第25話

俺は事情を別室にいるクモとヘビに説明していた。


「……という事でお祓いをしてほしいそうだ。この案件なら断る理由はないだろ?」


クモもヘビも頷く。


「しかし、いつどこで現れるかわからない霊を祓うのは骨が折れそうだねー!」


「ああ。しかも複数人いるようだしな。特に包丁が勝手に動いたというのが気になった。」


俺のベットに腰掛けていたヘビは顎に手を当てる。何か変な点でもあったのだろうか。


「包丁が動くのは確かに奇妙なことだろうが……。そんなに気にするところなのか?」


「気になるな。普通、そこら辺の霊ならば物を遠隔で移動させる力なんぞ持ち合わせているわけがない。」


「そうなのか。」


心霊番組などをたまに見かけると霊がポルターガイストで物を動かしたなどよく耳にしていたので大体の霊がそういうことをするものだと思い込んでいた。


「じゃあ平野さんに憑いてる霊は普通じゃないってことなのか。」


「強力な悪霊だと推測されるが……にしてはやり方が幼稚すぎるな。」


「幼稚って?」


「平野さんは自分を殺そうとしていると言っていたんだな?だったら霊自身で手を下せばいい。わざわざ金縛りや物を上から落とすなんてせずに。」


「そんなことできるのか?」


「ああ、できるとも。なんせ平野さんは霊が見えるんだからな。それすなわち、霊力があるということだ。強力な力を持つ悪霊ならば攻撃出来るはずだ。」


そう言えば確か前に霊力がある奴には霊は直接攻撃できるとクモが言っていたような。きっとその事だろう。


「じゃあ何故直接攻撃してこないんだろうな。」


「何か良く分からないけど弱ってるんじゃないのー?」


クモは頭の後ろで腕を組んで答えた。いつもながらニヤニヤと笑っている。


「霊に弱ることなんてあるのか。」


「あるよ!強くなることもあれば弱くなることもある!原理は知らないけどね!はははっ!」


「知らないのかよ……。ところでこれからどうする?具体的には何をすればいいのか話していないけど。」


「そうだねー。うーん、そういうことはヘビに任せるよー!」


つまり丸投げってことかよ……。

事を丸投げされたヘビの方を見ると何か考えている様子である。しばらくすると伏せていた目を開ける。


「何か思いついたか?」


「ああ、まあ。これしかないだろう。」


「これって、なにするんだ?」


「そうだな、とりあえず……。」


ヘビはリビングへ繋がる扉の方に目をやるとこう告げた。


「ひとまず平野さんを家に帰そう。」


ヘビの言葉に俺は疑問に思う。


「は?なんで?平野さんを今家に返したところでまた命を狙われるかもしれないんだぞ?」


「そこだ。」


「?」


「だから、そこを狙うんだ。」



ヘビの話通り平野さんを1度家に返すことにした。平野さんはあまり納得いっている様子ではなかったがなんとか帰ってもらい、俺達もすぐにその後追って出かけた。

今から何をするのかというとヘビ曰く、霊を捕まえるらしい。どうやるのかと言うとまず、平野さんには普通に帰ってもらい、悪霊に襲われてもらう。そこを密かについて行った俺達が捕まえる。そして捕まえた悪霊に他の悪霊の居場所を吐かせようという寸法だ。

この作戦において不可欠なのは平野さんに何も伝えず、悟られないことらしい。何故なのかヘビに聞いたところ、平野さんに作戦を話してしまうと嫌でもついて行っている俺達を意識してしまい、悪霊にもその事がバレてしまう危険性があるかららしい。確かにそれに気づいてしまえばきっと悪霊は出てこないだろう。だから俺達はストーカーのように平野さんの後を密かについて行っているのだった。


「なんかこうやって男3人で女性1人を追っかけてると本当にストーカー容疑で捕まりそうで怖いな……。」


俺は平野さんを見失わないように目で追いながら言った。


「バレなきゃ大丈夫大丈夫!それにこれは平野さんの為にやってるんだから!犯罪じゃなくて善行だよ!」


「クモ、そんなに騒ぐな。平野さんにバレるぞ。」


俺とクモの歩く後ろについていたヘビが注意をする。


「はははっ!ごめんごめん!」


「全く……。」


クモはさして悪いと思ってなさそうに謝った。そんな呑気なクモの様子に呆れながら歩いていると、俺はある事を思い出したのでヘビに聞いてみる事にした。


「ところで、悪霊を捕まえるって言ってももしこの平野さんの帰路で悪霊が出てこなかった場合どうするんだ?例えば平野さん宅で襲われたりしたら。」


ヘビのことだから何か策はあるんだろうか?


