第7話
「もう一度聞きますが……あなたは本当に若月さんの恋人ではないのですか?」
「ああそうだよ!ってか誰だよ若月って!」
どういうことだろうか?この人が若月さんの恋人でないのだとしたら他に誰かいるのだろうか?しかし散乱した部屋を見渡してみても他に誰もいる様子はない。
少しこの男からも話を聞いてみよう。
「話を変えます。ここに住んでいる女性と全く無関係の貴方は何故この部屋にいるのですか?」
すると男はううっと唸り泣きだしながら語り始めた。
「それが聞いてくれよ!俺さぁ、生きてる頃は毎日仕事仕事の日々でなーんも楽しいことがなかったんだよ。そんなある日俺の部署に新人で若い女の子が入ってきたわけ。もう一目惚れしちゃってさ。ぞっこんだったわけだよ。」
「あの……その話とここに居る理由は繋がるんでしょうか?」
「いいから黙って聞けって!それで俺その子についに告白しようと思ったんだよ。一緒に飲みに行きませんかって誘ったらなんとOK貰えちゃって!もうそりゃ舞い上がっちゃってさ。舞い上がりすぎて信号機が赤なのも気づかずに横断歩道渡った結果トラックに轢かれて即死でこのザマだよ!」
「それはご愁傷様で……それで?」
「それでさ、俺その好きな子に告白出来なかったじゃん?その未練で幽霊になったわけだよ。そして先週の水曜日にもう幽霊でもいい!あの子に告白しよう!って思ったわけなんだけど。」
「え、でも幽霊のままでは何も聞こえないのでは……?」
「うるせぇ!そんなこと知ってるわ!それでもなんかこう……思いとかは伝わるかもしれねぇだろ!そんでさ、先週の水曜日に告白しようと思って好きな子の所に向かおうとした瞬間突然俺の周りが光始めたんだよ。そして俺の体が包まれたかと思ったらいつの間にかこの部屋にいて……。変な部屋には着くわよくわからない女は俺が恋人だと言うわ。しかもこの部屋からは何故かどれだけもがいても出られないわ散々だ!」
ああもう全く!と項垂れる男性。
「…………そういやお前達祓い屋なんかやってるんだったら何とかならないか!?頼む!なんとかこの部屋から俺を出してくれよ!さっきはいきなり襲って悪かったからよお!」
男性は頼む頼むと言いながらまたううっと泣き始めた。
「あー、えーと……。分かりました。できる限りの事はしてみるのでちょっと待っててください。ヘビちょっとこっち来い。」
俺は男性と少し離れたところへ蛇を呼ぶ。ヘビは男性を羽交い締めから解放し俺のところへ寄ってきた。
「この人の話を聞いてお前はどう思う?なんか恋人じゃないみたいだし部屋から出られなくて困ってるっぽいし。多分今まで部屋を荒らしてたのはこの人だとは思うんだけど。」
ヘビは「ふむ。」と親指を顎に当てる。そしてこう答えた。
「これは推測だが、多分若月さんのやったおまじないは効いたんだと思う。ネットで言われる水面に死人の顔が映るとは少し違う結果ではあるが。」
「おまじないが効いた?でも若月さんの恋人はどこにも来てないぞ?」
「あのな夏彦、普通降霊術やおまじないの類なんかは普通の人間がやっても成功するものでは無いんだ。だが先週の水曜日に事は起こったと言ったな?先週はお彼岸だったのと合わせて水曜日は天赦日という特別な日だったこともあって適当ではあるが霊を呼び寄せることに成功したんだろうと思われる。」
「てんしゃび?」
「簡単にいうと『何かを始めるには都合の良い日』、という所だろうか。」
「ふーんなるほど。そんでつまりこの男性は間違えて連れてこられたということなんだな?だけどなんでこの男性はこの部屋から出られないんだろうな?」
「それも推測なんだが……。このおまじないはひとりかくれんぼというものの派生版だと若月さんは言っていたな?俺はこの家に来る最中ひとりかくれんぼをスマホで検索してわかったんだがどうやらそれは始める手順の他に終わらせるにも手順があると書いてあった。それで思ったんだ。若月さんはその日おまじないをしたが何も水面に映らなかったからすぐに寝ようとしたと言っていた。もしそのおまじないにもひとりかくれんぼと一緒で終わらせるにも手順があるとして、そしてもし若月さんがその手順で終わらせていないとしたら?」
