第28話 再会

 結局今日は2教科分のテストが返却された。

 1時間目の化学に加えて、4時間目の現代文。


 本当は3時間目の数学も返却されるはずだったけど。

 どうやら丸付けが終わっていないらしく、普通に授業を展開してた。


 そのおかげで数学担当のせんせーは、クラスの大半からブーイングを浴びる羽目になり、「忙しいんだから仕方ないだろ!」なんて、せんせーらしからぬセリフを吐きながら、ずっと機嫌が悪そうにしてた。


 楽しみにしていただけあって、クラスのみんなも不機嫌で。

 結果、授業として成り立っていたのかどうかちょっと怪しい。


 そんな感じで今日の収穫は2教科。

 今までに返ってきたテストは、これで4教科となった。

 その結果を思い返すと、今回の中間テストはまずまずって感じ。


 昨日返された世界史と倫理学は、78点と81点。

 どちらの教科も、学年平均を10点以上は上回っている。


 そして今日の1限目に返却された化学のテスト。

 最初は72点であまり納得はできなかったけど、後に発表された学年平均が60点だったので、少しだけ気持ちが楽になった。


 4時間目に返却された現代文のテストは83点。

 学年全体の平均点が69点だから、まあまあ良い点数と言える。


(40位以内に入れるかなぁ)


 この点数のまま行けば、可能性はあるかも。

 期待しすぎるのも良くないから、あまり期待はしないけど。


 今年の3年生は、全体で240名いて。

 私はその中の50位前後くらいの成績だ。


 一番良い時で確か……44位くらいだったかな。

 まだ30位台に乗ったことがないから、ぜひとも今回は……!


(そういえば……麻里っていつも何位くらいなんだろう)


 点数はたまに教えてくれる。

 でも、最終的な順位までは教えてもらったことがない。


 うちの高校では、成績上位者を廊下に張り出す習慣がないので、自ら名乗り出るまでは、学年トップの名前も顔もわからないまま。


(もしかしたら麻里が学年トップなのかも……)


 化学の学年最高点数は99点ってせんせー言ってた。

 だから麻里が総合学年トップの可能性も全然あるんだ。


(だとしたら私、すごい人と友達になっちゃった……?)


 色々と想像が膨らんでは、改めて麻里をすごいと思う。

 私もあんな風になれればなって、叶わない妄想をしてる。


 あと半年くらいしか一緒にいられないけど。

 高校を卒業しても、麻里は私と友達でいてくれるのかな。

 こんな私でも、ずっと友達でいてしまって良いのかな。


(きっと、麻里なら『良いよ』って言うよね)


 だからこそ、私はもっと頑張らなくちゃ。

 麻里の友達として恥ずかしくないような人間に。

 麻里に負けないような、私らしさを持った人に。


(そのためにはまず、立派に卒業しないとね)


「よしっ」


 自分を鼓舞するように、私は両手で軽く頬を叩いた。


 次の期末テストでは、今回よりも更に良い点を取る。

 そんな目標を心の中で立てて、私はうちまでの道を辿った。




 * * *




「あれ……?」


 うちの近所にあるファストフード店。

 その手前に差し掛かった時、私は思わず足を止めた。


 飲み物片手にお店から出てくる1人の女子高生。

 隣町にある高校の制服を着ているその人、私は見覚えがあった。


(もしかして……)