「ふむ……その時は……。」


「その時は?」


ピタリとヘビは足を止めた。そして黙り込んでしまう。


「……。」


「どうした?」


「それがだな……。」


「うん。」


「……考えてなかった。」


「は?」


「……すまない。」


「マジでか……。」


なんも考え無しに動いていたのか……。ヘビって見た目真面目そうだけど意外に抜けているのかもしれない。


「仕方ない、その時は俺が平野さんの家の前で張り込みでもしよう。」


「いやいやいや!そんなことしたら周りの人から変な目で見られてそれこそ警察沙汰になるぞ!やめておけ!」


「そうか……。では……。」


「もういいから……。とりあえず今は平野さんを追うぞ……。」


これ以上変な思いつきをしないようヘビを制して前へ進むよう促すと先に進んでいたクモがこちらへ走って来た。何やら慌てている様子である。


「ヘビー!夏彦ー!」


「クモ、どうしたんだ?」


「大変だよ夏彦!なんか平野さんが変なんだ!」


「平野さんが!?平野さんは今どこに!?」


「この先の横断歩道の真ん中で硬直してる!」


「横断歩道の真ん中!?今すぐ行こう!」


しまった。こんな無駄話している場合じゃなかった。

俺達はすぐさまその横断歩道へと向かい走り出した。少し走るとすぐに平野さんの姿が目に入る。平野さんは目を見開いたまま石のように動かず硬直してようだ。

まずい、このまま車が突っ込んできたら平野さんは大怪我だけでは済まないだろう。早く何とかしなくては。

平野さんが硬直している横断歩道へ到着し、近づこうとするとそこにはもう1人、人が近づいていた。異変に気づいて助けに来てくれたのだろうか?

しかしその姿を見てすぐさま助けではないことに俺は、多分クモもヘビも気づいているだろう。この場に似つかわしくない白い着物を着た女性……。

あれが平野さんが言っていた悪霊で間違いない。だとしたら平野さんへ何か危害を加えるつもりだう。悪霊は平野さんへどんどん近づいていく。


「平野さん!」


俺は思わず声をかけてしまった。すると悪霊はこちらを見て後退りをする。このままでは逃げられてしまうかもしれない。


「夏彦!悪霊を捕まえろ!クモは平野さんを避難させるんだ!」


後ろの方から走ってくるヘビが叫んだ。


「ああ、わかった!」


「夏彦、頼んだよ!」


クモは横断歩道にいる平野さんを担ぎ上げると元来た歩道へと戻る。流石の筋力だ。

俺は平野さんの事を心配しつつも悪霊へと向かう。

悪霊は背を向け、そのまま逃げようとする。


「待て!」


悪霊の後を追って横断歩道を渡っていると霊は段々と体が透けているように見える。そして横断歩道を渡りきり、歩行者用信号機の下に着く頃にはその姿は完全に見えなくなっていた。


「どこだ……どこに行った……!?」


辺りを見回すが悪霊の姿どころか人1人もいない。これは逃げられてしまったんだろうか?


「くそっ……。」


せっかく悪霊を見つけたというのに……。

悔しさで電柱を蹴る。もう1発電柱に蹴りを入れようとしたが、すぐに無意味な行動をしていても仕方ないと悟り、クモ達がいる横断歩道の反対側へ向かおうとする。悪霊を捕まえられず、残念な結果になってしまったが報告しなくては。

横断歩道へ向きを変え、1歩踏み出した時


『右だよ』


そんな声が聞こえた。思わず振り返り、辺りを見回す。しかしやはり歩道には誰もいない。


「……?」


気のせいかと思いまた歩道を渡ろうとすると


『貴方の右にいるよ。』


また声がした。


「右……?」


言われた通り自分の右側へと手を伸ばしてみる。するとなにかに触れた。見えはしないが布のような手触りだ。


「?」


俺はそれを力強く引っ張ってみた。


『きゃあああ!』


「!?」


俺が掴んでいたのは白装束を着た悪霊の袖口だった。

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