第13話 苺紅茶とおまじない

「そうなのだよ!ジュリー!このミルクティーは目覚めの1杯なのだよ!あ、蜂蜜はたっぷりとお願いするよ。まさか紅茶とミルクがこんなに合うとはね、僕は感激だよ!あ、夢子君おはよう!君に感謝だよ、夢子君、ミルクティーとの出会いをどうもありがとう!」



 今日もいたよこの人……朝からうっとお……元気だな……



「お、おはようございます」



「おはよーさん」



「おはようございます夢子様」



「夢子君、残りの制服だよ。さあ受け取ってくれたまえ。全て納品してしまったがね、この1杯のミルクティーの為に明日からもまた毎日ここに来ると約束しようではないか」



 毎日来るのかこの人……ダリアさんなら毎日歓迎出来るけど毎日朝からこのテンションって……



「夢子様、大丈夫ですわ。そのうちヒート様のこの性格に慣れますから」



「えっ」



 び、びっくりした……ダリアさんって空気読みのプロよね。

 にしても……ティールームに来ると昨晩の事を考えてしまう……何かやっぱりちょっとアレだ。

 気付いていない。

 私はこの気持ちはスルーするぞ。



「夢子様」



「ひっ!」



 ダリアさんがいつの間にかぴったり私の横に。

 小声で話しかけてくる。



「恋をなさいましたわね」



「ぐっ!!!」



「女の勘ですわ」



「ち、違う!違いますよ!勘違いですっ!」



 そう、この気持ちは勘違い!



「いつでも相談にのりますわ」



 にっこり微笑んで側を離れるダリアさん。

 この人、読心術使えるよね……



 そう、私はおそらくエドワード様に恋をした……しかし、しかしだ。

 出会ってまだ2日。

 それにエドワード様は私と文字通り住む世界が違うし、伯爵って事はきっとどこかの貴族のお嬢様と結ばれる事になるのだろう。

 もう相手もいるかもしれない。

 いや、絶対いるだろう。

 そんな人に恋したって悲しい思いするだけ。

 だからこの気持ちはアレだ。

 アイドルにキャーキャーいうのと一緒だ。

 そうに違いない。

 そう思ったらちょっと気持ちが軽くなった。

 よし、今日も頑張ろう。



 ヒートさん達が帰った後また直ぐにお客様がいらした。



「やあ、こんにちは」



 蜂蜜紅茶のきっかけになったおじ様だ。



「いらっしゃいませ、体調よくなられましたか?」



「すっかり良くなったよ、蜂蜜のおかげだね。夢子さんだね?このティールームのかわいい看板娘だと皆噂しているよ。私はハーデスト。これからもよろしく頼むよ。今日はね、噂のミルクティーが飲みたくて来てしまったよ。そしてこれ」



 そう言うと大きなバスケットを渡してくる。

 なんだろう?



「苺!」



 艶々とした苺がカゴいっぱい入っている。

 美味しそー!



