第18話

かれこれ1時間近く経っても3人は戦っていた。最初は2対1なのでクモとヘビが優勢になりさっさと決着が着くかと思われたが全くの誤算だった。猫又は2人の攻撃をすごい速さで全てかわし、隙あらば噛み付いたり長い爪で攻撃を加える。そのせいでクモもヘビも深手まではいかないがボロボロだ。所々血も流れていてあまりの痛々しさに何度か今日はやめるよう言ってはみるものの「下がっていろ」とヘビに言われ、仕方なくまた後ろで見守るという形になっていた。

しかし突然争いは終わりを告げる。ヘビが突然人間の姿に戻ったのだ。そしてフラフラしながら地面に手をつき俯く。その様子を見逃さなかった猫又はヘビへ襲いかかろうとする。


「ヘビ!」


それを庇おうとクモはヘビの前へ出て猫又の爪の攻撃を受ける。爪は深々とクモの脚へ突き刺さり、そこから血が流れ出る。そしてクモも人間の姿に戻ってしまい右足を庇うように倒れる。そこへまた猫又は攻撃を加えようとゆっくりとクモへ近づいていく。


「おい!クモ逃げろ!」


声をかけるがクモは逃痛みでげられないようである。ヘビは寒さのせいなのか動く様子はない。

まずい、このままでは本当に2人とも……。

そう思った途端俺は走り出し、猫又の目の前に立ちはだかった。特に何か出来る事も策もないが何もせずに見過ごすことが出来なかった。


『どけ、女に興味はないと言っただろう。』


猫又は唸るような声色で俺を威嚇する。正直ものすごく怖い。2人をここまで追い込んだのだから俺なんて多分一捻(ひとひね)りだろう。だがここで退く訳にはいかない。そして非力な俺が出来る事といったらただ1つ。


「……頼む、見逃してくれないか……?」


命乞いだ。それしか俺にはできる事など残ってない。必死に頭をたれて懇願するしかないのだ。


『見逃せだと……?』


猫又は大層険しい顔をする。

失敗したか……?

だが失敗となれば全員殺される。失敗は許されないのだ。俺は膝を冷たい雪の積もった地面につき、手もつき、土下座をする。これでも許して貰えなかったら次はどうしようか……。

そんなことを考えていると頭の上の方から意外な言葉が聞こえた。


『やめろ、土下座などするでないわ。』


「……へ?」


俺は思わず頭を上げる。


「……許して貰える……んですか?」


『許す気はない。特にそこに寝転んでる2人はな。だがお前に謝られても困る。』


「じゃ、じゃあどうすれば……?」


猫又は俺に背を向ける。


『去れ。さっさとこの場を去れば今回ばかりは見逃してやる。』


「……。本当に……?いいのか……?」


『ただし今回だけだ。次来た時は全員命がないと思え。』


「は、はい……。」


『早くしろ!』


「は、はいい!」


猫又が吠えるように言いつけてきた事を皮切りに俺は立ち上がり、ヘビとクモを渾身の力で引きずってその場から逃げる事にした。



猫又のいた停留所跡地を数十メートル離れたところでやっとヘビを起こし、ヘビと一緒にクモを運んでもらい、俺達は自宅へ帰ることが出来た。

クモは1番傷が深かったが家に常備してあった救急箱の包帯で応急処置を施し、何とかまともに動けるようになった。


「いやー、やられたね!こてんぱんに!はははっ!」


「笑い事じゃない……。」


クモが呑気に笑い声をあげている頃にはもうとっくに夜は明けて、2人の看病で俺は疲労困憊だった。


「それにしても夏彦すごいねー!あんな強い妖怪から俺たち連れて逃げられたんだから!」


「いやあれはただただ見逃されただけであって……。」


特に土下座以外は何もしていない。あそこでもし自分も攻撃を加える様な事をしていたら確実に全員殺されていただろう。


「何はともあれ逃げられてよかったよねー!そういやヘビは大丈夫?」


「ああ、ヘビは俺の自室のベッドで寝ているよ。」


その言葉と同時に俺の自室の扉が開いた。ヘビが起きてきたのだ。


「おはよう。もう体は大丈夫なのか?」


「ああ、だいぶ体が温まってきたから鈍さは無くなった。」


やはり争っている最中急に倒れたのは寒さのせいだったようだ。体調が回復したのは良かったのだがそれよりも俺には気になることがあった。


「ヘビお前……。傷が……!」


「ん?」


「体の傷が消えてる……!?」


ヘビの首元や手首など無数にあった傷が消えているのだ。近寄って見てみても全く見る影はない。


「ああ、その事か。大方お前から供給された霊力で傷が回復したんだろう。」


「そんなことってあるのか……?」


「前にも言っただろう。俺達は霊力の塊なんだから霊力さえ補給されれば傷は癒えるのも当然のことだ。」


「そうなのか……。じゃあクモもそのうち治るってことか。良かった。」


正直クモの右足の傷は普通放っておいてじゃ完治しないだろうと思い、病院に連れていこうかとも考えていた。しかしその心配がないとなると少し肩の荷が降りる。心の底から安心して俺はソファに座り込むとヘビは俺とは反対に険しいをしている。


「どうした?」


「……あの猫又の事を考えていたんだが……。ものすごく強かった……。」


「そうだな、2人がかりでもどうにも出来ないほどだもんな。きっと強力な力とかなんかあるんだろうな。」


「いや、そうではない。元が強い妖怪は強力な妖気を漂わせているはずだ。だがあいつはそんなものはさほど感じなかった。代わりにとても戦闘慣れしているようだ。何故あんなに戦闘慣れしているのだろうか……。」


「他の妖怪とかと喧嘩でもして強くなったとか?」


「どうなんだろうな……。それはさておきあいつを何とかする方法を考えなくては……。」


「まだやる気なのか!?やめとけよ……。」


次来たら殺すと言われたのだ。絶対にやめといた方がいい。そうでなくとも次また戦ったとしても負けるのは目に見えている。


「次行けば確実に俺も殺されるし行きたくないんだけど……。」


「安心しろ、何も策無しには行くという訳では無い。」


「策ってなんかあるのかよ。」


「ふむ、例えば妖怪は陽の光が苦手だ。力が弱まる。」


「でもあの妖怪は夜しか出てこないんだろ?」


「まあそうなんだよな。他になにかないものか……。」


「他になにかかぁ……。」


猫又というか妖怪が嫌いそうなもの……。猫がベースなのだとしたら猫が嫌いなものだろうか。考えては見るが思いつかない。が、猫で分かることが俺にも一つだけあった。


「猫といえば……。」


「なにか苦手なものでも思いついたか?」


「いや、苦手というより好きなものなんだけど……。」

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