在宅ワーカーでも祓えます
むらびっと
第1話 祓い屋の話
深夜12時、1人6畳半の部屋でカタカタとパソコンを叩く。資料に目を通しまたパソコンを叩く。飽きることなくこの行為を何時間も繰り返すのは日課、ではなく仕事だから。
俺は現在独身32歳のフリーランスのプログラマーで今日も今日とて頭を悩ませながら仕事に勤しんでいる。
(少し休むか…)
ふーっと深く息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかる。
よく考えれば夕方から今の今までずっとパソコンのモニターと睨めっこだった。ぐうっと腹の音が鳴り、何かないものかと冷蔵庫の中を漁りに行く。しかし冷蔵庫には調味料の類以外何も入っていない。
(仕方ない、コンビニに行ってくるか)
重い腰を上げ出かける準備をすることにした。
*
触らぬ神に祟りなし、なんて言葉がある。その物事に関わりさえしなければ災いや面倒事に見舞われることは無い、という意味だ。
俺においては酔っ払って道端でウザ絡みしてくるオッサン、コンビニ前でうろつき誰彼構わずガンを飛ばしてくるヤンキーなんかがよく当てはまる。そんな時は逃げるが勝ち。面倒ごとはゴメンだ。だが今日の、たった今現在起こっていることだけは何とも見て見ぬふりをすることが出来なかった。
俺は今、全裸の男に追いかけられている。
時間は戻って数分前。自分の住んでるアパートから歩いて10分程度の道のりにあるコンビニへ夜食を買い出しに出かけていた。そして5分ほど歩いた道場にその男はいた。男の容姿は20代前後の金髪細身、それでいて筋肉がしっかりついたいわゆる細マッチョという感じだ。
そして片手にはプラカード。内容は「俺が見えてる人挙手☆」
意味がわからん。わからなすぎて思わず凝視してしまった。なんつう堂々とした露出狂なんだ…。というかなんだそのプラカード。お前を見ないやつの方が少ないだろ…。色々と考えているとそいつと目が合ってしまった。まずい、こんな奴絶対に構っては行けない。触らぬ神に祟りなしだ。
俺はそそくさとその場を離れようと早足でコンビニへ向かった。
そして現在、何故かその全裸男は俺を追ってきている。
(何故…?なんで来るんだ!来ないでくれ、なんかめんどくさいから警察沙汰にしたくないんだ…!)
もはや早歩きと言うよりは走っているに近い自分と同じスピードで追ってきている。どれだけ自己主張の激しい露出狂なんだ。
流石に何かしら忠告しないとこれはコンビニまでついてくるつもりだろう。そうなればコンビニの人が警察を呼ぶなりしてくれるだろうが自分はその被害者として事情聴取されたりなんだりで面倒だ。そもそもここまで追いかけてくるのはこちらが何も言い返さない事を見込んでいるのだろう。
仕方ない、とぐるりと体を翻し怒鳴った。
「あ、あんた…その…な、何つけて来てんだよ…!」
怒鳴ったと自分では思ったが出てきたのは中々に弱弱しい震え声だった。情けない。だがこっちからけしかけた以上引くわけには行かない。俺は全裸男を全力で睨みつけた。さあどうする?突然舐めていた相手に文句を言われ逃げるか?それとも逆上してなにかしてくるのか?正直逆上されたらめっちゃ怖いが。
怖がりながらも睨みつけていると男はこう答えた。
「おー!君、俺のこと見えてるわけ!?ラッキー!」
予想外に気の抜けたトーンで素っ頓狂な回答が返ってきた。
は?ラッキー?声掛けてくれたのが俺だけだったってことが?それがラッキー?
