第11話

午後2時、俺はなんとか携帯ショップで携帯電話を新調することが出来た。


「ありがとうございましたー!」


携帯ショップから出ようとすると店員が元気よく俺達を見送る声がした。予約をしていなかったのでかなり時間がかかるかと懸念していたが平日でお客が少なかったため早く事が進み1時間もしないで携帯を交換してもらえた。あとは家に帰って仕事をまた再開するだけだ。


「よし、じゃあ帰るか。」


その言葉にクモは「ねーねー。」と声をかけてくる。


「あの狐の事はいいのー?気にしてたじゃん?」


「別に気にしてない。」


「ふーん、本当かなー?」


クモはまたニヤニヤしながら歩き始める。クモに続き俺も歩道を歩き始めた。

数分ほど歩いてまた例の公園前まで着く。気にしてないと言いながらも俺は先程の公園の方に視線を向ける。するとまた例の狐の姿が公園にはあった。未だに砂場のあたりをうろちょろしている。

一体何を探しているのだろうか?

俺は足を止めて狐の様子を観察する。狐は砂場の砂を手で掘ったり、埋めたりを繰り返している。少しの間そうしていたかと思えば次はジャングルジムを登って辺りを見回したりシーソーの下を覗いたり行動は意味不明だ。


「夏彦、やっぱり気になる?」


クモのその言葉に我に返り、俺はまた歩きだそうとする。


「いや、俺は別に……。」


「気になるんだったら行ってみようよ!」


「ね?」とクモは言うと俺の手を引く。


「えっ!ちょっと待てって!」


クモは俺を公園の中へ引きずる。俺は抵抗するが流石俺を担ぎ上げられるだけあって力が半端じゃないくらい強い。あっと言う間に俺を狐の前まで引きずってきてしまった。もちろんいきなり近くにこられて狐はびっくりしている様子だ。


「あ、あの、さっきのお兄ちゃん達……。」


狐はまた泣きそうな顔でこちらを見ている。


「あ、えーと……。こんにちは。」


とりあえず俺は挨拶をしてみた。すると狐も震え声ながらに「こんにちわ。」と返してくれた。


「ねーねー、君ここで何やってるの?」


クモのその言葉を聞いて狐は急に涙をこぼす。そして必死そうに話し始めた。


「あの、あのね、ボク無くし物しちゃったの!とっても大事なものなの!でも全然見つからなくって……。だから一緒に探してほしいの……!お願い!」


狐は深々と頭を下げる。


「どうする?夏彦。」


「どうするってお前が連れてきたんだろうが。……まあ仕方ない。」


化け狐とはいえ子供がこんなにお願いしているのだ。ここで断ったら流石に大人げない。


「俺達も探してやる。」


その言葉に狐の顔がぱあっと晴れる。


「ほ、ほんと!?」


「ああ本当だ。だから泣くな。」


俺はしゃがみこみ、狐の涙を優しく袖で拭ってやる。


「あ、ありがとう……!」


狐は今までの泣きっ面が嘘のように嬉しそうに笑う。尻尾も嬉しさからかフサフサと左右に揺れている。


「それじゃあ狐、探し物は何なんだ?」


「ボクね、狐じゃなくて名前あるの。」


「そうなのか?それは悪かった。なんて言うんだ?」


「ボク、リョウって言うの!」


「リョウか。わかった。それでリョウは何を探しているんだ?」


「それがね……。」


リョウはまたしゅん、と悲しそうな顔をする。


「どうした?」


「あのね、思い出せないの。」


「思い出せない?場所がか?」


「それもあるけどね、探してるものが思い出せないの。」


「探しているものを?」


「うん……。」


「そ、それはまた……。」


妖怪の探し物だから早々見つからないだろうと覚悟はしていたがまさか探し物がなんなのか思い出せないとは恐れ入った。それでは闇雲に探したところで見つかるはずがない。と言うよりそれ以前の話だ。


「何か思い出せることは無いのか?」


「うーん……。」


「どれくらい前に無くしたんだ?」


「覚えてない。すごく前だった気がする……。」


「すごく前か……。」


すごくとは言ってもこんなに小さい子供なのだから多分数ヶ月前くらいの事だろうか。そんなことを思っているとクモが口を開く。


「妖怪は人間と生きてる時間が違うからね。もしかしたら何百年も前かもよ?はははっ。」


「おいおい嘘だろ……。」


そんな時間経っていたらどんな物でも劣化しすぎてもはや原型をとどめていない可能性が出てくる。これはもしや大変なことに首を突っ込んでしまったのではないだろうか?姿も形もわからないものを永遠に探すハメになるかもしれない。それは流石に無理があるってもんだ。ここは申し訳ないが早めに断って帰るのが1番かもしれない。


「リョウ、悪いがやっぱり……。」


断りの言葉を言いかけるとリョウはまた目を潤ませる。


「うう、探してくれないの……?」


やめて!なんか俺が小さい子にめちゃくちゃ悪いことしてるみたいじゃないか!


