第9話 狐の話
寒さが一段と強まり小雪(しょうせつ)を過ぎたある日、俺は前回の件で若月さんと電話をしていた。前回の報酬を断って以来、数日間めげずに報酬を渡したいと電話をかけ続けて来た若月さんだったが最近はお礼の品だけでもいいから受け取ってほしい、何がいいですか?という内容になってきている。その度に俺は「お気づかいなく。」と言い返しているのだが、これがなんとも律儀な方で2週間経っても連絡をいれてくれている。今日もその電話に対して俺はいつも通り「お気づかいなく。」で通していた。
「いやー、本当に何も無くて結構なので。気にしないでください。では。」
そう言い終えると若月さんはいつもの通り申し訳なさそうに「わかりました。」と電話を切ってくれた。ふう、と溜息をつきながらいつものように仕事に戻ろうとするとクモが俺の目の前に顔を出してきた。思わず驚きの声を上げる。
「うわっ!びっくりさせるなよ……。」
「ねーねー夏彦!コレ見てみて!」
そう言って見せてきたのはクモのスマートフォン。見てみるとそこにはスキーマーというスマートフォンアプリでクモのアカウントが映されている。
「これがどうしたんだ?」
「フォロワー数みてよ!500人突破してるんだよ!」
「ふーん、それはすごいのか?」
「そりゃこの短期間でこの数はすごいに決まってるじゃんか!」
クモは興奮したように言う。
そんなにすごい事なのか、俺にはよくわからん。
とは思うものの興味が全くない訳でもないのでクモの投稿に対する少しコメントを見てみた。
『祓い屋とかマジで意味わかんねー(笑)頭湧いてるんじゃねーの?』
『その年でよくそんな遊び本気でやれるよな』
『はいはーい俺も霊感あるから混ぜてー(笑)』
殆どがこのような冷やかしのコメントばかりだ。つまりはこういう奴らが面白半分でフォローしてくれている事でこんなに短期間でフォロワーが増えているということだろう。
「お前、こんなのでフォロワー増えて悲しくないわけ……?」
憐れむような目でクモを見つめる。しかしクモは悲しむどころかとても楽しそうである。
「いーじゃん!こういうのも現世の『ネット』の醍醐味でしょ!」
あれだけバカにされた書き込みを見て楽しめるってこいつは一体どんな神経してるんだ……。
理解に苦しむ俺を横目にクモは愉快そうである。すると急に俺の作業部屋の扉が開き、扉の向こうからヘビがやってきた。
「クモ、報告書がまだ終わっていないというのに何やってんだ。」
「報告書?そういやヘビやってたね。はははっ。」
報告書、その言葉を聞いて俺は疑問に思いヘビに聞く。
「神社の件の報告書まだ終わってなかったのか?こないだ終わったと聞いたようなきがしたんだけど……。」
「その件は既に地獄へ報告済みだ。今やっているのは若月さんの件だ。」
若月さんのこと?俺は更に首を傾げる。
「若月さんの事は仕事にはならないんじゃなかったのか?」
「最初はな、そのはずだったんだが途中から主旨が変わっただろう?最終的には霊をあの部屋から祓ったんだ。そうなると仕事のうちに入るから報告書を書かねばならない。」
「そうなのか、大変だな。」
頑張れよ、と応援の言葉をかける。
「そうなんだ!ヘビがんばれー!」
「バカ、お前もやるんだよクモ。」
「えー!俺は前回全く関係なかったじゃんー!」
「こういうのはそういう問題じゃないんだ。いいからやれ。」
クモは「えー。」と文句を言いながらヘビに襟首を掴まれ引きずられてリビングの方へ行った。一気に静かになりようやく仕事を進められそうだ。俺はパソコンへ視線を向ける。そうした矢先の事だった。俺のスマートフォンが急にブーブーとバイブレーションを鳴らし始める。誰かからの電話だろうか?しかしスマートフォンの電源を入れてみても特に誰かから連絡が来た様子はない。いつも通り待ち受け画面が映るだけだ。
「?…………何が起こって……。」
するといきなりプツン、という音とともに電源が切れた。バイブレーションも止まり画面は真っ暗だ。再度電源を入れてもうんともすんとも言わない。
「えっ、ちょっと!ええ!?」
これはもしや……いやもしかしなくても……。
「故障した……。」
俺はガックリと首部を垂れる。
ああ神よ、またですか……。
俺は思い出した。自分の不幸という名の特異体質を。いつも少しだけ忘れた頃に来ることを。何故いつもこうなのだろうか……。「はぁ……。」と俺はクソでかいため息をつく。しかし悔やんでいても仕方がない。早く使える携帯電話にしないと仕事のクライアントから連絡が来るかもしれないし今日中に何とかせねば……。
ガッカリする俺は重い腰を上げ、気の乗らない足取りで出かける支度をするのであった。
*
新たに携帯電話を買いに俺は家の外に出る。アパートの階段を降り外に出れば乾燥した冷気が俺の体を冷やす。
「うう、さむっ!」
まだ雪が降ってないからと舐めてたがやはりマフラーを巻いて来るべきだったか……。
そんな後悔をしていると後ろから声がした。
「うわー!さむー!」
俺の後ろから来たのはクモだ。先程出かけると言ったらついて行きたいと言っていたので同行させることにした。
「にしても報告書そのままにして大丈夫なのか?大変なんだろ?」
それともそれ以上に何か買いたいものでもあるのだろうか?