「私の領地で作っている贈答用の苺だよ、君達に食べてもらいたくてね」



「こんなにたくさん、どうもありがとうございます」



 ジュリーが受け取ってじっとイチゴを見つめる。



「ハーデスト様、この苺で紅茶が出来そうです」



「ん?苺で紅茶とな?ミルクティーも気になるが……うん、是非飲んでみたい」



 そう言われジュリーはお湯を沸かし始めた。



「茶葉はニルギリかな、苺は多めに細く刻んで……仕上げの飾り用とポット用とに分けて、と」



 手際よく包丁で苺を切る。

 苺の甘酸っぱい香りが店内を満たしていく。

 苺美味しそう……こっそり1個そのまま食べようかしら。



「温めたポットに茶葉と刻んだ苺を入れ、しっかりと蒸らす。カップも温めておいて、と。」



 蒸らしてる間に苺を皆でいただく。

 甘酸っぱくて大粒で柔らかい。

 瑞々しい果肉があっという間に口の中からなくなっていく。



「んー!とっても美味しいです!」



「うまい!高級な味がしますね」



「そうでしょうそうでしょう」



 紅茶が出来たら温めたカップに刻んだ苺を入れ、そこに紅茶がゆっくり注がれる。

 見るからに可愛らしい苺紅茶が出来上がった。



「完成ー、どうぞ2人とも飲んでみてください」



 カップの中で細かい苺がキラキラしている。

 見た目も可愛くて深紅の宝石みたい。



「いただきます」

「いただきます」



  1口飲むと苺の香りが口いっぱいに広がる。

 苺の果実を口に含み、一緒に紅茶を飲めば贅沢なジュースみたい。



「おいしー」



「これは美味しいですな!」



 満足そうに微笑むジュリー。



「素材が素晴らしいからですよ」



 ニコニコしながら飲んでいたハーデスト様がふと思い出したかのように私の方を見て話し始める。



「そうそう夢子さん、この朝摘み苺にはね、恋の魔法がかかっているのだよ」



 ぶふっっっく!!

 あ、危ない、紅茶吹き出すとこだった。



「ふふふ、その様子だと恋にお悩み中かな?大粒の苺をひとつ選んで意中の彼に食べてもらいなさい。その時苺に『この想いが叶うように』と願いをかけるのだよ。ロマンチックじゃろ?」



 フォフォフォと嬉しそうに笑うハーデスト様。

 くっ、やっぱりこの世界の男性は皆乙女だ。



「おー、夢子、やってみたら?ほら、でっかい苺とっといてやる」



「とっとかなくていい!いいから!」



 くそっ、ニヤニヤしながら言いおって……いつもの様に心の中で悪態ついてやる。

 このおっさん……むかつくううううう!!



 ■□▪▫■□▫▪



 その日はもっぱら苺紅茶の注文であふれた。

 店内には苺の香りが漂う。

 蜂蜜紅茶も人気だが、果物を使ったフルーツティーが今後メインになりそうな勢いだ。

 リンゴの紅茶の方が美味しいとか、苺のが飲みやすいとか、他の果物でも飲んでみたいなど色々とご意見をいただく。

 あっという間に1日が終わりかけた頃、エドワード様が来てくれた。



「いらっしゃいませ」



「こんばんは、夢子さん」



 微笑みながらカウンター席へと座る彼。

 きょ、今日も美しいオーラですね、エドワード様……平常心、平常心で接客、と。



「あ、昨日はチョコレートどうもありがとうございました。すごく美味しかったです」



「ああ、良かった。口に合わなかったらどうしようかと思っていました」



 はにかみながらそんな事言わないでください。

 ドキっとしてしまいます……



「ほら夢子、苺とっといたぞ」



 ジュリーが大粒苺を渡してくる。

 顔を見ればニヤニヤと……くそっ。

 まあ落ち着こう。

 コホンと咳払い。



「今日はたくさん美味しい苺をお客様から頂いたんです。なのでその、よろしければ苺紅茶いかがですか?とても美味しいですよ」



「苺紅茶ですか、それは美味しそうですね、是非お願いします」



 微笑むエドワード様。

 苺……苺に願いを込める……はっ!単なるおまじないなのに何本気に考えてるの私!23にもなっておまじないとか!この世界に感化されてますよ私!乙女化始まっちゃってますよおおお!



「どうしました?」



 動きの止まった私をエドワード様が不思議そうに見てくる。



「え!いえ!すみません!ちょっとボーッとしてしまいました、なんでもないんです!」



 いかんいかん、さ、仕事仕事。

 落ち着いて、いつもの様にお湯を沸かし、ポットもカップも温めてと。

 苺を切って……


 作りながら考えてしまう。

 もし、もしも本当に結ばれたら……私はこの世界で生きていけるのかな……うーん、現実味がない。

 結ばれる、とか恋が実るとかそういうのはまだいいや。

 願わくば……もうしばらくこうやってエドワード様に紅茶を作る事が出来ますように。



「どうぞ、苺紅茶です」



 そっとカップを置く。

 苺が艶々に光ってとても綺麗だ。



「いただきます」



 1口飲むエドワード様。



「美味しいです」


 そう言って微笑むエドワード様。

 嬉しくて私も微笑んでしまう。

 だってこの時間が、今の私にとって最高に幸せなのだから。

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