 派手に染められた髪に、褐色の肌。

 背は私と同じくらいで、顔立ちは大人びている。


 スカートを限界まで短くしている、今時の女子高生。

 そんな雰囲気のその人を前に、私は驚きと戸惑いを隠せなかった。


「あ、明日香ちゃん……?」


 汐見明日香(しおみあすか)。

 見間違えでなければ、この子はそうだ。

 こんな外見の子、なかなかいないと思う。


「……ん」


 驚きから、その名前を口にした私。

 聞こえてしまったのか、その人は何事かと私の方を見た。


「み、美羽……」


 すると聞き覚えのある声で、私の名前を呼んだのだ。

 目をパチリと見開いているその姿から、向こうも驚いていることがわかる。


「なんであんたがここに……」


 声のトーンも、久しぶりに見た顔も。

 その全てが紛れもない明日香ちゃんのものだった。


「明日香ちゃんこそ……どうして」

「どうしてって。私はまだ働いてるからね」


 睨みつけるように私を見る明日香ちゃんからは、怒り……いや、憎しみみたいなものすら感じられた。


「働いてるって……まだあの店で……?」

「そうよ。逆にそれ以外何があるっての」


 そして、私を威圧するような口ぶり。

 ズバリと物をいうその性格や態度も。

 あの頃から、何一つ変わってはいない。


「それより。急に店を辞めたあんたが今頃何の用?」

「用っていうか……その、見かけたから声をかけただけで」

「はっ? あたしら声を掛けるほど仲良くなかったでしょ」

「そ、それはそうなんだけど……」


 そんな明日香ちゃんに、私は押すに押される。

 このやりとりは久しぶりで、懐かしささえも覚えるほど。

 あの時感じていたもやっとした感覚が、蘇ってくるようだった。


「ひ、久しぶり。明日香ちゃん」


 私に対する当たりが強い。

 そんな明日香ちゃんは、私の元バイト仲間。


 そう。


 あの風俗店で働いていた時の元同僚。

 同い年でよく相談にも乗ってもらった、私の大切な”友達”だった。




 * * *




 汐見明日香ちゃん。

 この子は、昔から私に対する当たりが強かった。


 バイト先で顔を合わせる度に、冷たい目つきを向けられ。

 仲良くしたいと歩み寄っても、突き放すような言葉を返される。


 嫌われる心当たりがない私は、どうしていいかわからず。

 結局明日香ちゃんとは、ろくに話もできず別れることに。

 今日こうして出会うまでの間、ずっと疎遠なままだった。


 私があの店でバイトしていた頃は、それがすごく辛くて。

 なんとか仲直りしようとしても、全然関係は良くならなくて。

 自分と同じ境遇である友達を、失ってしまうことになった。


「で、結局何なの」


 そんな私たちが、またこうして出会った。

 あの店を辞める際のたった一つの心残り。

 それが今、まさに私の前の前に現れたんだ。


「……あの、明日香ちゃん」


 出会ったばかりの頃は、たわいもない会話で笑いあった。

 どんよりとした暗闇の中でも、安らぎのようなものを感じられた。


 それを取り戻したい……とまでは思わない。

 ただ私は、明日香ちゃん1人を残して店を去ってしまった。

 その心残りに、少しでも答えたいって思うんだ。


「……明日香ちゃん、やっぱり私と——!」


 ——プルル、プルル、プルル。


 私と一緒に働こう。

 そう言おうとして、明日香ちゃんのケータイが鳴った。

 訝しげな視線を私に向けたまま、明日香ちゃんはケータイを取る。


「もしもし。はい……はい……今すぐ行きます」


 通話時間はほんの数秒ほど。

 すぐにケータイをカバンにしまうと。


「で、何」


 先ほどよりも威圧的な態度で、一言そう言った。


「う、ううん。何でもない」

「なら、いつまでそこに突っ立ってるわけ」


 鼻先でひょいひょいと合図を出す明日香ちゃん。

 これは私に『早くどこか行け』と言っているんだと思う。


「……あ、あのね、明日香ちゃん」

「用がないなら早く行きなよ」

「……う、うん」


 もうこれ以上何も言わせない。

 あんたの話は何も聞きたくはない。


 まるでそう言われているかのように、私はまた……。

 また明日香ちゃんに突き放されてしまった。

 

「じゃ、じゃあね」


 仕方なく踵を返す私には、もう何もできない。

 明日香ちゃんを引き止めることも、和解することも。

 せんせーが私にしてくれたように、暗闇から救い出すことも。


 振り返るのが怖くて、前だけを見据えた。

 でも多分振り返っても、明日香ちゃんはもういないんだろう。

 そう考えると、胸の奥の方で、何かがチクリと痛んだ気がした。

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