第5話 おまじないの話

秋日和、そんな言葉が似合う涼しくも日差しが暖かい日が数日続いている今日この頃。

俺はあの悪霊退治の日から1週間、仕事は相変わらず立て込んでいるもののとても穏やかな日々を過ごしていた。その理由は幽霊の類を意識する必要が無くなったということもあるが一番の理由は他にあった。

その理由はもちろん祓い屋の仕事が無いこと。

その後すぐまた新たな仕事が来るのかと思っていたがどうやらクモ達は報告書というものを書かないといけないらしい。しかも報告書は場所・祓った妖怪、霊の種類・何時に執り行ったのかなど書き込むことがとても膨大らしく、2人はここ数日間とても頭を悩ませている様子だった。それ故に俺はプログラマーとしての仕事を着実にこなせているのであった。


(いやー、普通の仕事最高だな。)


あの一件以来俺は今まで退屈なだけだと思っていたこの仕事がとてつもなくいい仕事に思えていた。走り回ったりしないし危険な目に合わなくて済むし。

だが悩みは尽きない。まず初めに悩んだのは2人が俺の部屋に住むことになったことだ。男二人が追加で住むとなるとこの1LDKのアパートではかなり狭いという事や家事の分担、光熱費のこと。その他諸々問題はあるが1度住むことを了承してしまった以上は何とかするしかあるまい。今のところ食費がほとんどかかっていないのが救いである。2人曰く人間ではないので俺の霊力さえあればあんまり物を食べなくてもいいらしい。

もうひとつ悩むとすれば祓い屋としての仕事のこと。祓い屋の仕事をどうやって探すかということだ。ヘビから聞いた話によるとこないだの悪霊の一件はたまたま見つけた案件だったらしい。これからもあんな風な仕事にすぐに出くわすかと言うとそうでも無いらしく、何か作を考えねばと言っていた。仕事がなければ金にならない、金にならなければうちの光熱費や食費(全く食べないわけではないので)が払ってもらえない。そうなると困るのは圧倒的に俺なわけでとにかくなんでもとは言わないが仕事を探さねばいけない状況であった。


「よっしゃー!やっと終わりだー!」


作業用机でパソコンをカタカタと叩く俺の横で報告書を書いていたクモが手をバンザイにして倒れ込んだ。どうやら終わったらしい。


「慣れないとこうも時間がかかるんだな。」


「それなー!ヘビもお疲れさーん!」


「まあ、殆どはお前が間違えたところを訂正して書き直したりするのに時間がかかったんだがな。」


「えー、そうだっけ?ははは。そうだ!コーヒーでも飲みながら休もうよ!」


そう言うとクモは台所へ向かう。うん、まあいいんだけどさ。それ俺の飲む用に買ったコーヒーだから一応家主に許可とってくれてもいいんじゃないかな?

そうなふうに思っているとヘビが「お前もどうだ?」と声をかけてくれた。


「じゃあ頂こうかな。ところでヘビ、これから仕事どうするんだ?」


「そうだな。俺の案としては看板を付けようかと思っている。」


「なるほど。」


確かに神社や墓地をちまちま回って仕事を探すよりは看板を見てそっちから来てくれた方がよっぽどありがたい。墓地や神社に立てるのだろうか?


「どこに付けるんだ?」


「この家のベランダに……。」


「ダメダメダメ!それは絶対ダメだ!」


「何故だ?宣伝しないと仕事も来ないだろう?『祓い屋・なんでも祓います』って書いて。」


「そんなのもっとダメだ!」


そんな看板吊り下げておいたらご近所どころか世間からどんな目で見られるか分からない。今でさえ唐突に大の大人が2人増えたせいでご近所からは複雑な目で見られているというのに。


「もっと他のことにしてくれよ。」


「ふむ、そうか。ではほかの案を考え……。」


ヘビが言いかけた直後玄関のインターホンが鳴った。誰だろうか?宅配便とかか?でも最近ネットで買い物をした覚えもないし……。

俺は少し不思議に思いながら玄関へ向かう。ドアを開くとそこに立っていたのは1人の女性。


「あの……どちら様でしょうか?」


「あの!私、ここで祓い屋さんをやってるって聞いたんですけど!」



祓い屋だと聞いて来た、間違いではないがなぜ女性はその事をしっているだろう?それ以前になぜここの住所がわかったんだ?

