第17話 猫又の話
静道神社に出向いてから3日後、ヘビは祓い屋としての仕事を持ってきた。持ってきたと言うよりは噂で聞いたらしい。噂の内容はこうだ。
俺達が前回悪霊退治をした木間神社の丘の下には車通りの少ない道路があり、そこには昔使っていた古びたバスの停留所がある。その停留所はどうやら若い人の間で心霊スポットになっているらしく、夜中になると停留所に女の霊が出たり不気味な猫の鳴き声がするらしい。そしてその霊を見たり声を聞いたりしたものは呪われるという噂だ。だが噂は噂に過ぎないのではなかろうか、そんなことを簡単に鵜呑みにして動いていいものだろうかという疑問もあった。しかしヘビに聞いたところちゃんと下見をして確認をとってきたらしい。その結果、そこには妖怪がいるらしく、今回は妖怪祓いをするという決断に至った。
そして俺達3人は現在、噂の今は使われていない停留所前に向かっている最中である。その妖怪は夜にしか顔を出さないらしいので夜に俺達は出発していた。仮に日の高いうちにお祓いをするとしたら昼は神社の参拝客なんかも通るだろうし、お祓いをしている俺達を不審な目で見られてはかなわない。そう考えると夜中にお祓いというのは今回とても都合がいい事だった。
夜中という事もあり、12月の寒さがいつも以上に身にしみる中俺達はひた歩く。
「うー寒い。しかしその妖怪ってのは本当に見た人を呪うことが出来るのか?」
俺は身を震わせながらヘビに聞いてみた。
「……ん?ああ、本当だ……。呪うというよりは少しでも霊感があり、自分が見える者を片っ端から襲いかかっている……らしい……。」
「お前ねむそうだな。大丈夫か?」
また冬眠の予兆だろうか。ヘビは先程から何度も欠伸をしている。
「ああ、なんとか大丈夫だ……。あとその妖怪は1つ特徴があってなだな。」
「特徴?」
「男しか襲わないらしい。」
「男だけ?何故?」
「さあ?そこまではまだ分からん。」
何故だろう、と自分でも考えてみるがやはり分からない。そもそもその妖怪は何故人を襲うのだろうか?なにかそこまでするほどの事を人間にされたのだろうか?疑問は尽きないがとりあえずクモとヘビの後ろを黙ってついていくことにした。力にものを言わせる案件だとしたらどうせ俺ではどうにも出来ないことなのだろう。
「そう言えばヘビ、聞いてなかったけどもどうやってお祓いするんだ?また前の悪霊みたいに御札を貼り付けるのか?」
「いや違う。悪霊など霊の場合は札を貼ったり魂魄(こんぱく)を散らしてあの世に昇天させればそれでお祓い完了だが妖怪の場合は元々現世で生まれた異形なものだ。たまにあの世から来る奴もいるがな。つまり祓うと言うよりは他所に追っ払う形になる。だから殆どの場合が実力行使だな。」
「つまりは蛇の形になって争うってことか……。厄介なことになりそうだな。」
「そうだな、俺としても話で解決出来るとしたらそっちの方がありがたいが……。」
話で解決か……。俺としてもまた危険な目にあうのはゴメンだし話せるのであれば1度話してみよう。
そんなことを考えていると少し先の方からクモの声が聞こえた。
「おーい!見えてきたよ!」
クモは薄く雪がある歩道を先頭でザクザクと進んで行く。それを追いかけるように急ぎ足でクモと進んでいくと街頭に照らされる停留所らしきものが見えてきた。停留所らしきものとは言っても時刻表の看板はもはや撤去され、木でできた屋根のある簡素な待合スペースがあるだけだ。先に停留所に着いたクモを追いかけさらに近づくと待合スペースの隣には地蔵があった。少し溶けかけの雪が積もっている。
「あれー?妖怪はー?」
ヘビは停留所の周りを見渡す。 そう言えばそうだ、行けばすぐに出会うと思っていた妖怪がどこにもいない。俺もまた辺りを見渡す。人影も何も無く、ただただ整然としている。
