第3話
最悪だ。それ以外で今の心境を表せる言葉は見つからないだろう。なんせ人外に祓い屋の仕事をしろ、でないと借金を背負わせるぞと脅されているのだから。だが背に腹は変えられない。黙っていても金は湧いてこない。仕方なく俺はプログラマーと祓い屋という特殊な2足のわらじを履く羽目になってしまったのだった。
俺は昨日ただコンビニに行っただけなのになんでこんなことになってしまったんだ…。昨日コンビニさえ行かなければ…。
俺は頭を抱えて項垂れる。するとクモがこう言った。
「じゃあ行こうか!」
「は?どこに?」
「決まってるじゃん!昨日の神社だよ!」
木間神社にまた行くのかよ。そういや昨日は何してたんだ?
「昨日は木間神社で何やってたんだ?」
「もちろんお祓いだよ。」
「お祓いってもしかしてあの白い…。」
昨日見た白い線のようななにかに顔が書いてあるやつ。
「夏彦なんか見えたの?やっぱ霊感あるじゃん!俺はまだ見てないけど」
「あそこにいるのは強力な悪霊だ。」
ヘビはそう言った。
「悪霊ってお化けかなんかか?」
「簡単に言えばそうだな。死者の魂が恨み憎しみなんかでこの世に未練があり成仏せずにいると自ら悪い気を溜め込んで悪霊になる。」
「なんでそんなもの祓いたがるんだよ?」
「あそこの神社は何回も再興しては失敗しているらしい。その原因は俺たちはあの悪霊のせいだと思っている。悪霊ってのはいるだけでその場を不幸にしたり災厄をかけたりするからな。そして何度再興しても寂れ神社になってしまう原因がまさにそれだと思っている。」
「なるほど。で、実際どうやって祓うわけ?」
「そりゃもちろん力づくで!」
クモはそう言うと腕をまくる。
「力づくでって、ヘビがまたあの大蛇になって何とかするってことか?」
「そうそう!ちなみに俺も蜘蛛に変身できるんだよ!見る?」
そう言うとクモの脇腹から蜘蛛の脚のようなものが生えてきた。そしてその脚は1本から2本へ、2本から4本へと数を増やし生えてくる。何ともグロテスク。
「うわわ!いい!今は見せなくていいから!」
なんだか見てて気持ち悪くなってきて途中で止めさせた。クモは少々残念そうに蜘蛛の脚をしまっていく。残念そうにするな。
「話は戻るがそれって戦ったりして祓う?と言うより追っ払うって事だよな?俺はただの人間だし連れていっても足手まといになるんじゃないのか?大人しく家にいた方が…。」
「ダメダメ!夏彦には近くにいてもらわないと!霊力は近くにいないと供給されないからね!」
俺はワイファイかなんかなのか…。
「でも近くにいるとやっぱ危ないからね。これ渡しておくよ。」
クモは自分のズボンの尻ポケットから紙を取り出した。またなんかの契約書かと身構えるとそれはお札サイズ程の小さな紙切れのようだった。
「なんだこれ。」
「これは護身用の御札。特に1番効く悪霊用のね!」
「悪霊用?」
「そう!もし悪霊に夏彦が襲われた際にこの札を相手に貼って『悪霊退散』って唱えれば悪霊を追っ払えるんだ。効果は個人の霊力によって差があるけど。」
なるほど、本当に効くかは分からないがないよりはマシなのでもらっておこう。大人しくその御札を受け取るとクモは勢いよく立ち上がった。
「それじゃあヘビも夏彦も準備出来た事だしまたあの神社へレッツゴー!」
準備万端なのかわからんがとりあえずその仕事とやらをしないと俺は借金地獄だ。
俺は急かすクモに言われるがまま大人しくついていくことにしたのだった。
*
午前11時、空は雲ひとつない晴天。だが木間神社は昨日と変わらず薄暗くおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。これは比喩表現ではない。昨日は暗くてわからなかったが本当に神社の周りを薄黒い霧のようなものがベールのように神社を包んでいるのだ。
それを見て呆然と立ち尽くす俺を横目に2人はスタスタと神社へと入っていく。
え、そんな簡単に入ってっちゃう?めっちゃ禍々しいよここ?この神社だけ暗いしおかしくない?
