第13話

午後7時になり、寒さも一段と深くなり街灯に光が灯る。未だに終わることないあまりにも長い2人の喧嘩に(キクにリョウが一方的に責められているだけだが)仕方なく俺は無理やり間に入る。


「はいはい、ちょっとごめんね。君がキクちゃんだね?」


「ちょっと!何すんのよ!私はまだコイツと話があんのよー!」


キクはリョウに掴みかかろうとする。


「まあまあ落ち着いて……。ちょっとは俺の話聞いてくれないかな?」


「……仕方ないわね!」


俺に腕を抑えられようやく掴みかかるのをやめ、また腕組みをする。


「それで、なによ?」


キクは今度は俺を睨みつけた。


「キクちゃん、君はなんで鉄棒なんかに化けてたの?友達がずっと探してたの見てたはずだろ?心配してたんだぞ?」


「それは……。」


キクはちらっとリョウの方を見る。リョウは言いたい放題言われたのがショックなのか目に涙を浮かべている。


「リョウが心配してるのは知ってたわよ……。でもリョウが悪いんだからね!」


キクはぷいっと顔を背ける。


「悪いってどういう事?」


俺はしゃがみ、キクと同じ目線になりに問う。


「だって……だってリョウが私とかくれんぼしてもすぐに見つけちゃうんだもん!だから悔しくて……化けてからかってやろうと思って……。」


「え……。それだけ……?」


「それだけって何よ!」


キクは頬を膨らませ、地団駄を踏む。


「……ちなみにだけどどれくらい化けてたの……?」


「そんなに長くないわよ!たかが20年くらい……。」


「20年も!?」


流石にそれは長すぎるだろ……どれだけ根気強いんだ……。しかし20年経ってもこの子供のような性格というか中身というか。さすが妖怪だな……。


「そんなに長く隠れなくても……。本当に心配してたんだぞ?」


「だってー……。」


「でもリョウが探してたの見てたろう?流石に可哀想じゃないか?」


「……。」


俺の言葉にキクは項垂れ、パーカーのポケットに手を入れる。そしてモジモジしながら話し始めた。


「そりゃ最初はすぐに辞めるつもりだったのよ……?でもなんか自分から始めたのに出てくるのもかっこ悪いし……。どうしようかなって思ってたの……。でもあなたが見つけてくれた時、私観念してリョウに謝ろうかと思ったんだけど……なんとなく気恥ずかしくって……。」


それで喧嘩をふっかけてしまったのか……。


「キクちゃん、気持ちは分からなくもない。でもリョウに悪いという気持ちがあるなら謝らなきゃ。」


キクは顔を上げると眉間にしわを寄せ、少し泣きそうになっていた。俺はそんなキクの頭を優しく撫でてやる。するとキクは「分かった……。」と呟きリョウの前へ出る。


半べそかき状態のリョウの前でキクはまたモジモジしながら話す。


「あの……あのね……。」


キクは一息ついて話を切りだす。


「あ、アンタが悪いんだからね!私のことバカにして!」


あちゃー、そういう事まだ言っちゃうか……。 俺は止めに入ろうかと考えたがキクは続けてこう言った。


「でも、私も悪かったから……だからその……ごめんね。」


その言葉を聞いてかリョウは顔を上げる。


「キク、ボク、怒ってないよ。キクが戻ってきてくれるだけで僕は嬉しいから……。」


そう言うとリョウはにこりと笑う。


「ほ、本当に……?怒ってない……?」


「うん!」


キクは戸惑いながらも許されたことに安心したのか安堵の笑みを溢す。


「明日からまた一緒に遊ぼうね、キク。」


「あったりまえじゃない!死ぬほど遊んでやるんだから覚悟しなさい!」


キクは偉そうに腰に手を当て、ふんぞり返る。そんなキクの様子をリョウはとても嬉しそうに見ていた。



「小さいお兄ちゃん、色々とありがとう!」


リョウはぺこりと頭を下げる。


「いいんだよ。キクちゃんもこれからは仲良くね。」


「わ、分かってるわよ!」


「それじゃあお兄ちゃん、またね!」


「うん、またいつか。」


俺がそう告げるとリョウとキクは公園の端にある茂みへ歩いていく。そっちには道など無いはずなのに2人は茂みへ入った途端音もなく消えていった。そんな2人を後ろから俺は手を振って見送る。

いつかまた本当に2人に会えるといいな……。今度はめいいっぱい一緒に遊んでやろう。

そんな思いにふけっていると自販機の方からクモがこちらへ近ずいてきた。クモは相変わらず楽しげな雰囲気である。


「どう?色々と解決した?」


「お前見てたのか。」


「まあねー!お邪魔かと思って遠くで様子を伺ってたんだようね!」


クモにそんな気遣いができるとは思えないがまあそういうことにしておこう。夜も更けて来たことだし俺達もそろそろ帰らねば。


「もう遅いしさっさと帰って夕飯の準備するか。」


「さんせー!」


俺達は公演を出て元来た道を辿り、自宅へ向かう。今夜はとてつもなく冷えるとテレビの天気予報でやっていたが全くもってその通でものすごく寒い。俺は身震いをしながら足を進める。


「うう、寒い。あの二人大丈夫かなあ……。」


「狐なんだし毛皮あるから大丈夫っしょ!」


「そうか。それならいいんだが。それよりまた喧嘩とかしてなきゃいいけど。」


「それは分からないね!はははっ!」


まあ、喧嘩するほど仲がいいって言うしな。俺も昔はあんな歳の頃に仲いいこと遊んだり喧嘩してたりしたっけ……。そう言えばあの公園で知り合った子がいた気がする。その子は確か同い年くらいの女の子で俺の学校まで迎えに来てくれてたっけ。あれ?


あの子はなんて名前だったっけ……?


『思い出した……?』


不意にそんな声が背中から聞こえた気がした。俺は思わず後ろを振り返る。しかし後ろに人の姿は見られない。ただただ今歩いてきた歩道が続いているだけだ。


「……?」


「どーしたの、夏彦?」


「今……。」


声が聞こえた気がした。が、すぐに気のせいだろうと踵を返す。


「なんでもないよ。」


「そう?ならいいけども。それより今日の夕飯コロッケがいいなー!」


「お前……またコロッケかよ……。」


「お昼に食べたの美味しかったからさー!お願い!」


「仕方ないなあ……。」


確かに昼間食べたコロッケは絶品だった。そんなことを思い出したら俺の脳内も夕飯はコロッケ一択になっていた。仕方ない。

コンビニで買っていくか。

夜の寒空の下、大の大人2人はコロッケを求め、コンビニへ寄り道しに行くのだった。

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