「いやー、ほんと良かったよ、俺今霊力尽きかけててさー、君みたいな霊力持ってる奴がいてほんとラッキーだよ。とりあえず契約書契約書っと。」
話しながら全裸男はプラカードの裏から服を取り出すとそそくさと着始めた。あ、そこに服あったんだ…。あるならずっと着てろよ。
それにしてもれいりょくだの契約書だのなんだ?こいつごっこ遊びでもしてんのか?全裸で。
状況が全く掴めないが一つだけわかった事がある。やはり話しかけるべきでは無かったということだ。今からでも遅くない、走って逃げよう…。
そう思い走り出そうとした瞬間男に腕を掴まれた。驚いて振りほどこうとしたが無理だった。日頃パソコン作業しかやっていない自分が割と筋肉のある自分より一回り大きな男に捕まった地点で勝敗は見えている。簡単に引き止められてしまった。
「なにすんだよ!離せって!」
「俺の名前はクモってんだ。よろしくね!おにーちゃん名前は?」
「は?名前?よ、吉野夏彦(よしのなつひ)…ってそんなのどうでもいい離せ!」
「よしのなつひ君ねー、もう契約書に書いとくかー。……よし、これ契約書だから今のうちに目通しておいてね。」
そう言うとクモという男は紙を1枚渡してきた。多分さっきから言ってる何かの契約書だろう。そこには既にひらがなでよしのなつひと名前が勝手に書かれていた。
「あの、なにか契約するつもりは無いんだけど…そもそもなんの契約書…」
「はい読んだ?読んだね?よしじゃあここに判を押してくれない?。拇印でいいから。」
「いやいや、だからなんの契約書…っておいやめろなにすんだ!」
色々質問しようと試みる前にクモはどこから取り出したのかわからない朱肉に俺の親指をグリグリと押し付ける。そして全く意味不明なまま判を押させられてしまった。
「はーいこれで契約完了!」
「お前…!こんな契約違法だ!不当だ!クーリングオフだ!」
最後らへんなにか間違ってる気もするが俺は思いつく限りの言葉を言い騒ぎ立てた。なんの契約かも教えて無い上に力ずくで契約だなんてどう考えても違法だ。もしこれが借金の保証人契約書だったりしたら大変なことになる。これは流石に然るべき公的手段をとってやらねば。
俺はまたクモに向かって睨みつけた。
「お前どういうつもりだ!」
しかしクモはヘラヘラと笑ってばかりだ。
「ごめんごめんー。色々説明したいのは山々なんだけど今は時間が無いからさ。話しながらでいいから付いてきてよー。連れが待ってるからさ。」
そう言うとクモは俺のことをかつぎ上げ、走り出した。
「うわっ!やめろ!どこに連れて行く気だ!離せ!クソ!おい無視すんな!」
こうしてわけも分からぬまま元・全裸男に俺は拉致られたのであった。
*
俺は今、クモとかいう名前の金髪元・全裸変態野郎に担がれ、隣町の丘の上へと連れてかれていた。
全裸で追いかけられた上変な契約書に判を押させられ、さらに拉致されている。ここまで来れば普通の人間は怒り心頭だろう。だが俺は思ったよりは冷静だった。なぜかと言うとこれまでの人生不運続きの連続、もはや不運で人生が形成されていると言っても過言ではない人間だからだ。
自分の不運を自覚し始めたのはたしか中学生からだろうか。毎朝カラスのフンを落とされ3年間周囲からはカラスの便器呼ばわりをされた。高校では不良生徒に絡まれたりチャリンコを盗まれたりテスト日には必ず腹を壊すというのが日常イベントのごとく起きていた。そして社会人になった今でもその不運力は落ちることがない。先週もようやくひと仕事おわる間際にパソコンの電源が勝手に落ち、帰らぬものとなったばかりだ。
とにかく運が悪いのだ、俺は。
そして今日は不審者に拉致られている。俺は今起こっていることを今までの不運の延長感覚で受け止めていた。
ああ神よ、またですか…どれだけ俺に試練をお与えになられるのですか…俺キリスト教徒じゃないんですけど…。
そういや担がれながらも聞いていたのだがどうやらこいつは俺の住んでる隣町の丘の上にある木間(このま)神社に向かっているらしい。
「おい、おいってば!」
「んー?どしたの?」
「お前、あんな神社に行って何する気だよ」
あの神社は俺の知っているところ誰も訪れないような寂れたおんぼろ神社だったはず。そんな所で一体何をされるのか気になった。
まさか今更人気のないところで恐喝しまーすなんて言わないだろうな?
