第14話 御札の話
12月中旬、外はいよいよ冬本番と言いたげなほど雪がしんしんと降っている。カーテンを開け窓から外を見ると白い雪がうっすらではあるが積もっていて見るだけで身震いしそうである。だがこの間あったリョウやキクが積もった雪で喜んで遊んでいそうな気がして想像するとちょっとだけ雪に対する嫌な印象が軽くなる。
あいつらこんな寒い日でも元気に遊んでるのかな……。
そんな思いにふけっていると俺の自室兼仕事部屋の扉が開き、クモが騒がしい声とともに入ってきた。
「夏彦ー!雪だよ雪ー!積もってる!」
「クモうるさい。今仕事してるから静かにしてくれるか。」
俺はクモの方へオフィスチェアごと向きを変え、人差し指を立て口元に近づけ注意をする。
全く雪ごときで騒ぐなんて小学生かよ。
「夏彦雪で遊ぼうよー!」
「俺は無理だ。明日までに終わらせる仕事の案件がある。ヘビとでも遊んでこいよ。」
「無理だよー。だってヘビ全然起きないんだもん!」
「起きない?」
パソコンで時刻を確認すると午前10時を回ったところだった。いつもなら起きて朝食をとり、夏彦の代わりに掃除などをしてその後自分のスマートフォンで新聞を読んでいる時間だろうと思うが。
「具合でも悪いのか?」
「うーん、そんな風には見えないよー?」
「そうなのか……。」
蛇の様子が気になり俺は立ち上がりリビングへ向かう。リビングと自室は壁1枚で隔ててあるだけなので扉を開けるとすぐリビングだ。クモに避けてもらい俺は扉をくぐるとすぐにヘビの姿が目についた。ヘビはソファの隣で寝袋に入って眠っている。
ここの家に2人が来て一番最初に困ったのが寝床の件なのだが、2人分布団やベッドを用意するのは難しく、しかも場所を十分に確保出来ないので2人には自分達で寝袋を用意してもらってリビングで適当に床で寝てもらっていた。
寝袋でスヤスヤと寝息を立てて寝ているヘビへ近づき、俺は中腰になって声をかける。
「おーい、ヘビー。もう10時過ぎてるぞー。具合悪いのかー?」
その声に反応してヘビは眉をひそめたかと思うとゆっくりと目を開ける。そしておもむろに起き上がる。
「んむ……。10時?……しまった、寝過ごしたな……。」
「どうしたんだ?いつもならとっくに起きているだろ?」
「それがなんだかとてつもなく眠いんだ。何故だろう?」
ヘビは首をかしげながら寝袋を畳む。
「それと最近体の動きが鈍い気がするんだ。」
「夜更かしでもしてたんだじゃないのー?悪いやつー!」
「それはクモ、お前だろうが。」
クモが指をさしニヤニヤ笑いながら指摘するとヘビは睨みつけながら反論する。
その様子を見ていると先程クモが言っていた通り確かにどこか体が悪そうな感じには見えない。
「体の動きが鈍るってだるいとかそういう感じか?」
「うーんまあそんなところだろうか。もっと正確に言うと動かなくなってきているというか……。」
「うーん。動かなくなってきてるかぁ……。」
俺は腕を組んで考える。
病気でもないのに最近ヘビだけ体がおかしくなっているのか……。ヘビだけ……。蛇……。
俺は考えながらふと窓へ視線を向ける。すると相も変わらず雪が降り続いている。
ん?もしかして……?
