かった」
ホッとしたらどっと疲れが押し寄せてきて座り込んでしまった。
俺ももういいオッサンだからな。
疲れたわー。
「「ジュリー!」」
エディとリックがしゃがみこんで様子を見てくる。
「大丈夫、オッサンちょーっと疲れただけ」
あ、そうだ、夢子の紅茶飲んだら回復するのかな。
「お前らもこれ飲んどけ。元気になるぞ」
そう言って紅茶を渡す。
「これは……」
1口飲んでエディが呟く。
「夢子……?」
お前……よくわかったな……
「その通り。夢子の淹れた紅茶だ」
自分も少し口にする。
ふわっと香りが広がり身体が温まる。
スッキリとした感覚を覚え……
あーこれこれ、この感じ。
もう体力回復しちゃったわー。
「エディ、俺なんか元気になってきたんだけど……もう1回討伐出来そうなくらい」
「ああ、俺もだ」
2人とも不思議そうに会話している。
ですよねー。
その後再び質問攻めにあい、キャタモール公爵と共に悩んだ末、今は話す事が出来ないとだけ伝えた。
まあ、エディとリック2人には夢子に聞けと言っておいたが。
■□▪▫■□▫▪
「奇跡の紅茶、か」
帰りの馬車で呟く。
皆が口を揃えてそう言っていた。
確かにありゃあ奇跡の紅茶だわ。
平々凡々とは行きそうにねえな……
明るくなりかけた街並みを、車窓からぼーっと眺めつつ帰宅した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます