第6話

彼女の話をまとめるとこうだ。

彼女がここに来た理由としてはお祓いの依頼ではない。自宅に呼び寄せた霊の言葉が聞きたいが分からないので代わりに聞いて自分に伝えてほしい……ということらしい。なぜここに来たのかもう一度尋ねると理由は祓い屋なんてやってるくらいだから霊の言葉くらい分かるんじゃないかと思ったからだそうだ。

彼女はまた深々と頭を下げて懇願する。


「お願いします!彼の言葉が知りたいの!報酬はいくらでも……とは言えないけど満足いく額をお支払いします!」


「お話はわかりました。多分引き受けられると思います。ですが、少々お時間いただけるでしょうか?」


「……はい、わかりました。」


俺はとりあえずクモとヘビを追いやった自室のの方へ入っていった。

自室に入るなりクモがワクワクした様子で寄ってきた。


「ねーねー、あの人なんだって言ってた!?何をお祓いして欲しいって!?」


「いや、今回はお祓いじゃない。自宅にいる霊の言葉を聞いてほしいらしい。」


俺は先程彼女が話してくれた事を話した。すると黙って聞いていたヘビが口を開いてこう言った。


「夏彦、悪いがこの案件は断るよう伝えてくれ。」


「ええ!?なんで!?せっかくの依頼だぞ!?ヘビだって仕事探さなきゃって言ってただろ!?」


「あのな夏彦、俺たちは祓い屋だ。お祓い以外の仕事は報酬にならない。それに家に霊がいてもその女性は別に構わないのだろう?だったら今回はお断りさせてもらうんだな。」


「でも報酬は出すって……。」


「俺たちの欲しい報酬っていうのはちゃんと報告書を通して地獄から支払われるものだ。人間の報酬が欲しいわけじゃない。」


「でも……。」


あんな必死にお願いしている彼女にお断りしますとは言いにくい。それ以前に俺は彼女に少し同情してしまっていた。何故なら自分も似たような経験をしているからである。亡くなってはいないが幼い頃に出ていってしまった父親のことだ。父親は俺が小学生の頃に俺が原因で家から出ていってしまった。俺は今でも父親に会いたいと思っている。もし今会えたなら、近くにいたのならまた話がしたい。そんな気持ちが彼女と重なっているのだろう。だからなんとかしてあげたかった。


「夏彦、誰も困らせるような霊じゃないのなら断っても別に問題は無い。」


「いや、彼女は困っている。会いたい人の気持ちが知りたいのに、近くにいるのに知れなくて困っている。俺だって同じ立場になったら是が非でも聞きたいと思う。」


「だからってどうするんだ?」


「依頼を俺だけで引き受ける。もちろん報酬は貰わない。霊の言葉を聞くだけなら俺だけでも十分だろ?」


「本当に行くのか?」


「ああ、行く。」


ヘビは「はぁ。」とため息をつくと腰を上げた。


「俺も行く。」


「え!なんで来てくれるんだ!?」


「ただの霊とはいえ霊力主のお前に何かあったら俺達が大変なんだ。だから護衛としてついて行く。」


「そうか……なんていうかありがとう。」


するとクモも立ち上がる。


「んじゃ俺も行くー!」


「ダメだ、お前は報告書を地獄に届ける仕事があるだろ。」


「えー!ヘビのケチー!」


「それに別に大人数でやることでもないだろう。夏彦、行くぞ。」


「お、おう!じゃあ彼女に話をつけてくるよ。」


俺はまた女性のいるリビングに戻った。


「お待たせしました。その依頼お受けさせて頂きます。」


「本当ですか!嬉しいです!」


女性は本当に嬉しそうに笑った。


「今更ですがお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「あ、申し遅れました。私若月愛美(わかつきまなみ)と申します。」