「そうか!それで男性はこの部屋から出られないのか!」
「多分そういうことで地縛霊のようになってしまっているんだろう。」
そうだとしたら若月さんに終わりの手順を踏んでもらえればこの一件は解決するはずだ。俺は早速若月さんを呼びに行こうとするとひとりでに部屋の扉が開いた。部屋の外から入ってきたのは若月さんだ。
「あの、大きな音がしたので心配で見に来たのですが……。」
「若月さん!丁度いいところに!」
俺はすぐさま若月さんの元へ歩み寄った。
「貴女がやったおまじないについてなんですが、ちゃんとした終わりの手順なんかありました!?」
「え、終わりの手順ですか……?そういえばありましたね。確か水の中に沈めた袋の中身を全て水の中で空にして、その袋にペンなんかでバツ印を書いて『お帰りください』と3回言うんだそうですが……それがどうしました?」
「その終わり方の手順を踏んで終わらせましたか!?」
「いえ、やってませんけども……?」
「やっぱり!ではそれを終わらせてほしいんです!そうすれば解放されて……。」
すると若月さんは怪訝そうな顔をした。
「ちょっと待ってください。何故おまじないを終わらせなくてはならないんですか?私はただ直人(なおと)の、恋人の言葉を聞きたいだけなのですが……。解放ってなんなんですか……?」
「あっ……。」
しまった。
確かに若月さんの依頼は恋人だと思っている霊の言葉を聞くことだった。別に別れたい訳では無い。男性の話を聞いているうちに勝手に自分の中で話がすり変わってしまっていた。
「もしかして、彼がそう言ってるんですか?私から解放して欲しいと……。私から離れたいと……。」
若月さんはとても悲しそうな表情で言った。
「いや違うんです!違わないけども……。うーん……。」
「夏彦、本当のことを言った方がいい。」
ヘビは俺を押しのけて若月さんの前に出た。
「若月さん、実はだな……。」
「わー!ちょっと待って!」
俺は二人の間に割って入った。
「ヘビ、やっぱり俺から話す!」
「何故だ?どっちが喋っても一緒だろう?」
「いいから!お前はあの男性に事情でも説明してろ!」
「……わかった。」
ヘビは俺の後ろですすり泣く男性の所へ行った。俺は深呼吸をし若月さんの方へと顔を向ける。
「若月さん、これは少し辛い話なのですが……。」
「……はい。」
「彼は……。」
「……はい。」
俺はもう一度深く息を吸う。
「彼は、貴女の恋人はあなたにもう一度あえて本当によかったと言っていました。」
その言葉を聞いて若月さんの顔はぱあっと晴れる。
「ほ、本当ですか…!?すごく嬉しいです……!」
「おい夏彦、何言ってるんだ。」
「ヘビは黙っててくれ。」
口に人差し指を当て、黙っててくれというポーズをとる。そしてまた若月さんの方へ顔を向ける。
「ですが若月さん、彼は、直人さんでしたっけ?直人さんは1度は成仏した身です。また天国へ帰らねばならないと言っています。」
「え…………そんな…………。」
「若月さんが離れ難い気持ちはわかります。でも直人さんは天へ帰らねばなりません。このまま霊としてはいられなくなったからです。霊というのはこの世に未練や心残りがあるから生まれるんです。しかし直人さんは若月さんが毎日元気に暮らしているところを見て安心したと、もうこれで心残りや心配事は無いと言っていました。なのでもう成仏しなくてはなりません。だから安心させたまま直人さんを見送ってあげましょう?どうか分かってもらえませんか?」
説得するように若月さんの肩に優しく手を置く。若月さんはまた悲しそうに顔を俯かせたがすぐに顔を上げ言った。
「悲しい……また別れてしまうのはとても悲しいです……。でも、彼の言っていることを尊重してあげたい。数日間でしたがとても素敵な日々をくれた彼を私は笑顔で彼を天国へ送り出してあげたいと思います。」
「わかりました。」
よかった。
快く了承してくれた若月さんを見て俺は安堵した。
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