「いやー、やっと報告書から逃れられたー!夏彦が出かけるとか言わなかったらまたあのめんどくさいのやらされる所だったね!」
「まさかお前それが嫌で着いて来たのか?」
「うん、そうだよー!」
クモはエッヘンと言い腕を組む。
いや、そこ威張れるところじゃないだろ……。
呆れながらため息をつく。
「まあ来たもんはしょうがない……行くか。」
「そうそう仕方ない仕方ない!レッツゴー!」
前回2人がかりであんなにも時間がかかっていた報告書をヘビが一生懸命1人でやっていると思うと同情する。
早く事を済ませて帰ってやろう。
そう思い俺は携帯ショップへと向かって歩き出した。が、すぐに足を止める。
「ん?夏彦どうしたのー?」
疑問そうにクモがこちらへ近づいてくるが俺の視線は他の所へ釘づけだった。アパートの玄関口のすぐ横にそれはいた。魚のような顔の横にはヒレがついていて、時代劇に出てくるような着物を来た変な生き物がそこには居た。まつ毛も瞼もない魚のギョロリとした目は俺をじっと見つめる。そして目が合ってしまった。するとその魚人のようなやつは一言。
『お前、私が見えているのか?』
しばらくじっと見つめ合い10秒ほど経った後、俺は無言で歩き始めた。
「クモ、行くぞ。」
「はいはーい!」
俺は何事も無かったかのように歩みを進める。途中道の角を曲がる所でもう一度アパートの玄関口に目をやるとそれはもう俺に興味が無くなったようで辺りをキョロキョロしていた。はぁ、と安堵の息を漏らし、俺はまた視線を前の道へ戻す。するとクモは「ねーねー!」と声をかけてきた。
「見つめあってたけどあの妖怪と友達?」
「んなわけあるかよ。つーかやっぱり妖怪だったのか……。」
やっぱり妖怪だったのか、という言葉があるように俺は最近妖怪や霊が普通に見えている。少し前までは見えてなかった、と言うより見えないように努力していたのだが神社の一件以来昔のように見えるようになってしまった。だがだからと言って普段の生活ではなにか不自由するでもなくただ居るなーという認識だけで過ごせている。初日こそはまた色んなものが見えてしまい不安や恐怖心などはあったものの、こちらから何もしなければなにかしてくる訳でもないと分かり、今では華麗にスルーすることが出来るようになっていた。
「逆にお前は妖怪とか友達とかいないのか?そういうの好きそうなのに。」
蜘蛛になれるような化け物なら化け物同士仲良くできるんじゃないかと思い聞いてみる。するとクモは無邪気に言い返してきた。
「俺だって誰彼構わず首突っ込んでるわけじゃないよ!それより俺は今は人間っぽく生活してるのが楽しいからさ!あえて無視してんの!」
「ふーん、普通の人間ねぇ。」
今更だがクモよ、普通の人間はこの季節は半袖1枚で出歩いたりしないんだぞ。
寒い寒いと言いながらも寒さを楽しんでいる様子だったのでこの忠告は心の中だけにとどめておくことにした。
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