第19話
あの時なぜあの人は私をこの地蔵の前へ置いて行ってしまったのだろうか……。今ではあの言葉は本当ことなのか分からなくなってきている。……。私はずっとここで待っていていいのだろうか……。
そんなことを考えていると見覚えのある人間もどき2匹と女が1人が近づいてきた。
ああ、またあの3人組か……。次来たら命はないと言っておいたはずなのに馬鹿な奴らめ。普通の人間ならばあれくらいされれば二度と来ないというのに。仕方ない、今回が次なのだから命は貰わせてもらおう。
『そこの女、前回の言葉忘れてないな?』
「ああ、忘れていない。」
『なるほど、死ぬ覚悟は出来ておるということか。』
「それは違う。」
女は大きな袋を背中から下ろすと封を開ける。何をする気だ?
「俺達は死なない。悪いがくらってもらうぞ!」
そう言うと女は袋の中のものを私めがけてぶちまけた。その袋のものはなにか茶色い粉のようなものだった。盛大に体に被ってしまったが特に体には何の異常も見られない。
『ふん、女ぁ、土など撒き散らして気が狂ったか?』
シャーッと牙をむき出しにして威嚇してやれば3人は後ろにたじろぐ。
『今更逃げようとしても無駄だ。死ね!』
襲いかかろうと爪を出す。そしてジリジリと3人へ近づく。すると先程撒いた土から妙な匂いが立って鼻腔をつく。
なんだ、なんの匂いだ?それになんだか体がぐらつく……。
段々と平衡感覚が失われていく感覚を不思議に思いながらいると3人は更に土のようなものを撒き散らす。
『な、なんだ……?やめろ……。』
眠気とだるさで体が言うことを聞かなくなっている。ついには両手を地面についてしまう。体がグラグラと揺れ、ついに倒れてしまった。
*
俺達は何とか猫又を捕まえることに成功した。使ったのはマタタビの粉だ。前回猫の事で1番に思いついたのがマタタビだった。そしてマタタビにどのような成分があるのかスマートフォンで調べてみたところ脳を麻痺させ、眠気を引き起こしたりするということが分かった。全ての猫にそこまで効く訳では無いが一か八か試してみることにした俺達はペットショップで1番効くという粉末状のマタタビを大量に仕入れて再戦しに来たのだ。そして猫又に大量にマタタビを浴びせたところ想像以上に効いてくれたおかげで用意しておいたロープで締め上げ捕獲することに成功したのだった。
『くそっ……貴様らただでは済まさぬぞ……。』
「はいはーい!そりゃどーも!」
おちゃらけた様子でクモはそう言うと猫又の額に御札を貼る。
「それはなんの札なんだ?」
「これー?これはねー陽の光を閉じ込めてある特殊な御札でね、貼ると妖怪の動きが鈍くなるんだよ!妖怪って陽の光が苦手だからさ!」
「へー。」
「さーてとあとはこいつをどっかの山にでも捨ててくるだけだね!」
クモは猫又を担ぎあげようとする。
「クモ、ちょっとまった。」
「ん?どうしたの?」
「ちょっとだけ話がしたいんだ。」
「えー、なんでー?別にこいつの話聞いたからって結果はきっと変わらないよ?」
「ああ、それでも俺が聞きたいんだ。」
「そう、ならいいよ。」
クモは猫又から手を離す。俺はロープでぐるぐる巻きにされて身動きが取れない猫又に近寄り話を聞く。
「猫又、なんでお前は人を襲うんだ?」
『……。』
「教えてくれないか?」
『……。』
「なにか理由でもあるのか?」
『……うるさいね!そんなに聞きたきゃ聞かせてやるさ!』
猫又は何とか上半身を起こし、俺に怒鳴るように話し始めた。
『私は昔とある陰陽師に使えていたのさ!どんな悪霊や悪事を働く妖怪でも私はその陰陽師のために戦い、退治してきた!尽くして来たんだ!それなのにある日、大物の妖を退治しに行くってなった時に、私をこの地蔵の前に1人取り残していったのさ!ここに残っていろと言って!きっと私が足でまといになると思ったんだろうよ。私は使えるのに!強いのに!悔しくて、頭にきて許せないんだ!だから男を見るとそいつのことを思い出してしまうから2度と現れないように襲いかかってやったんだ!』
