第2話

公園ではたくさんの子供が遊んでいる。滑り台を滑ったり、ブランコに乗ったり。皆友達と思い思いに遊んでいる。

そんなみんなの様子を見ながら砂場では小学生低学年くらいの少年が1人だけで遊んでいる。砂の山を作っているようだ。


『ねえ、1人なの?』


急に女の子が声をかけたように聞こえた。あたりを見渡す少年。しかしあたりには自分に声をかける人物がいる様子はない。


『ねえ、一緒に遊ばない?』


また声がした。


「誰なの?誰かいるの?」


『いるじゃない、すぐそこにいるわよ。』


また当たりをぐるりと見渡すがやはり誰もいない。


『なにする?お砂のお城でも作ろうか?夏彦くん』


「どうして僕の名前を知ってるの?」


『知ってるわよ。吉野夏彦くん。私の事も知ってるはずよ?』


「僕は、何も知らないよ…。」


『どうして?どうして何も知らないふりをするの?知ってるはずなのに。とっくに見えてるはずなのに。』


「知らない…僕は…見えない…知らない。」


なんだか頭が痛い。少年はその場で頭を抱える。


「何も見えない…知らない……。」


頭痛がひどくなっていく。


「知らない…知らない…知らない…。」



目を開けてみるとそこはいつも仕事をしている自室だった。カーテンの隙間から眩しい朝日が差し込んでくる。なんだか昔のとても嫌な夢を見ていた気がする。まあいいか、と起き上がろうとして思い出す。

あれ?自分は確か昨日全裸男に拉致られて神社にいたはずでは…?何故自宅で寝ているんだ…?

起き上がろうとすると横から見たことのある顔がぬっと出てきた。


「やっと起きた!ちゃんと起きてくれて良かった良かった!おはよ!」


驚いた俺は飛び起きた。


「お前は確か……クモ?な、なんで家に…!?」


「おにーちゃんの免許証借りて来たんだ。鍵はポッケに入ってたから借りたよー。気絶してるだけみたいだったから連れてきちゃった。覚えてる?丘の上から転げ落ちてったこと。」


そう言えば…と思い出す。同時に巨大な大蛇や白い線のようななにかにぶつかったことも。


「あの黒でかいへびはどうなったんだ!?もしかしてお前がお祓いしたかったのってあれか?退治したのか!?」


「ヘビ?それならそこにいるよ?」


クモが指さす方向を見ると俺の一人用ソファにもう1人人間がいた。

髪は黒く長身で筋骨隆々の男は「目が覚めたか」と言うとこちらへ近づいてきた。


「だ、誰だ?」


また変なのが増えた!?


「?誰って……。おいクモ、ちゃんと説明してなかったのか?」


「いやー、ちょこっと説明した程度かな?はははっ。」


ヘビ、と呼ばれた男はクモの返答に呆れている様子である。そしてコチラへ寄ってくるとこう言った。


「今日から祓い屋の霊力主として宜しく頼む。」


はい?れいりょくぬし?なんの事だかわからない。


「ちょっとなんの事だかわからないんだけど。」


「契約しただろ?同意の上で。」

また契約書かよ。だからそれの意味がわからねぇよ。

そもそもこいつらが何者なのかも未だわからない。昨日のいきなりの拉致も変なものに襲われた出来事でさえも何一つ。

俺は今更全てのことに対して怒りが湧き上がり、2人に向かって言い放った。


「なんで宜しくされなきゃならないんだよ!ふざけんな!俺は何も知らねぇ!誰だかしらねぇがさっさと出てけ!」

俺がワーワー騒ぎ立てるとヘビという男がわかった落ち着け、と宥め俺から少し離れた。

そしてヘビはクモにちょっと来いと言って2人で5分ほどコソコソ話した後またこちらへ戻ってきた。


「なにも話さすに契約して悪かった。」


「だからその契約もなんなんだよ!」


「1から話そう。そこのバカが何も話していなかったみたいだからな。」


そう言うとヘビはクモを睨みつけるがクモはいつも通りはははっと笑うだけだ。


「まず最初に話さなきゃならないのは俺たちのことだな。単刀直入に言うと俺たちは人間じゃない。」


なんだそれ。なにかの設定?またふざけてんのか?


「人間以外の何者にも見えないんだけど?からかってる?」


俺はいかにもイライラしてる感じの口調で返した。


「まあ、信用してもらえないか。仕方ない見てろ。ちょっと変身するが驚くなよ?」


そう言うとヘビは目を閉じた。すると段々肌の色が黒くなっていき、鱗のようなものが生え始めた。そして数秒しないうちに昨日見たものよりは小さいが神社で見たものと同じ真っ黒な2メートル弱の大蛇に変身した。俺は驚いて後ろに倒れた。


「これで信用できるか?」


「うわぁぁ!」


「だから落ち着け、これで人間じゃないことが証明できたか?」



「あ、あぁ…まあ…。」


目の前のことが現実のことか定かではないが昨日のこともあるしひとまず人間ではないということを肯定するしかなかった。

しばらくすると蛇はまた黒髪の男に戻り、話を続けた。


「俺たちはさっき言った通り人間じゃない。地獄で働く獄卒だ。獄卒っていうのは亡者共に罰を与えることを仕事にしている存在のことだな。だがこっちのクモが仕事が飽きたのなんだなの言い始めてな。なんやかんやで祓い屋をやろうということになったんだ。」


「ちがうってー、飽きたんじゃないって何度も言ってるじゃん。自分探しのついでに色々やってみようと思っただけだって。」


「仕事に飽きた奴は大体そういうんだよバカ。話がそれたな。次は契約書についてだがお前に書かせた契約書というのはお前が俺達に現世で霊力を供給する、という内容の契約書なんだ。」