聞きたいことは山ほどあるがとりあえず依頼が来たということなので家に上がってもらうことにした。


「粗茶ですが……。」


「あ、ありがとうございます。」


女性は出したお茶を一口啜る。

女性の外見は髪は黒くセミロングで薄いオレンジのワンピースの上に白いカーディガンを羽織った何とも清楚な可愛らしい格好だ。


「ところでつかぬ事をお聞きしますが、ここが祓い屋……もとい僕の住所が何故わかったんですか?」


それは、と言うと女性は茶色い革製の肩掛けバッグから自分のスマートフォンを取り出し画面を見せてきた。そこに映されているのは若者から中高年まで誰もがやっているであろうSNSアプリ『スキーマー』だった。誰もが隙間時間に好きなことを投稿できるというアプリだ。その画面をよく見てみるとアイコンにはクモの写真が載っていてこんな投稿があった。


『霊・妖怪なんでも祓います!依頼はダイレクトメッセージにて!』


これは一体……。


「ちょっとスマホ借りてもいいですか?。クモ!ちょっとこっち来い!」


ことの真意を確かめるべくクモを呼びつけ、女性に借りたスマートフォンの画面を見せつける。


「これどういう事だよ!」


「おー!もしかしてこないだダイレクトメッセージくれた人!?やったじゃん!」


「やったじゃん、じゃない!これお前がやったのかよ!」


「うん、そうだよ。やっぱ依頼募集するには今どきインターネットじゃないとね!」


「だからって俺に許可なくこんなことして住所教えるだなんて!ふざけるのも大概に……。」


すると女性が「あの……。」と声をかけて来た。


「もしかして私のせいで揉めてます?なんだかすみません。」


「い、いやいや!あなたのせいでは……。」


このまま騒いでいても仕方ないか……。

依頼が来てしまったのだ。来てしまったものは対処するしかない。それに祓い屋の仕事はどの道探さなければならなかったのだ。そう思うと願ったり叶ったりだ。俺はまたダイニングの椅子に腰掛け、女性にも座るようにお願いした。


「今日お越し頂いた理由は……というか単刀直入に聞きますが何を祓って欲しいんですか?」


そう聞くと女性は少しためらった様子で口を開いた。


「あのー、実はお祓いをお願いしたいわけではないんです。」


「へ?」


お祓い目的じゃない?そうなると何の目的でこんな所まで来たんだろうか?まさか冷やかし?確かに祓い屋だなんて冷やかしの対象になるような職業だろうが。


「えっと、じゃあ何をしにここまで?」


「死人会わせのおまじないって知ってますか?今ネット掲示板で騒がれてるんですけど。」


「いえ、存じ上げません。」


「そうですか。簡単に説明するとその名の通り死人に会うためのおまじないなんです。少し前に流行ったひとりかくれんぼの派生版みたいな感じで霊を呼ぶものなんです。」


霊を呼ぶための手順は聞くところによるとこうだ。まず用意するものが白い袋、お米、自分が会いたい人が生前肌身離さず持っていたもの、自分の髪の毛、水。まず白い袋にお米、生前肌身離さず持っていたもの、自分の髪の毛を入れ、きつく縛る。そして深夜2時きっかりにそれを水の張った桶などに沈める。すると水面に死んだ人が映るというものらしい。


「実は私5年前に恋人を不慮の事故で亡くしまして。でも私はもう一度彼に会いたくてその日以来何としてでも連絡をとる手段を探していました。ダメ元で占い師にお願いしたり今回のようにネットで噂されているおまじないや簡単な召喚術なんかを真似てみたり。でも全然だめでした……。しかし今回はいつもとは違ったんです。」


「映ったんですか!?」


「いいえ、水面には私の顔しか映りませんでした。私は諦めてその日はもう寝ようとしたときです。私の部屋の物が揺れ始めたんです。最初は地震かとも思いましたが床は揺れてなく物だけが揺れていたんです。そして私は思ったんです。彼が会いに来てくれたんだって。私には分かるんです。」


「なるほど。では彼には会えたんですね。良かったじゃないですか。」


「ですが……ここからは依頼に来た理由なんですが。その日おまじないをした日依頼彼はずっと私の部屋のものを揺らしたり動かしたりし続けているんです。私は最初は彼が自分の存在をアピールしているんだと思いました。ですが段々彼の行動がエスカレートしていって。こないだなんて花瓶を割ったりしたんです。私はもしかして彼が私になにか伝えたいんじゃないかと思ったんです。そこでお願いがあるんです。」


彼女は身を乗り出し、必死の形相で言った。


「お願いです!私に彼がなんて言っているのか私に教えてください!私は彼のことが知りたい!」

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