「あー!夏彦泣かせたー!」


拍車をかけるようにクモが言うとリョウはいよいよ本格的に声を上げて泣き始めた。なんにも悪いことはしてないはずなのに罪悪感の波が押し寄せてくる。


「えええ!ちょ、えーと泣くなって!わかったよ!一緒に探すから!」


「ううっ、ほんと……?」


「ああ、本当に……。」


「やったあ!」


リョウはそれを聞いてすぐさま泣き止み小さな手を上にあげ喜んでみせた。全く、しょうがないなと思いながらもリョウの頭を撫でてやる。

さっさと探してさっさと帰ろう。

こうして俺達は小さな狐のもの探しを手伝う事にしたのだった。



「それでリョウ、その探してるものってなんか特徴とか無いのか?」


流石に手がかりゼロではどうにもこうにもいかない。なんでもいいので思い出してもらわなければ。リョウは俯きながら「うーん。」と考えている。しばらくして「あっ!」と声を上げた。


「思い出したのか!?」


「ううん、まだ。」


「そっか……。」


「でもね、なんだか暖かくって柔らかいものだった気がするの。」


「暖かくって柔らかいもの……?」


それを聞いて今の時期1番に思いつくのはマフラーや手袋だ。リョウにその事を聞いてみようとするとリョウはいきなり走りだした。そしてシーソーの前へたどり着くとこっちおいでと言うように手招きをしてきた。


「どうしたんだリョウ?」


「これ……。」


リョウはシーソーを指差すとモジモジとしはじめる。

もしかして……。


「これで遊びたいのか?」


「え、えっと……うん……。」


「リョウ、今は捜し物をしなくちゃ。」


「分かってる……でも……これ乗ったらなんか思い出すかも……。お願い……。」


なるほど、何百年生きてるかわからない妖怪でも子どもの姿するだけあって中身も所詮は子供という事か。まあ、少しくらいなら遊んでやろう。


「仕方ないな。少しだけだぞ。」


「ほんと……!?わーい!」


リョウは心底嬉しそうにシーソーに跨る。俺も反対側に跨り体重をかける。するとリョウの体はテコの原理で簡単に持ち上がった。体を浮かせるとまたリョウの体は下がり、それを何度か繰り返す。


「わー!たかーい!」


リョウはうんと楽しそうに笑った。それを見ていたクモが次は自分もやりたいとせがんで来た。


「夏彦!次俺にもやらせて!」


「じゃあ交代だな。」


変わってクモがシーソーに跨る。俺よりも体重が重いのかリョウの体は先程よりも勢いよく上に上がる。


「わー!すごい!」


「おー、これ意外に楽しいね!はははっ!」


リョウはひとしきりクモとシーソーで遊ぶと次はブランコを指差す。


「小さいお兄ちゃん、次はブランコ!ブランコ押して!」


「ええ!?探し物はどうするんだ?」


というか小さいお兄ちゃんってなんか傷つく……。


「いいからブランコー!」


「ああもう分かったから……。」


リョウはシーソーから飛び降りると一目散にブランコへ走っていく。そしてブランコに腰掛けたリョウは後ろから押してもらうのをワクワクしながら待っている。すぐさま俺もブランコに向かい、リョウの背後に立つ。


「それじゃあ押すぞ?せーのっ。」


背中を押してやるとブランコは前後に揺れ、リョウも楽しそうな声を出す。


「わーい!」


背中を押してやる度に嬉しそうにするリョウを見ているとなんだかこちらまで気持ちが和んでくる。

子供ってなんだか癒されるなあ。本当はこんなことしてる場合じゃないんだけども。


「楽しいか?」


「うん、楽しい!誰かと遊ぶのは久しぶりだもん!」


「誰かって友達とか?」


「うん!友達……。ともだち?」


リョウは「友達。」と呟きながら首を傾げる。


「リョウ、どうしたんだ?」


「友達……友達!友達だ!」


リョウは目を見開きながらこちらを向く。


「あのねあのね!探してほしいのは友達なの!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る