第24話

俺はクモとおみくじを引いた。結果を見たところ、クモは中吉、俺はいつもながら良くなく、なおかつ面白みの欠けらも無い凶という結果となった。昔はおみくじを引くことにワクワクやドキドキと言った感情もあったがいつも凶なので今になってはどうも思わなくなってしまった。自分の感情の乏しさに苦笑いしつつ、俺たちは帰路へ向かうために丘を降りようとしていた。


「さ、帰ろう。」


「帰る前にお餅買ってこうよー!」


クモは子供のように俺のコートを掴み、揺さぶってくる。


「分かった。分かったからやめ……。」


どんっ、と肩になにか衝撃を受ける。クモと話すのに気を取られていたせいか誰かとぶつかってしまったらしい。俺はすぐさま謝罪する。


「すみません!」


「い、いえ、こちらこそすみません……。」


ぶつかってしまったのは20代のショートヘアの女性でなんだかとても具合が悪そうに見受けられる。もしかしてぶつかった拍子にどこか怪我でもしてしまったのだろうか?


「あの、大丈夫ですか?怪我とかないですか?」


「あ、はい。怪我はない……です……。大丈夫なんで……。」


女性は俺を押しのけ、今にも倒れそうな足どりで神社へと向かおうとする。


「フラフラしてるじゃないですか!無理しないで今日は帰られた方がいいんじゃないですか?」


「本当に大丈夫なんです……!私はどうしてもこの神社に用があるんです……!」


「でも……。どうしてそこまでしてお参りに?」


「お参りじゃありません。お祓いに……。いえ、なんでもありません。」


お祓い、という言葉を聞いてクモは女性の前に出る。そして俯く女性の顔をのぞき込んだ。


「お祓い!?今お祓いって言った!?ねーねーおねーさん、どうしてお祓いしたいのか話聞かせてよ!」


「な、なんなんですかこの人……。」


女性はクモの馴れ馴れしい接し方に訝(いぶか)しげな表情でこちらを見る。


「すみません……。こら、クモやめろよ。」


「えー!だって祓い屋の仕事案件かもしれないんだよ!?」


それを聞いて女性は顔を上げる。


「はらいや……ってなんですか……?」


「そのまんまの意味でお祓いをする人のことだよ!」


「お祓いを……する人……?」


「そうそう!俺達、お祓いを生業としてるんだよね!おねーさん興味ある?」


「……。」


女性は黙り込んでしまった。そして静かに涙を流す。


「え!どどどどうしたんですか!?やっぱりどこか痛むんですか!?」


「……。お……がい……。」


「え?なんです?」


女性のか細い声が聞き取れなかったので女性の顔に自分の顔を近づける。すると今度は近づかなくともはっきりとした声で女性は答えた。


「お願い……!私を助けて……!」



現在俺達は例の女性と共に自宅に戻っていた。大勢で女性を囲むのもあまり宜しくかと思い、クモとヘビには俺の自室にいてもらいう事にした。女性にはソファに座ってもらい、俺はお茶の用意をする。

女性を家に連れてきた理由はお祓いをして欲しいとの事だからだ。普通祓い屋だなんて言ったってついてくる人はいなそうだが女性は家に呼ぶとあっさりとついてきてくれた。それほど霊や妖怪に困っているということなのだろうか。

俺はお茶を入れ、女性の前へ持っていく。


「どうぞ。」


「ありがとうございます……。」


女性は湯のみに注がれたお茶を啜る。

女性はよく見るととても痩せこけていて頬が陰り、クマがひどい。本当に今にも倒れてしまいそうだ。


「あの……顔、大丈夫ですか……?」


「……。やっぱりひどい顔してますよね。」


「い、いや!そんな意味では!」


まずい、この聞き方は女性に対して失礼だ。俺は首を横に振る。


「いいんです。もう3日もろくに寝てないんです。ご飯なんて1週間くらいまともに食べてなくて……。」


「そんなに……!?一体何があったんですか?」


女性は湯呑みをテーブルに置き、悩ましげな表情で俯いた。


「実は私……亡霊に命を狙われているんです。」


「亡霊に?」


「ええ。あれは1週間くらい前のことなんですけど……同棲している彼氏と喧嘩をしてしまい、私は気が立っていてむしゃくしゃしてしまって、夜の街を出歩いていた時のことなんです。私は横断歩道を渡ろうとした時、後ろから声が聞こえたんです。」


「どんな声ですか?」


「若い女の人の声でした。『こっちへおいで。』と言いっていた様に聞こえました。私が振り返ると信号機の下には女の人が立っていて。遠目から見ても分かるほど顔が青白く、白い着物を着ていたのを覚えています。見た瞬間その女性はあっという間に消えてしまいました。その時は気のせいかと思って横断歩道を渡りきろうとした時です。私の体が急に固まってしまい、横断歩道の真ん中で動けなくなってしまったんです。」


「固まった……?」


「はい。まるで自分の体じゃないかのように動かなくなってしまい、私は5分程動けなくなってしまいました。車が突っ込んでこなかったのが幸いです。もし車が来ていたらと思うと……。」


女性はその時のことを思い出したからか少し震えていた。よっぽど怖かったのだろう。


「その事があって私は次の日仕事を休み、外出せずに家に居ることにしました。その日の夜、玄関のチャイムが鳴り、私が覗き穴を覗いてみるとまた青白い顔の見知らぬ女の人が立っていたんです。」


「前の日と同じ人が?」


「いえ、多分違う人だと思います。髪型が違っていたので。でもその女の人も白い着物を着てドア越しに『こっちへおいで。』と言っていました。なんだか怖くなって扉は開けないでいるとその女の人もまたいつの間にか消えてしまっていました。そしてその後私はまた体が硬直してしまい、困っているとキッチンからズルズルと音が聞こえたんです。

何かと思うとそれはなんと包丁で、しかも独りでに私のところへ向かってきていたんです。私はなんとか体を動かそうと必死になりました。そして声だけは出ることに気づいた私は家にいる彼氏を呼んでなんとか包丁を取り上げてもらいました。

その後も職場の棚から重たいものが頭に落ちてきたり、道路の真ん中でまた体が硬直したりしました。そしてその度に女の人が私の目の前に現れ、パッと消えてしまうんです。私は身の危険を感じ、怖くて外に出るどころかまともに睡眠を取ることも出来なくなりました。これはもう亡霊が私に取り憑いて私を殺そうとしているに間違いありません。」


女性は勢いよく立ち上がると頭を深く下げる。


「お願いします!もうこんな生活耐えられないんです!私に取り憑いている亡霊を何とかしてください!」


必死にお願いしてくる女性の姿はとても気の毒に思えた。


「……お話はわかりました。なんとかしてみます。」


「よろしくお願いします!」


「では少々お待ちください。」


俺は立ち上がり、今聞いた話を別室にいるクモとヘビに伝えに行こうとする。が、1つ聞き忘れたことがあったためもう1度女性の方へ向く。


「ところでお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「あ……すみません。申し遅れました。平野 恵(ひらの けい)と申します。」


平野さんはぺこりと軽くお辞儀をした。

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