第26話
「う、うわあああ!?」
俺が掴んでいたのは白装束を来た女性、つまり悪霊の着物の袖口だった。いきなり悪霊の姿が見えるようになり驚いた俺は思わず袖を離しそうになる。が、瞬時に悪霊を捕まえるという目的を思い出し、今度はしっかりと悪霊の腕を掴む。
『ぎゃあああ!離せえええ!』
「悪いけどそういうわけにはいかないんだよ!」
俺は腕と首根っこを捕まえると横断歩道の反対側にいるクモ達の元へ引っ張りながら連れていく。悪霊は空いている手で俺の手を引っ掻いたりして抵抗するが俺は決して離すことなく引きずっていく。幸い車通りがなかったのでなんとかクモ達の元へ到着した。平野さんはと言うと硬直が溶けて疲弊した様子でぐったりと地面に座り込んでいた。だが見たところ怪我はしていないようで俺は安心した。
「夏彦、捕まえたのか!?」
ヘビが俺に近寄ってくる。
「ああ、なんとか。」
俺は未だ抵抗する悪霊をヘビの前へ突き出す。
『なんだお前達!?誰なんだ!離せ!』
今度は近づいてきたヘビへ掴みかかろうとする。しかしヘビはその手を押さえつけるともう片方の手をコートのポケットに入れ、何かを取り出した。それはいつぞやか見た事のある御札だった。それを悪霊の額に貼り付ける。すると抵抗して暴れていた悪霊は段々と静かになっていく。終いにはぐったりと悪霊も地面に座り込んでしまった。
「ヘビ、この御札は……?」
「これは霊の霊力を散らし無力化する御札だ。これを貼られた霊はなんの力も持たない浮遊霊となる。」
「そんなものがあるのか。」
御札は悪霊を祓う物とばかり思っていたのでそんなものがあるのは意外だった。
「とりあえずどうする?悪霊は捕まえたも同然だけど。」
「まだ残りの悪霊も捕まえなけりゃいけないからな。こいつを一旦持ち帰るとするか。」
ヘビはそう言うと悪霊を担ぎ上げる。
俺は平野さんの容態が気になり、そちらに目を向けると平野さんは立ち上がれる程に回復していた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか。それよりも何故貴方達がここへ?」
「え!?えーっと……。」
そう言えば平野さんにはついて行っていることは内緒にしているのだった。
「たまたま外に出ていたので……その……。」
しどろもどろしていると平野さんは頭を下げてお礼を言う。
「そうだったんですね!助けて下さりありがとうございました!本当に、ありがとうございました!」
「いえ……。」
わざと襲われるように仕向けたとはとても言えない。とりあえず俺も軽く頭を下げる。
そこへヘビが来てこう告げる。
「さて、悪霊も捕まえたことだ。一旦家に戻るぞ。平野さんも連れて。」
「え?なんで平野さんまで?」
「平野さんはまだ残りの悪霊に襲われるかもしれない。だから保護する。」
先程は襲わせると言ってみたり今度は保護するって言ってみたりなんなんだ。
そう思いながらも自分ではどうしようもないと分かっているのでまたヘビの言うことを聞き、皆で俺の住むアパートへ戻ることにした。
*
俺のアパートに着き、まずすぐに悪霊は縄でぐるぐる巻きにした。御札のおかげで大人しいとはいえ何やらかすかわからないので念の為だ。だが相も変わらず悪霊はもがき暴れている。
『解けえええ!解けって言ってんでしょうがあああ!』
悪霊はこちらを物凄い鬼の形相で睨みつける。
「ひっ……。」
それを見て平野さんは怯えるようにクモの後ろに隠れた。
「おーよしよし!こいつはもう力はないそんなに怖がらなくても大丈夫だよ!」
クモは子供をあやす様に平野さんの頭を撫でた。
「……本当ですか?」
「ほんとほんと!それにしても夏彦、大活躍だったね!」
「ああ、御札もなしに本当にご苦労だった。」
ヘビもうんうんと頷きながら労いの言葉をかけてくれた。だが実の所は俺1人ではどうにも出来なかった。悪霊がが自分から居場所を言わなかったら捕まえられなかったと思う。
「俺はそんな活躍なんて……。こいつが勝手に場所を教えてくれただけで……。」
悪霊の方を指さしそう言うと悪霊は俺に怒鳴りつけた。
『場所なんか教えてない!それよりもお前、なんで透明化した私を見つけたんだ!?』
「え?いや、悪霊のお前が「右だよ」って……?」
『は?なんの事?ていうか悪霊なんて名前じゃない!』
「え、ご、ごめん。」
ついとっさに謝ってしまった。
じゃあなんて呼べばいいんだ……。
そう考えていると悪霊はこう答えた。
『あたし達はミサキっていう名があるんだからそこら辺の悪霊と一緒にするな!』
「あ、うん……。ミサキね……。」
まあ、名前を知ったところでどうってことないのだが……。
そんなことを考えているとヘビが「おい。」とミサキに対して声をかける。
『なに?』
「ミサキってお前……まさか7人ミサキか?」
『それだけど、だからなに?』
ヘビは大きくため息をつく。
「こいつは厄介だな……。」
「え、厄介?7人ミサキってなんなんだ?」
単純に考えればミサキっていう人が7人集まるということだろうか?