「霊力?俺霊感とか全くないんだけど…。」


「えー!そんなはずないよ!」


クモはいきなり俺の目の前に顔を近づけた。


「昨日、俺が全裸で立ってたのが見えたでしょ?」


「そ、そりゃああんな格好してたら…。」


「あの時俺実は誰にも見えてなかったんだよ。知ってた?」


言われてみればあの通りは夜に俺がよく高校生と間違われて職質される場所だ。一日ずっと立っていたのなら警察官に職質されてもおかしくない。しかしこいつは何も言われなかったというのは確かに見えていなかったとしか言えないかもしれない。


「俺達は地獄から来たって言ってたでしょ?地獄ってのは常に霊力が溢れているんだよ。でも現世では霊力ってのはほとんど無くってさ。それだと霊力の塊である俺たちはどんどん力を失っていって終いには存在が消えちゃうんだよ。そこで閻魔様から頂いた契約書を使って現世でも霊力を溜められる人間から拝借して仕事をしようと思ったわけ!」


「話はわかったがなんで全裸だったのかは全くわからないんだけど。」


「あれはねー、俺達1ヶ月近く現世で霊力を貯められる人間探してたら自分達の霊力が尽きてきちゃってて。霊力がないと俺達普通の人間に認識されなくなっちゃうわけよ。でもそれでもし霊力がある人間だったら俺のことまだ認識できるんじゃね?そして全裸の人間立ってたら通報なりなんなりするんじゃね?ってことで思いついた作戦なんだよね!」


どうよ!と得意げに話すクモ。

全然自慢出来ることじゃないだろそれ。


「…簡単に要約するとお前らは人間じゃなく、祓い屋をやりにこの世に来ていて祓い屋をやるにあたって俺が必要ってわけ?」


「そういうことー!祓い屋の仕事協力してくれるよね?」


「いやだ。面倒事に付き合うのはごめんだからな。」


即答だった。当然だ。ただでさえ仕事で忙しい毎日なのだ。しかも祓い屋だなんてそんな馬鹿げた仕事を増やされてはたまったものじゃない。


「えー!おにーちゃん協力してくれないの!?」


「当たり前だろ。なんで急に祓い屋とかよく分からないもの手伝わなきゃならないんだ。あとそのおにーちゃんって呼ぶのやめろ。俺はこう見えて32歳だ。」


「あ、意外と歳いってるんだね。」


「うるさいぞ。」


「ごめんごめん。じゃあしょうがないなー。せっかく契約してもらったけど。まあ俺も1晩限り手伝ってもらおうと思っただけだしね。契約破棄ってことで…。」


「そうはいかない。」


今まで黙っていたヘビが口を挟んできた。そしてクモの首根っこを捕まえ自分へ引き寄せる。


「お前その話も聞いてなかったのか。閻魔様が言ってただろ。お前みたいに地獄の仕事が飽きたって理由で最近祓い屋やら陰陽師やらを軽い気持ちで始めて結局歩合制の給料じゃやっていけず、地獄に戻りたがるやつが大勢いすぎて手続きが追いつかなくて困ってるって。だから今年から2年以内に霊力主と手を切る時は解約金がかかるんだ。」


「え!うそ!そうだっけ!?」


なんだか携帯ショップの2年縛りみたいだなと聞いてて俺は思った。だが解約金ごときでこいつらとの縁が切れるなら安いものじゃないのか?俺はその話に興味を持った。


「ちなみに解約金っていくらなんだ?値段次第では俺が払ってもいい。」


「1000万。」


「は?」


「解約金は1000万円だ。」


ヘビは真顔で言った。

全くもって想定していなかった額に俺は驚愕した。


「はあ!?1000万!?ちょ、ちょっとまて!それは1人でか!?やっぱり払えない!」


ヘビは続けて言った。


「いや、破棄するならお前にも払って貰う。この契約書は普通同意の上で契約したということになる。つまりお前自身が祓い屋の仕事をする、または手伝うという意志を持っての契約となる。だからお前にも支払う義務が生まれる。ちなみに契約をしたら祓い屋の仕事をしなくてはならないという義務も発生し、それに違反した場合も1000万円の違約金がかかる。」


「そ、そんなふざけた話があるか!俺は勝手に契約させられたんだぞ!クーリングオフとかそういうのがあるだろ!」


「残念だが地獄ではまだその制度がないんだ。すまない。」


「なんだよそれ!知るか!解約金も違約金も俺の知ったことじゃない!」


「解約金を踏み倒すつもりならやめておいた方がいいぞ。その人間は即地獄行きにしろとの命令だからな。それくらい地獄の事務は困っている。それでいいなら地獄へ連れていくが…」


「なっ!?地獄行き!?」


即地獄行きなんてそんな酷すぎる。理不尽だ。

しかしこんないきなり蛇になったりするようなやつなら本当に地獄へ連れていかれそうな気がする。勝手に判を押されて地獄行きだなんで冗談じゃない。解約金も冗談じゃない。

くそっ…八方塞がりだ…。こうなったら残る手段は…。


「くっそ…仕方ない。祓い屋…やるしか…。」


「お!今仕方ないって言った?祓い屋やるって!よっしゃ祓い屋結成!」


喜んでじゃねぇよクモ…めちゃくちゃむかつく。


「正直俺達も解約金なんて払えないからな。助かる。では今日からよろしく頼むぞ夏彦。俺はヘビと呼んでくれ。」


「あ、ちなみに俺たち住居無いからここに住まわせて!」


「もういい…勝手にしろ…。」


もはややけになっていた。

俺は、やっぱり運が悪い。

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