第15話 ロードリック・フランプトン 〜男に惚れるという事〜

 ロードリック・フランプトン。

 フランプトン伯爵家の次男として産まれる。

 幼い頃からの剣好きが高じて近衛騎士団になった。

 強い男というものになりたくてただひたすら鍛錬を続けた。


 17歳の時に近衛騎士団に入ってからは日々の鍛錬に追われた。

 貴族のみで構成される近衛騎士団の同期入団者は、学園や社交会で一緒になった事もありほぼ顔見知りだ。

 その中で一際目立つ存在がエドワード・ボールトンだった。


 初めて西の森の討伐訓練に出た時の事を俺は忘れない。

 実戦は皆初めてで不安と緊張の中森を進み続け、自分達の何倍もある野獣の群れに出くわした時、皆緊張が走り動きが止まった。

 逃げ出す者はいなかったが動けなくなる者、腰がひけてまともに戦えない者ばかりだ。

 そんな中、俺はというと初めての実戦に興奮しひとり盛り上がっていた。


『やってやる』


 剣を握りしめ野獣に向かって行った瞬間それは起きた。

 俺の横を何かが掠めた。

 ほんの一瞬風が走っていく感じがした。

 不思議な感覚に気をとられていると目の前にいたはずの野獣の頭が足元に転がってきた。

 それも1つではない。

 2つ3つと転がってきたのだ。

 見上げれば疾風のごとく駆け回り何かに取り憑かれたかのように黙々と野獣の首を跳ねるエドワードがいた。

 その姿をみて全身が震え鳥肌がたった。

 恐怖心ではない。

 彼の一挙手一投足に目を奪われた。

 しなやかな剣さばき、軽やかな動き、物怖じせぬその瞳。

 流れる獣の血でさえ美しく見えた。

 男に惚れる、とはこういう事なのか。

 その瞬間俺の中で何かに火がついた。


『彼の隣に立ちたい』


 そう思うと同時に身体が動いた。

 野獣に向かい全力で戦った。

 気がつけば怪我を負いながらも3頭を相手にし勝利していた。

 返り血と自分の血が混ざり合い、獣臭さも加わり酷い姿だっただろう。

 それでも清々しい気分だった。


 その日から俺は彼の強さの秘密が知りたくて後を追うようになった。

 日々の鍛錬も共に行うようにした。

 ちょっとした休憩時間や食事でさえも煙たがれる程に付きまとった。

 彼の強さの秘密は今だに分からないが、お互い『友』といえる程に近しい存在となった。



 エドワードは真面目な奴だ。

 規律は守り、羽目を外すことも無く浮いた噂もない。

 その仕事ぶりと性格が近衛隊長からも信頼され、次期隊長候補と言われている。

 そんな友を持てたことがとても誇らしい。



 ■□▪▫■□▫▪



「ティールームへ行かないか?」



 ある日珍しく、受け身なエドワードから誘いを受けた。



「構わんよ。あ、もしかして招かれ人の子を見にか?」



 そういえばティールームに招かれ人が訪れたとか噂を聞いたな。



「ん?まあ……そんな感じだ」



 怪しい……

 いつもハッキリと話をするエドワードだが、なぜか言葉を選んでいるような濁すようなそんな話し方をしている。



「エディ、何か隠してるな」



 うっ、と言葉を詰まらせるエドワード。



「その……」



「洗いざらい吐け」



 気まずそうに語りだしたエドワードの表情は、まるで少年のような純粋さだった。

 正直驚いた。

 エドワードが女性に関心を抱くとは思ってもみなかったからだ。



「彼女のいれた紅茶が飲みたいんだ。飲んだ瞬間、幸福感に満たされる」



 自分は三男だからと見合い話を断り続け、数多の女性からのアプローチを無視し続けてきたエドワードに、そこまで言わせた女に一気に興味が沸いた。

 それと同時にエドワードに相応しい女かどうか、友である自分が見定めなければならないという義務感が芽生える。



「いらっしゃいませ」



 ティールームで見た彼女の第一印象は地味な女だなと思った。

 こういう貴族向けの店舗で働く女性は皆華やかに着飾っているのが普通だ。



「やあ、夢子さんジュリー。夢子さん、その制服とてもお似合いです」



 エドワードが嬉しそうに挨拶をする。



「はじめまして夢子さん、エディと同僚のロードリックです。綺麗な瞳ですね。」



 とりあえずありきたりな挨拶をしておく。



「ああああありがとうございます!」



 慌てた様子で彼女はさっと俺から目をそらし、カウンター内でなにやら作業にとりかかってしまった。

 なんだろう、何かしただろうか?



『彼女は褒められる事に慣れていないらしい』



 エドワードが小声で教えてくれる。

 そんな女もいるのか……まずは彼女を観察してみることにした。



 仕事に集中する彼女の表情を見ているとなんとも可笑しく思えてしまった。

 眉間にシワを寄せながら細腕でリンゴをすりおろし、祈るような眼差しでお湯を沸かしてみたり、微笑みながらポットとカップを大切そうに扱い、紅茶が出来上がった瞬間ハッキリとした笑顔を見せる。


 わかりやすいというか単純というか顔に出やすいタイプなのだろう。



「お待たせしました」



 出された紅茶は香りも良く、今まで飲んだどの紅茶よりも美味く感じた。

 ホッと一息つけたような、そんな気分になった。



 その後店内は一気に忙しくなりあまり彼女とは話せなかった。

 しかしミルクティーだけはどうしても気になって飲ませてもらう。

 美味い、本当にお世辞抜きに美味かった。

 夢子という女を見定めに来たのに、純粋に紅茶を楽しんでしまった程に。



 観察した結果だが……まあ、彼女ならきっと問題ないだろう。

 友であるエドワードを利用したり騙したりはしないと感じた。

 そういった事は出来そうにないタイプだ。

 これからはエドワードの恋路が上手くいくように俺が手を貸してやらなければ。

 なんだかエドワードを奪われたようで少し寂しい気持ちにもなったが……エディが幸せになるなら、それでいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る