第16話

「このまじんじゃ?知らないわよ。他の神社なんて興味無いもの。それがどうしたって言うの?」


「その神社は先月まで廃れた神社だったんだがまた再興したらしいんだ。」


「へー。それで?」


相良さんは興味なさげに自分の長い後ろに結っている髪をクルクルと指で巻く。


「そこの神社はお前とは違い頼めばここより安く御札を書いてくれるらしい。」


その言葉に相良さんの髪を巻いていた指が止まる。そして動揺したような声で反論する。


「そんなわけないじゃない。悪霊祓いの札なんかそうそう出回っているわけ……。」


「そうか、じゃあそう思っていればいいさ。俺達はここの神社には2度と御札は買いに来ない。そうだ、知り合いの祓い屋や陰陽師にも知らせてやろう。安いに越したことないからな。」


「そんな……そんなわけないじゃない!」


相良さんは大声で反論するがかなり困惑している事が手に取るように分かった。そんな様子が分かったヘビは更に畳み掛けるような発言をする。


「その様子だと皆に知らされるのが相当困るようだな。お前の売上も下がり、今までぼったくっていた事がバレるかもしれないしな。」


「くう……。」


「だが交渉次第では皆に黙っていることも出来る。どうする?」


「こ、交渉……?なによ……?」


ヘビは口の端を少し上げ、薄く笑いながらまた社務所へ近寄る。


「交渉内容は俺達に松の御札を元の値段で販売することだな。」


「なっ!?半額以下にしろって言うの!?」


「嫌なのか?」


「くそー!人の足元見ちゃってー!」


相良さんは悔しそうにまた窓枠を叩く。


「はははっ!それいいね!その値段なら2枚買える!」


クモが拍手しながら楽しそうにそう言うと相良さんは一層悔しそうに歯ぎしりをする。


「うるさいわね!」


相良さんはクモに噛み付くようにそう言うと今度は黙り込んでしまった。少しの間躊躇しているようだったがついに口を開き、こう答える。


「……わかったわよ……特別よ!」


「交渉成立だな。」


相良さんは苦い顔をしながらもついに折れたようだ。

しかしすごく悔しそうだな……。

そんな姿に俺が苦笑いを浮かべている間に格安交渉に成功したヘビは顔には出さないものの嬉しそうに御札の購入をし始めていた。



帰宅後、俺は御札がどんな御札を買ったのかヘビに聞いてみた。するとヘビは買った御札を封筒から出し、見せてくれた。


「1つは悪霊用、もう1つは妖怪用の御札だ。今回は買わなかったがその他にも種類は沢山あるぞ。」


「へー、色々あるんだな。」


俺が感心して見ているとクモがコーヒーを入れたマグカップを持ってきて俺に1つ渡してくれた。


「ありがとう。」


「どういたしましてー!それにしてもヘビはよくあんな堂々と嘘つけるよね!」


「嘘?」


もしかして木間神社で御札が販売されいる事だろうか?

するとヘビはこう答える。


「嘘なんかついてない。木間神社で御札が売られていることは本当だ。」


「じゃあクモの言う嘘って?」


ヘビはクモからもらったコーヒーに口をつけると話し始めた。


「実は物理的に貼り付けて悪霊や妖怪に効く札と言うのは木間神社には売っていないんだ。一般家庭でよく神棚にお供えする物しか販売していない。だが俺は相良に別にお祓い用の御札が売っているとは一言も言っていない。あいつが勝手に勘違いしただけだ。」


「えぇ……。」


確かに嘘はついていないがそれは騙したと言うんじゃないだろうか。それを思うと相良さんが少し不憫に思えてくる。


「なんかちょっと可哀想だな……。」


「いやいや、同情することないよ!どうせ他の奴にも同じような事言って大金せしめてるんだから!」


「うーん……。」


クモの言葉は納得いく理由では無いが終わってしまったことだし仕方ないか……。そう思い直し俺はコーヒーに口をつける。


「そういえばヘビ、なんで御札買いに行ったんだ?御札使うようなお祓いの仕事でもあるのか?」


「ああ、まあそんなところだ。まだ下見というところだがな。」


「ふーん。」


特に深くは聞かなかったがまた祓い屋の仕事が近々あるのは確かなのだと思うと少しばかり気が張ってしまう。危険な事じゃなければいいのだが。そんな俺の思いとは裏腹にクモは元気な声を上げる。


「夏彦!また雪降ってきたよ!雪遊びしよーよー!」


「嫌だよ。雪の中で寝て凍死したくない。」


「それはないでしょ!ヘビじゃないんだから!はははっ!」


全く本当に騒がしい奴め。

俺はコーヒーの最後の一口を飲みきり、クモに雪遊びをせがまれながら追加でもう一杯コーヒーを飲もうとキッチンへ足を運んだ。

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