「ヘビもしかして……冬眠しようとしてる?」
そう、テレビなんかで見たことがあるのだが確か蛇は冬眠する生き物のはずだ。蛇であるかどうか怪しいラインではあるがヘビも大蛇になれるのだから例外ではないのかもしれない。
「冬眠?そうか普通蛇は冬眠するのか。なるほど。」
蛇は感心したように頷く。
「地獄では冬眠したことないのか?」
「地獄では無いな。常に季節が変わらないからな。場所によっては寒いところもあるがそういう所には配属されたことない。」
「えっ、寒いところもあるのか!?地獄って一体どんな所なんだ……?」
少しばかり興味があり聞いてみるとヘビは口角を少し上げニッと笑いながらこう返す。
「知りたいのか?」
「いや、結構です……。」
珍しく笑って見せたヘビになんとなく恐怖を感じてすぐさま断る。
本当に一体どんな所なんだ……。
「それよりクモ、夏彦、今日は出かけるぞ。」
「もしかして雪遊びー!?」
「んなわけないだろバカ。お前には昨日話したはずだろ。夏彦、出かける準備をしろ。」
いきなり出かけると言われても身支度もしてないどころかまだ仕事が残っている。それを何とかしないうちはあまり外出したくはない。
「ヘビ、その出かけるのは明日じゃダメなのか?俺ちょっと今日中に何とかしたい仕事があるんだよ。」
「そうなのか?じゃあ明日にしてもいいぞ。今日行くというのは少しばかり急だったな。すまない。」
「それよりもまずは飯にしたら?起きたばっかりだろ?」
「ああ確かにそうだ。」
ヘビは寝袋を部屋の隅に片付け、キッチンの方へ向かう。その後ろをクモは「ねーねー!」と言いながらついて行く。
「今日はやる事ないなら雪遊びしよーよー!」
「嫌だ。雪の中で寝て凍死したくない。」
「はははっ!冗談が上手いなー!俺達そんな簡単に死なないって!」
ヘビはクモに対して厄介そうな表情をしながらパンを焼く。
ヘビの予定は明日になったのでとりあえず自室兼仕事部屋に戻ることにした。自室の扉に手をかけたところでふと思う。
そう言えば明日はどこに出かけるのか聞いてなかったな。
再びヘビの方へ向きを変え、声をかけようとすがクモに絡まれてそれどころでは無さそうだ。仕方ない、また明日聞くことにしよう。自室に戻り、俺はまたオフィスチェアに深く腰を下ろしパソコンへ目を向けた。
*
後日、俺達はヘビの予定通り外に出かけていた。道路には昨日降り積もった雪が溶けかけて所々黒くなっている。歩いている途中、どこに行くのか気になってヘビに訪ねてみた。
「なあ、俺達はどこに向かってるんだ?」
「ここの通りを曲がった先に静道(じんどう)神社という神社があるだろう?そこだ。」
「へえ。そこで何するんだ?」
「御札を調達しに行くんだ。」
「御札?」
御札と言えば前に悪霊祓いに使った御札のことを思い出す。あれを調達しに行くのだろうか?
「もしかして前にもらった悪霊祓い専用の札とかいうやつか?」
「それもあるし色々だ。あとは一応紹介しておきたい人間もいるんだ。」
「紹介?一体誰なんだ?」
「まあそれは行けばわかる。」
そんな会話をしている間に俺達は静道神社の階段前まで到着した。俺たち3人は白い息を漏らしながら階段を上がる。鳥居をくぐり抜けると目の前には拝殿が見える。石畳の参道を歩いていくと拝殿の前には巫女さんがいた。巫女さんは赤と白の巫女装束には似つかわしくなくスコップでせっせと雪をかいている。俺は会釈して視線を逸らす。が、ヘビは迷うことなくその巫女さんに近づくと声をかける。
「おい。」
「こんにちは。どうなされました?」
「いつものを見せてもらえるか?」
「ああ、おみくじですか?絵馬ですか?」
「違う、御札だ。」
「えっとー、御札ですか……。」
巫女さんは何か躊躇している。
「どうしたんだ。いつもならすぐに出すだろう。」
「でもー……。」
巫女さんは何故か俺の方を気にしているようだ。
「お連れの方大丈夫なんですか……?」
「全然大丈夫!なんせ夏彦は霊力主だからね!」
クモのその言葉を聞いて巫女さんは「なーんだ!」と言い、先程までと口調が変わる。
「もーやだー!部外者かと思って心配したじゃなーい!」
巫女さんは手をヒラヒラと上下に仰ぎながら俺の前まで来る。俺よりも身長が小さくとても華奢な体型だ。
「私の名前は相良知弦(さがらちづる)よ。」
いきなり自己紹介をしたかと思うと俺の前へ手を差し伸べてきた。
握手ってことかな?
俺は相良さんの手を握って自分も名乗ることにする。
「あ、えーと、吉野夏彦です。」
自己紹介すると相良さんはにこやかにこう返す。
「よろしくね、私の大事な金づるさん!」
「はいよろしく……え?」
初対面の人間に対して彼女が金づると言い放ったように聞こえたのは聞き間違いだろうか?
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