「若月さんですね。俺は吉野夏彦と申します。こっちはヘビ。宜しく御願いします。では早速ご自宅へ案内して頂けますか?」


「はい是非!」


こうして俺とヘビは若月さん宅へ向かうことになった。



「ここが私のアパートです。」


若月さんの住むアパートに着いた。


「お邪魔します。」


「失礼する。」


早速お邪魔させていただく。


「うわぁ広い。おひとりで住んでるんですか?」


「ええ、元々は恋人と住んでいたもので。引っ越そうかとも思ったんですけど彼との思い出が詰まった大切な場所なのでそのまま住んでます。」


「恋人思いなんですね。素敵だと思います。」


「いえいえそんな、こちらへどうぞ。」


俺たちは早速例の部屋を案内してもらった。


「ここが私の寝室です。」


寝室の前まで行くと話に聞いていた通り中からはひっきりなしに物音が聞こえる。


「では若月さん中へ……。」


「ちょっと待て。」


ヘビが何故か若月さんが部屋に入ることを阻止した。


「若月さん、だったか?あんたはまだ部屋に入らず別の部屋で待機しててくれ。俺達が先に入る。」


「……はい。わかりました。」


若月さんは別の部屋へと向かった。


「なんでだよヘビ。別に若月さんの部屋なんだから何も無いだろう?」


「いや、少し様子が変なんだ。」


「様子?確かに物音は聞こえるがそれは若月さんが最初から伝えてくれていただろう?」


「ああ、確かにそうだ。だがなにか変な気を感じる。荒れ狂うような、恨めしい雰囲気だ。」


「なんだそれ、若月さんの恋人だろう?なんでそんなふうに思うんだよ。」


「まだ分からん。とりあえず入ってみよう。」


俺たちは静かに扉を少し開け、中を覗いてみる。

中は電気をつけていないからか昼間でも少し暗く、物が荒らされたように散らばっている。

もう少し開けるとそこには一人の男が立っていた。男はサラリーマン風のかっちりとしたスーツをきている。一見すれば普通の人間のようだが足元を見ると少し透けている。多分この人が若月さんの言っていた恋人の霊なのだろう。

男は扉から入ってきた俺たちに気づくと少し驚いたような表情をして後退りをした。


「だっ、誰だお前ら!って言っても伝わらねえかちくしょう!」


そう言うと男は近くに落ちてた雑誌を俺に投げつけてきた。


「うわっ!ちょっと落ち着いてください!」


「なっ!お前俺の声が聞こえるなんて何者だ!俺をどうする気だ!」


「いやどうするって……。」


するとヘビが前に出てこう言った。


「おい霊、俺はヘビという。祓い屋だ。」


「は、祓い屋!?」


それを聞いた途端男はブルブルと震えだし手をきつく握りこう言った。


「ちくしょう……なんなんだよ……!急に連れてこられたと思ったら祓い屋なんて呼びやがって……!俺は!俺はまだ!まだ消えたくねぇ!」


男はいきなりヘビの首へ掴みかかる。しかしそれをヘビはひらりとかわす。


「おい、いきなり何するんだ。」


「うるせぇ!お前ら俺を祓いに来たんだろう!?そんなことはさせねぇ!俺は意地でもまだ現世に残ってやるんだ!」


「違う落ち着け、お前を祓ったりしない。」


「うるせぇ!」


男は物凄い形相で次に俺の首を掴む。首がギリギリと締められる。


「ちょっ、と!く、くるし……。」


「やめろ!夏彦から離れろ!」


ヘビは俺から男を引き剥がそうとするがなかなか首を離してくれない。


「俺の邪魔をするやつは許せねぇ!死ね!」


「くっ、仕方ないな。」


そう言うとヘビは太く長い大蛇の姿になった。そして男の体に巻き付く。


「なにする……ぐっ!?」


男に巻きついたヘビはそのまま男の体を締め上げ始めた。俺はなんとか首元を解放されゲホゲホと咳き込む。


「ヘビありがとう……。」


「いいってことさ。さてとこいつをどうしたものか。」


ヘビはまだ暴れもがこうとする男をまたさらに締め上げる。


「ぐええ、くるしい!くるしいやめてくれー!」


「大人しくするか?」


「するする!もう抵抗しない!」


その言葉を聞いてヘビは締めつけを緩め、人間の姿に戻る。しかし一応男を羽交い締めにする。

ようやく落ち着いたところで俺は男に聞く。


「あの、俺達は本当にあなたを祓う気は無いんです。あなたの伝えたいことを恋人の若月さんに伝えたいだけなんです。一体何を若月さんに伝えたいのか話してもらえますか?」


すると男の回答は意外なものだった。


「はあ!?あの女と俺が恋人?んなわけねーだろ!」


「え?えええええ!?」

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