第20話 風邪にはエッグノッグ
「おはよージュリー」
「おはよぉさん」
珍しく疲れたような声である。
昨日の緊張疲労がとれてないのかな。
「そういえばヒートさん今日来てないの?」
いつもいるヒートさんがいない。
「いや、朝一番に来たぞ。王妃様についてひとり熱く語って帰って行ったわ。にしてもなんだろうな、なーんか調子でなくてな、風邪ひいたかも俺」
「え、大丈夫?」
「すまん、2階で寝てていいか?店はお前に任せた」
「え?私1人で?」
「お前なら大丈夫だ、任せたー」
気だるそうにさっさと2階に行ってしまったジュリー。
ま、任されてしまった……
まあ……なんとかなる、かな?
カウンター内に入るとふと昨日精霊王に言われた事を思い出した。
魔法を使うのに魔石も杖もいらない、だっけ?
ちょっと念じてみよう。
ええと、『愛』って言ってたけど、感謝の気持ちを込めればよいのかな?
いつも使わせてくれてありがとう、大切に使います、そんな気持ちを込めて水と火を使うイメージをしてみた。
すると水も出るし火も燃え上がるではないか。
「すごい……」
カラン、とドアの開く音が店内に響いた。
「やあこんにちは」
おおっと!お客様だ。
私1人だけど、やれるだけやってみよう!
「いらっしゃいませ!」
■□▪▫■□▫▪
ジュリーがいないティールーム。
なんだか寂しいし1人で不安だしで緊張しっぱなしだった。
それでも笑顔は忘れずに。
訪れるお客様皆して「ジュリーは?」と聞いてくる。
風邪だというと蜂蜜を飲ませろだの気合いで治せだの寝れば治るだのけっこう皆さん適当な事をおっしゃられる。
でも帰り際には必ず『ゆっくり休ませてやってくれな』と優しいお言葉を残して行かれた。
ジュリー愛されてるなあ……
日々の中で、ジュリーはお客様にオーダーをとるという事をしていない。
その日のオススメのティーや相手の好み、時には天気や体調なんかを見て紅茶を作っていた。
1人店を任されてその大変さが身に染みる。
お客様の事を考えてメニューを決める、それがどれだけ難しいかよく分かった。
接客業の奥深さに触れた気分だ。
ただの呑気なおっさんだと思っていたけど、ジュリーってすごい。
もう心の中で悪態つくのはやめよう、うん、そうしよう。
「こんにちは夢子さん」
ボールトン伯爵がいらっしゃった。
「いらっしゃいませ」
カウンターへご案内。
「今日はジュリーが風邪だと聞いたよ。大丈夫かね?」
「はい、ゆっくり休んでもらってるのできっと大丈夫です」
さっき様子を見に行ったら気持ちよさそうにぐっすりと眠っていた。
「これを」
バスケットを渡してくる伯爵。
これは……
「風邪にはエッグノッグが1番だよ」
中にはたくさんの卵と牛乳、ラム酒が。
うわあ、何杯でも作れそう。
「ありがとうございます!作って飲ませてみますね」
「ところで夢子さん、ちょっと聞きたい事があってだね」
「何でしょう?」
お茶の準備をしながら接客だ。
「エドワードと食事をする約束をしたようだね」
おおっと!動揺して火が強火に燃え上がりましたよ。
「ええと、その、はい」
ニヤニヤしはじめる伯爵。
「食事はこちらで手配しよう。嫌いなものはあるかな?」
手配って……用意して頂けるんですか。
デリバリーみたいな感じ?
「え、いえ特にはないです」
ニッコリ微笑む伯爵。
「素晴らしい!夢子さんは何も心配せずにいなさい。全てこちらで用意するから」
「あ、ありがとうございます……」
伯爵にお茶をお出しする。
「夢子さんや、エドワードの事をよろしく頼んだよ」
ボンッと一気に顔が熱くなる。
よろしくってなんだよもう、単なる私の片思いなんですから。
グイッとお茶を1口飲まれる伯爵。
「うん、やはり美味い。夢子さんのお茶もジュリーのお茶も。メイドがいれるお茶だとこの味にならんのだよ」
幸せそうに微笑みまた1口と飲み続ける伯爵。
美味しいと言って喜んで貰えると素直に嬉しい。
やっぱり私はこの仕事が好きだ。
ここでずっとバイトを続けていたい……でもいつまでもこのままってわけにはいかないし。
いつか日本で仕事をしなくてはならない……ヤダな……あれ?私日本で働くの嫌なのか……
でもここでずっと働くなら異世界で生活しなければならない。
日本に戻れなくなってしまう。
「夢子さん?」
ボールトン伯爵に声をかけられて我に返る。
考え込んでしまっていたようだ。
「あ、ごめんなさい、ぼーっとしちゃいました!」
今は接客接客!考えるのはお店を閉めてからにしなくちゃ。
「良ければ今それでエッグノッグを作ってもらえないかね?実は私も飲みたいのだよ」
あら。
「そういう事でしたら今作りますね」
「お願いするよ」
嬉しそうに微笑むボールトン伯爵。
エッグノッグかー、ラム酒入ってるのが美味しいのよね。
よし、ジュリーの為に美味しいの作るぞー!
まずは鍋に牛乳と卵、お砂糖を入れてしっかり混ぜる。
牛乳は1人マグカップ1杯位なのでとりあえず2人分のカップ2くらい。
お砂糖は大さじ1くらいかな。
卵は2つ。
泡立て器でシャカシャカと混ぜる。
混ぜたら弱火で火にかける。
沸騰しないように気をつけて……
ジュリーの風邪が早く良くなりますように。
気持ちを込めなきゃね。
とろみが少しついたら火から降ろしてラム酒を少し入れる。
「どうぞ、エッグノッグです」
カップをボールトン伯爵の前に置く。
「おお!これこれ」
目を輝かせながら飲むその姿は無邪気な子供のようだ。
「はー、これは美味い!心も身体も温まる」
私も1口飲んでみる。
程よく甘くてお酒の香りがする。
うん、これは美味しいわ。
「ちょっとジュリーの様子見てきます。もし起きてたら飲ませますね」
2階に上がるとジュリーはまだすやすやと寝ていた。
うん、起こすのも可哀想だしこのまま寝かしておこう。
そう思って階下へ戻ろうとしたらジュリーが起きた。
「うーん、寒いよー、具合悪いよー」
「あ、起きた?」
ものすごくダルそう。
熱もありそうね、これ。
可哀想に。
「だるいよー眠いよー何もしたくないよー」
いや、元気な時でもいつもそんなような事言ってる気が……
「これね、エッグノッグ。ボールトン伯爵が飲ませてあげてって材料たくさんくれたよ」
「ありがたやー」
両手にカップを持ってすするジュリー。
「うまいー、あったかいー、身に染みるー」
フーフーと冷ましながらしながら飲んでいる。
早く治ればいいな。
「じゃあ仕事に戻るね。また様子見に来る」
下に降りるとボールトン伯爵が心配そうな顔をしている。
「どうだったかね?」
「熱があるみたいで……でも酷くはなさそうなのでこのまま休めば治ると思います」
そう言った瞬間勢いよくジュリーが2階から降りてきた。
私もボールトン伯爵も他のお客さんも皆びっくりした様子でジュリーを見る。
片手には先程手渡したエッグノッグのマグカップが。
「治った……」
え?
「よくわからんがものすごい元気になった。もう全然具合悪くない。多分コレのおかげ」
マグカップを見せてくるジュリー。
コレとはエッグノッグである。
え、それ飲んだら治ったの?
そんな瞬時に?
なにそれコワイ。
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