「あれ、さっき言ってなかったっけ?仕事だよ仕事。お祓いしに行くの。」
「お祓い?」
「そうそう。俺祓い屋ってのやってんの。」
はらいや?お祓い?なんだそれ?もしかしてお坊さんとかのこと?どう見てもお坊さんにはみえないけどなぁ。脱いでたし。
「お前お坊さんなのか?なんで俺を連れていくんだ?」
「質問が多いねー。俺は坊さんじゃないよ。あーゆうのはお経唱えたりして悪いもんを祓ったりするけど俺は違う。もっと物理的な方法で解決するんだよ。あとおにーちゃんは今夜俺の仕事を手伝ってもらいまーす。」
「は!?手伝うって何故!?」
「大丈夫大丈夫!おにーちゃんは何もせずに近くにいてくれるだけでいいんだよ。その代わり変なものが近寄ってきたら守ってあげるからさ。」
守るって何からだよ。逆に今ならお前から守ってくれる人の方が募集中だわ。
大体さっきからおにーちゃんおにーちゃんって言ってるが俺は32歳のオッサンだぞ。
とは思うもののまあ仕方ないかと思う節がある。
身長が163センチと一般成人男性と比べてかなり低く、しかも外見がとてつもなく若く見えるようでよく酒タバコを買うのには苦労する。それ故に背が低いのも若く見えるのもコンプレックスだ。
「お、着いた着いた!」
クモはそう言うとようやく俺を肩から下ろした。下ろされた場所は先程言っていた木間神社。鳥居を少しくぐったところに俺たちは立っていた。
俺の聞いていた噂通りのおんぼろ神社で、ありとあらゆる所に草が生えており、本殿の屋根の瓦は剥がれ放題。夜で月明かりしか光がないのもあっていかにも出そうという感じの不気味さを醸し出している。
あまりの薄気味悪さにうわぁ…と声を漏らしている俺を横にクモは本殿へと続く石で出来た道の先へと手を振った。
「おーいヘビー!やってるかー!?」
誰かそこにいるのだろうか。クモが声をかけている方向へ目を凝らしてみる。しかし人影がある様子はない。いや、人はいなかったが何か黒く太く長いものが蠢いている。暗くてよく見えないがクモが手を振るのを全く辞める様子がないのでもう一度目を凝らす。
すると月明かりへゆっくりとその黒い何かが近づいてきたことにより、クモが何を呼んでいるのか判明した。
「なんだ…これ…」
蛇だ。とてつもなくでかい、太く黒い体を持った蛇。テレビでアマゾンなんかの特集がやってる時に映されるような大蛇なんかの何十倍、いや何百倍ものでかさだ。胴の太さだけで普通の人間1人分の高さがあるだろう。
そんな化け物じみたそれと目が合った途端俺は凍りついたように恐怖で体が固まる。
なんだこれ。なんなんだこの巨大な蛇は。俺は夢を見ているのか?こんな化け物のところに連れてこられて俺は一体……まさか……。
「おにーちゃん大丈夫?」
クモに肩をポンと叩かれ我に返る。
そして1等先に頭に浮かんだ言葉。喰われる。恐らくこのままいたらあの大蛇に一吞みにされる。俺はなんとなく本能的にそう思った。
(喰われる…!逃げなきゃ…!)
思った瞬間俺は入ってきた神社の鳥居へ走り出していた。
「あ!ちょっと待って!」
後ろでクモの呼び止める声が聞こえたが知るものか。俺の脳が危険信号を鳴らしてやまないのだ。そもそもクモがこんな所に連れてきたのだ。アイツがあの蛇でよからぬ事を企んでいたのかもしれない。
早く逃げろ。早く早く。
無我夢中で丘を下った。
すると目の前にいきなり白い線が見えた。筆ですっと横一線をひいたような線。
(な、なんだ…!?)
その線は走る俺の目の前を横切ったかと思うと今度は俺に体当たりをしてきた。
「ぐっ…!」
全速力で走っていた状態で体当たりを食らった俺はそのまま丘から転げ落ちて行った。
そしてそのまま下の道路沿いまで転げ落ち、俺は気を失った。
気絶寸前、また白い線のようなものが近づいてきた。そしてその白い線の先端にはにんまりと笑う面のような顔がついていた事に気づいた。
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