俺はヘビに疑問をぶつけるとヘビはこう返した。
「祟り神だ。」
「た、祟り神……?」
「その名の通り、祟の元だ。そしてこいつらの場合は怨霊が7人以上集まることで力が発揮されるタイプの祟り神だ。祟られると高熱に見舞われ死ぬ。」
「死ぬ!?」
俺は思わず叫んでしまった。言っちゃ悪いが怖いポイントが髪の長いだけのこのちんちくりんな女性亡霊にそんな力があるとは……。
「え、じゃあ……平野さんは……もしかして……。」
話の通りだと死ぬ……!?
「いや、死ぬならとっくに死んでる。だからもう死ぬ心配はない。」
「よ、良かった……。」
俺はほっと胸を撫で下ろす。言い終えるとヘビはミサキに近づき、胸ぐらを掴む。
『ぎゃ!な、なにをする!』
「平野さんを祟り殺しもせず、かと言って離れず付きまとっている。お前ら一体何がしたい?言え。」
『はっ!そんなの言う義理無いね!』
ミサキはそっぽを向く。するとヘビは胸ぐらを掴んだままミサキを持ち上げる。ギリギリと胸元が締まりミサキは苦しそうだ。
『ぐぇっ!な、なにする……!』
「早く言え。」
『やめろ!苦し……い……!』
「お前が全て吐かない限り離す気は無い。それとも霊魂を散り散りにしてもう成仏させてやろうか?」
『や、やめろ!わかった……言うから離せ……!』
その言葉を聞きようやくヘビは下ろして手を離してやる。ミサキはゲホゲホと咳き込み、少しして落ち着いてから話し始めた。
『私達は、そこにいる女に用がある……。』
「だから何故なんだ?それを聞いている。」
『それは……私達が元あるべき力を取り戻すためだ!』
「力?今は力がないのか?何故だ?」
『何故何故ってうるさいな!……私達はミサキに力を奪われたんだよ!私達の仲間だった同じミサキにな!』
7人全員ミサキって名前なのか……。
「どういう事だ?」
ヘビは続けて質問する。
『私達はさっきお前が言った通り7人で祟り神だ。逆をいえば7人じゃなきゃ祟り神じゃない。つまり……。』
「今は6人以下というわけか。」
ミサキはこくりと頷く。
『元々は7人いたんだ。だが1人のミサキがミサキを勝手にやめてしまった。実の親の虐待が原因で死に、恨んで怨霊になった奴だった。自分の親を殺したくてミサキになったって言ってたのにその親が自分の墓に毎年お参りに来ていると知った途端もう恨みたくないとか言い出して勝手に成仏しやがった!そのせいで私達は力を失った!あんな奴仲間に入れなきゃよかった!』
『くそっ!』と汚い言葉を漏らし、怒りで顔を赤らめる。だがそんなことお構い無しなヘビは更に質問をする。
「お前達が力を失った理由は分かった。それで、なんで平野さんを狙うんだ?」
『それは……人数の穴埋めをするためだ。』
「ほう。だがそれなら他の怨霊でも集めればいいだろう?」
『そんなの真っ先に考えた。だけど恨みを持った悪霊がどこにもいなかった。早くしなければ私達は神格を失う。是が非でも人数が欲しかったんだ……!そんな時いつぞやか見たそこの女の心は誰かを恨んでいるようだった。そうだろう?』
ミサキは平野さんに向かって言った。その言葉にクモの後ろに隠れていた平野さんは少し顔を出し、考える素振りをする。
「恨んで……。確かに1週間前の私は同棲している彼を恨んでいました……。些細なことで喧嘩しちゃったんです……。でも今は恨んでいません。彼も真剣に謝ってくれたので。」
『違うね。』
ミサキはキッパリと言い放った。
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