第10話
俺達は自宅のアパートから歩いて20分程の場所にある携帯ショップへと向かって足を進めていた。商店街を抜け、曲がり角の小さな公園の前を通り過ぎた先に携帯ショップはある。商店街を通ると平日のせいか閑散としている様子を受ける。通り過ぎようとすると揚げ物屋からのなんとも言えない食欲をそそる揚げたての衣の匂いがしてきた。
「夏彦ー!めっちゃいい匂いする!」
「そうだな。」
クモは物欲しそうな声色で聞いてきたが俺は何事もないようにぶっきらぼうに答える。なんとなく言いたいことが想像出来ている。
「ねーねー夏彦ー、コロッケ買おうよー!」
そして想像通りのおねだりをしてきた。
「ダメだ、昼飯食っただろ。金の無駄だ。」
「えー!でもすっごい食べたい!腹減ったもん!買おうよー!」
「じゃあお前自分の金で買ってこい。」
「財布忘れてきたもん、夏彦買ってよー!」
「うるさいなー、我慢しろよ。」
「えー!買ってよー!」
買って買ってと揚げ物屋の前で大きな声で騒ぎ立てる。これにはコロッケ屋のおばちゃんも苦笑いだ。
大の大人がコロッケひとつで騒ぐなよ……見てて恥ずかしい。
「おいやめろ、騒ぐなって……あーもーわかったから!1個だけだぞ!」
「よっしゃ!おばちゃんコロッケ2つ!」
1個だけだ、と言い終えるより先にクモはコロッケを注文しに揚げ物屋に飛びつく。
こいつ……騒げば買ってもらえると分かってやがったな……つーか1個って言ったのにちゃっかり2つ頼みやがって……。
しかし注文してしまったものは仕方ない。俺は代金を払い、コロッケを受け取る。
「ありがとー!夏彦、どこで食べる?」
「食べるってもしかしてもう1個は俺の分か?」
「あったりまえじゃん!ねーねー早く食べよーよ!」
「気が早いなー、帰ってからじゃダメなのか?」
「今あったかいうちに食べたいな!」
「仕方ないなぁ、じゃあこの先にある公園のベンチにでも座るか。」
「わーい!」とクモはあからさまに嬉しそうに手を挙げてみせる。まったく、と思いつつも先程の揚げ物のいい匂いのせいで俺も少し小腹が空いていたので少し急ぎ気味にクモと公園へ向かった。
*
公園へ着き、早速ベンチへ腰かける。そしてコロッケの入った紙の袋を開けるとまだ温かく、ムワッと湯気が立つ。そしてその湯気とともになんとも言えない美味そうな匂いが鼻につく。それを1つ取り上げクモに渡す。
「ほらよ。」
「わーい!いただきまーす!」
クモは貰ったコロッケを美味そうに頬張る。俺もそれに続きコロッケを1口噛じる。
「うまーい!」
「……ああ、凄く美味いな。」
気温が寒いということもあってか揚げたてのコロッケは普段食べるものより格別に美味く感じる。俺達は夢中でコロッケを頬張った。
コロッケはものの数分で最後の1口になり、その1口を名残惜しそうに口に入れる。俺はそれを咀嚼しながらコロッケの衣で汚れた手を叩く。そして改めて公園のあたりを見渡す。
「何見てるの?」
俺よりも先にコロッケを食べ終え、暇を持て余していたクモが聞いてきた。
「懐かしいなと思ってさ。小さい頃はよくこの公園で遊んでたから。」
「へー!夏彦これ以上小さくなれたんだね!」
「うるせぇ……。」
身長が小さい事がコンプレックスな俺はクモを思い切り睨みつける。
「はははっ!冗談だからそんなに怒んないでよ!ごめんね!」
「まったく……。」
「いくつくらいの時に遊んでたのー?」
「そうだな……。」
俺は辺りを見渡す。すると丁度小学校低学年くらいの子供が1人で砂場にいるのを見かけて指をさす。
「丁度あれくらいの年かな。」
「ん?どれどれ?」
「だからあれくらいの……。」
もう1度指をさしてその子供を見て、俺は不可解なものに気づく。子供の頭には何か動物のような耳、お尻にはフサフサとした毛の束が付いているのだ。
なんだあれ?なんかの飾り?
そんな風に不思議に見ていると子供と目が合った。子供の表情は何故か悲しそうなである。そしてこちらへゆっくりと近づいてくる。
「……?」
こちらへ段々と近づくにつれ、その子供は泣きだしそうな表情になる。そして俺はあることに2つ気づいた。1つは子供の頭についている耳のようなものが生きているかのようにピクピクと動いているという事。もう1つが尻のフサフサとした毛束が動物の尾っぽだという事に。
俺は一瞬でそれがどういうことかを理解しすぐに立ち上がった。
「クモ、行くぞ。」
「はいはーい!」
子供は俺達のすぐそばまで寄ってきていて何か言いたげだ。
「……あの……あ……。」
だが俺はそれを無視し歩きだそうとする。
「まって……!」
子供はついに声を上げた。とても震えていて今にも泣き出しそうな声だ。しかしそれも無視し、俺は歩き出す。クモも何も言わずに俺についてくる。すると俺の後ろからまた子供の声がした。
「お、お願い!一緒に探してほしいものがあるの!お願い探して!」
子供の必死な声に足を止める。がすぐにまた歩き出し、子供の方へ1度も振り返ることなく俺は公園を後にした。
*
公園を出てすぐの歩道を歩いている最中、俺はクモに聞く。
「なあ、さっきのって人間じゃないよな?」
「人間だと思った?」
「その言い方は人間じゃないってことだな。」
「あったりー!あれは妖怪だよー!」
クモはニコニコしながら腕で丸印を作る。
「あれは妖狐(ようこ)だねー!」
「ようこ?何それ名前?」
「化け狐って言い方すれば分かるかなー?人間に化けてるみたいだったけど耳とかちゃんと隠せてなかったねー!はははっ!」
「狐か……。あいつ、なにか探してって言ってたけど……一体何なんだろうな。」
「夏彦、気になるのー?」
「いや…………別に。」
俺は少し考え、間を置いて答える。
「えー、本当は気になるんでしょー?」
「うるさい。」
俺は少しも気にしていないという風に悠然を装う。大体妖怪や霊なんて迂闊(うかつ)に関わっていいものとは思えない。だからあの行動自体は正解だったと思う。しかし全く気になっていないと言えば嘘になる。妖怪とはいえ あんな泣いている子供を無視して来たのだからいい気分はしない。その様子を察しているのかクモはニヤニヤしながら俺に聞く。
「後でもっかい公園に行ってみたら?なんか面白そうなことになりそうだし!」
「行かねえよ。つーかお前は妖怪とか霊とか関わらないようにしてるんじゃなかったのかよ。」
「そういうのはケースバイケースってやつだよー!」
「なんだよそれ。」
俺はどこまでもお気楽そうなクモの様子に呆れる。そんなことを話しながら歩いているうちに俺達は携帯ショップへと着いたのだった。
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