「もしかしてヘビの見間違いー?」
「そんなわけあるか。この間は確かにここで見たんだ。」
「じゃあその妖怪はどこにいるのさ?」
「……。」
クモの言葉にヘビは黙り込む。俺も一応待合スペースの中に入ってみたり辺りを見回してみる。だが何も見つからない。
仕方ない、今日は帰るか……。
そう考えているとふと地蔵に目がいく。
まさかお地蔵さんに化けてたりして……。
前回狐のキクが鉄棒に化けていたのを思い出して他の妖怪も他のものに化けられるのではないだろうかと俺は思い、地蔵に触れる。地蔵は氷の様に冷えていて手がかじかみそうだ。撫でてみたがザラザラとした石の感触がするだけだ。
「やっぱりそんなわけないよな……。ヘビ、クモ今日は帰ろ……。」
『お前、何をしている……?』
いきなり後ろから聞きなれない女性の声がして俺は思わず振り返る。振り返ると目と鼻の先に人がいた。いや、人とは到底思えない顔と耳を持った化け物がいた。
「……ね、猫!?」
そう、猫だ。体つきは着物を着た人間なのだが顔が猫なのだ。そして耳も顔の横ではなく頭の上に生えている。
まさかこいつがここにいる妖怪……!?
そう考えるより先に俺はその妖怪に肩を捕まれ地面へ押し倒される。
「おわっ!」
『なんだ女か。女に用はない。』
そう言うと妖怪は俺の肩を掴む手の力を緩める。
「夏彦!」
少し離れたところにいたヘビとクモが俺の異常事態に気づきすぐさま駆け寄る。
「夏彦から離れろ!」
「夏彦大丈夫!?」
ヘビはすかさず妖怪へ掴みかかろうとする。しかし妖怪はヘビの攻撃をひらりとかわし、間合いを取る。
「出たな猫又。」
『おや、いつぞやの人間もどき野郎じゃないかい。もうくるなと言ったのに来たということは相当私に八つ裂きにされたいようだねぇ。』
「残念だがそうはならない。お前はここから追い払われるからな。」
猫又と呼ばれた妖怪は猫のようにシャーっと威嚇し今にも飛びかからんとする体制だ。
「猫又、一応聞くが何故人間を襲う?襲うことによってなんの利益になるんだ?」
『お前らなんぞに教える事など何も無いわ。どうせここで死ぬのだからねぇ。』
「薄々分かってはいたがやはり話し合いで解決するのは無理なようだな。」
ヘビもすぐさま構える体制になり、双方共に一触即発状態だ。俺はクモに肩を貸してもらい起き上がり、ヘビに待ったをかける。
「ヘビ待ってくれ……。もう少し話を聞いてみないか。」
できるだけ争いごとを避けたい俺は何とか対話だけで事を収められないかと思い二人の間に入る。そして今度は猫又の方へ向き、尋ねる。
「猫又、だっけ?頼むから話を聞かせてくれないか?」
『黙れ、女に用などないと言っただろう。』
話を聞いてくれないと言うよりは聞く気がないようで目すら合わせてもらえない。というか俺のことを女だと思っている事に驚きだ。確かに俺は身長が低くて男らしい顔立ちとは言い難いが女性と間違われるとは……。まあ弁解する雰囲気でもないのでそのままにしておこう。
「夏彦、分かっただろ。こいつは話す気なんてない。ならば力ずくでここから追っ払うだけだ。」
ヘビはそう言ったかと思うと瞬時に10メートル程の長さもある大蛇になった。もはや対話で何とかする気は蛇も微塵もなさそうだ。
「クモ、お前もさっさと加勢しろ。」
「はいはーい!」
ヘビの一声でクモもあっという間に白く巨大な蜘蛛に変身した。もはや俺の力ではどうにも出来そうにもない。俺は被害を被ることのないようにその場から離れ、猫又と2人の争いを見守ることしか出来なかった。
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