声を荒らげて言い切った猫又は俺を睨みつける。
『どうだ、これで私の思いがわかっただろう!』
「……。」
『なんだ、黙ってないでどうにか言ったらどうだ!惨めだと!』
「……ひとつ聞きたいんだが、お前はその陰陽師が嫌いなんだよな?」
『ああ!殺したいほどな!』
「じゃあ何故ここにいろという言いつけを守っているんだ?」
『!』
猫又の表情が険しいものから驚きの表情へ変わる。そして先程の威勢の良さとは打って変わって戸惑ったような声で答える。
『そ、それは……。それはなんとなく……。』
「それに大物の妖怪を退治するんだったら足でまといでもなんでも使うんじゃないのか?こないだ見た限りではお前はすごく強いと思った。そんなお前を足でまといだと置いていくとは到底思えない。」
『……。』
「本当は置いていった理由を分かってるんじゃないのか?お前を置いていった理由は……。」
『うるさい黙れ!もう喋るな!』
「…………お前を置いていった理由は、多分お前が大事だったからだと思う。失いたくなかったんだと思う。」
『……!』
「まあ、これは俺個人の意見だが。どうなんだ?」
『……。』
猫又は黙り込んだまま俯いてしまった。そして少しした後、すすり泣くような声が聞こえてきた。
『そうさ……お前が言う通りさ……。あいつは去り際に言ったよ……。「お前に死んで欲しくないんだ。大事なんだ。待っていればすぐ戻ってくる。」って……。でもあいつは帰ってこなかったんだ。私は何年も、いや何十年もずっと待っているのに……。きっとあの大物の妖とやらにやられたんだろうよ。悔しかった!私なら守ってあげられたかもしれないと思うと!』
「だから自分の気持ちをすり替えたのか……。」
『そうさ!恨まなければ、そうしなければ自分の気持ちが保てなかった!こんなに待っている自分の想いが全て無意味になってしまう気がした!自分への悔しさやあいつを失った悲しみより誰かを恨んでいたかった!だからあいつを恨んだフリをして理由をつけて男を見つけると見境なく襲ったんだ……。』
「猫又……。」
猫又はなんだか自分と似ている気がした。見えているものを見えていないと言い張っていたあの時の自分のように。
『会いたい……あいつに……善次郎に会いたい……。私はただそれだけなのに……。会えればそれでいいのに……。』
俺は大粒の涙を顔いっぱいに零す猫又の背中をさすってやる。きっとずっと1人で辛かったのだろう。どれだけの時間苦悩の中待っていたのか俺には検討もつかない。ただただ慰める行為しか俺にはできなかった。
「話は終わったか?では連れていくぞ。」
ヘビは涙を流し続ける猫又を担ぎ上げると連れていこうとする。
「ま、待てって!やっぱ山に捨てるなんてのは酷くないか!?」
「しかしこいつ放っておいたらまた同じことするかもしれん。」
「それは……。」
確かにそうかもしれないけども……。
俺が俯きながら黙っているとクモが口を開く。
「ヘビー、ちょっと待てよ。」
「なんだ?」
「俺も夏彦にさんせー。」
「先程の話でお前まで感化されたか?」
「うーんそうかもね。ただ山に捨てるなんて面倒な事するよりもこの問題を解決するのに手っ取り早い方法があるんじゃない?一旦下ろしなよ。」
「全く、一体なんだって言うんだ。」
気乗りしないようだがヘビは猫又を下ろしてやる。クモは猫又に近づき、膝を折る。
「猫又、お前ただその陰陽師に会いたいだけなんだよね?そしたら人、襲わないんだよね?」
『え、ああ……そのつもりだ……。』
「じゃあさ、会おうよ!」
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