そんなことを思っていると神社の本殿へ向かっていたクモが手招きをしながら呼んできた。
「おーい夏彦ー!なにやってんのさ!ちゃんとついて来て!」
「ま、待てって!」
あまり気乗りしないが俺も本殿の方へ歩み寄る。
「待て。」
数歩進んだところでヘビに近づくのを止められた。
「なんだよ、来いって言ったり待てって言ったり!一体どっちだ!?」
「静かにしろ。………………来るぞ!」
ヘビがそういった瞬間、突風が吹き荒れる。
「夏彦!避けて!」
避ける?どういう意味だ?
クモの言葉を疑問に思っていると同時に風がぶつかり俺は吹き飛ばされる。
「いってぇ……。」
風にぶつかっただけのはずなのに何かに突進されたような痛みが体に走った。その風は透明なのにも関わらず形を持っているようだった。
なんとか痛みをこらえて起き上がって見るとクモとヘビは何故かおかしな行動をとっている。
神社の崩れかけた玉垣によじ登ったり、走り回って飛んだり跳ねたり。
なんだよ人が痛い目に遭ってるっていうのに遊んでんじゃねーよ。
俺がちょっとイラッとしているとヘビは大声で言う。
「クモ!そっちへ行ったぞ!」
「分かってるって!」
するとクモの体から家で見た時と同じようにグングンと蜘蛛のような脚が生えていく。そしてあれよあれよという間に人1人より背があるどでかい蜘蛛になった。
変身できるとは聞いたもののあそこまででかくなるとは驚きだ。
俺が巨大な蜘蛛の姿に恐れおののいてるとクモは飛び上がりぴょんぴょん飛び跳ねる。
まるで見えない何かを追いかけているようである。
一体何を追っているのだろうと思いクモの飛び跳ねるところに目をやるが何もいない。
2人は何故か透明な何かを無我夢中で追いかけている。
こんな不気味な空間だからかその様子になんだか恐怖すら感じつつ2人に声をかけてみる。
「お、おい2人ともさっきから何やって……」
「夏彦!来るな!」
「危ない!」
2人は一斉にこっちに寄ってきた。
なにがどうしたのかと思って突っ立っていると俺はまたもや突風に襲われた。
しかし次は突進では無い。暴風に体を絡め取られるような……。
「……え。」
気がつくと俺は宙を舞っていた。いや、舞っているというより荒れ狂う風の中を逆さまになって漂っているという方が正しい。一体何が起きている?一瞬のことでよく分からない。
どうやら右脚になにかまとわりついていて、それが宙へ引っ張りあけているようだ。
下を見てみると地面から10メートル程浮いているようである。
まずい、このまま落ちたら頭から真っ逆さまだ。下手したら死ぬ!誰か!誰か助けてくれ!
そう願っていると頭の下から声がした。
「夏彦!大丈夫!?」
多分クモの声だ。下を見ると人間の姿に戻って俺を見上げている。
「どうしようヘビ!悪霊に捕まっちゃったよ!」
「ああ分かっている!待ってろ夏彦!」
ヘビは何度か神社の囲いによじ登り俺に手を伸ばすが見えない何かに右へ左へ体を引っ張られなかなか捕まらない。
「ダメだ動きが速すぎる!」
なかなか捕まらないうえに俺の体はどんどん乱暴にゆさ振られ上へ飛んで行く。
高く飛んだと思ったら急降下し、そしてまた飛び上がる。
「だ、誰か助けて……。」
恐怖と体力の限界に達した時、クモが叫んだ。
「そうだ、夏彦!御札だ!札を悪霊に貼り付けて!」
御札?確かにポケットに入っていはいるが…。
俺も大声で返す。
「ふ、札を何に対して貼るんだよ!なんも見えねえよ!」
「何言っているんだよ!そこに悪霊がいるだよ!いいから貼って!」
そんな事言われても見えないものは見えない。いや………………本当に見えない?
「悪霊なんて見えない!そんなモノはいない!」
「落ち着いて!見えてるはずだよ!」
「み、見えない!」
俺はぎゅっと目を瞑った。
そんなモノはいない。いない。いないはずなんだ。見えてない。見えない。
「夏彦!見えてるやつしか悪霊は直接的な攻撃はしないんだよ!だから夏彦は見えてるはずだよ!今は命がかかってるんだよ!……目をそらすなよ!」
目をそらすな、その言葉を聞いた途端俺の心臓は高鳴りどくどくと音を立てる。
ああ、そうか。そうなんだったな。
思い出した。
俺は叫んだ。
「うるせぇ!見えてるだなんて分かってるんだよ!そんなこと!」
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