第27話 高得点
億劫だった中間テストもようやく終わり。
今日の1時間目は、テスト後初めてとなる化学の授業。
「それじゃテスト返すぞー。まずは赤坂ー」
当然内容は、先日行われたテストの返却だ。
せんせーが名前を呼びあげては、次々に答案が生徒の手元に渡る。
「次、和泉ー」
そして早々に、私の名前が呼ばれた。
学籍番号が若いと、気持ちを整理する暇もない。
(きっと大丈夫だよね)
おもむろに席を立ち、せんせーが待つ教卓へ。
束にされた答案の中から私の答案がちらつく度に、胸の鼓動は高鳴る。
点数が気になるワクワク。
そして少しばかりの不安。
その二つで、私の頭の中はいっぱいだった。
「んー」
「……ど、どうですか?」
「まあ、まずまずなんじゃないか?」
「まずまず……」
なんとも微妙な反応のせんせー。
これには私も、正直がっくりしてしまった。
「でも今回の難易度でこの点数なら大したもんだ」
そうフォローしつつ、せんせーは答案を私に差し出す。
今更遅いよ、と思いつつも、私はそれを素直に受け取った。
「72点……」
本当にまずまずの点数だった。
せんせーの反応、何も間違ってなかったや。
「間違えたところは、ちゃんと復習しておけよ」
「……はーい」
結構自信があったのだけど。
終わってみれば、結局いつもとあまり変わらない。
高い点数を取って、せんせーを驚かせてやろう。
そんなことも考えてたけど。
「こんなんじゃダメだよね……」
別に凄く悪いわけじゃない。
だけどいつもより勉強しただけあって、この結果は辛い。
(詰めが甘かった……)
自席に戻り、私は1人反省会を開くことにした。
* * *
クラス全体に答案が渡り。
その後は、自分の答案を見返す時間となった。
当たっているのにバツがついている箇所を探したり、点数の数え間違えがないか確認したり、本来そういったことに意識を向けるべきなのだけど。
「なあ、お前何点?」
「えっ!? えっちゃんすごーい!」
「ぶはっ!! お前赤点かよ!!」
などなど。
聞こえてくる声は、それに反した賑やかなものばかり。
点数の見直しをしてる人など、ほとんど見受けられなかった。
「68……69……70……」
そんな中、私は1人黙々と採点内容を確認する。
丸の数を数えて、配点を確認して一度計算をして。
少しでも点数を上げたいその一心で、それはもう念入りに。
でも——。
「……合ってる」
一通り答案を見通しても、採点間違いは見当たらない。
何度見返しても、私の点数は72点だった。
「はぁ……やっぱり微妙だなー……」
悔しい。凄く悔しい。
せめて80点以上は取りたかった。
そしてせんせーを、少しでも驚かせたかった。
「ねぇ麻里ー、こんなんじゃダメだよねー?」
「え、知らないよそんなの」
「知らなくないー」
そして私は例に漏れず、後ろの席の麻里に話しかける。
正確には、だる絡みするの間違いだけど。
「ねぇ、私を励ましてよー」
「はいはい。頑張った頑張った」
「むぅー、もっと心を込めて言ってー」
「頑張りました。美羽ちゃんはすごいです」
「えへへっ」
嘘でも麻里に褒められると、ちょっと嬉しいかも。
点数には納得できないけど、気持ちは少し楽になった。
「そういえば麻里」
「んー」
「麻里は何点だったの?」
「あー……うん。まあ、私はいつも通り……かなー」
「ふーん」
嘘だ。絶対嘘。
この反応だと、絶対点数が良かったに決まってる。
その証拠に麻里は、無意識に自分の答案を手で隠した。
(暴いてやるっ)
自分だけ良い思いをしようったってそうはいかない。
麻里の成績が良いのは、友達の私がよく知ってるんだから。
何が何でも自白させてやる。
「ちなみにそれって、何点だったの?」
「え、えっと……多分美羽と同じくらい……かなー」
「てことは、麻里にとってはあまり良い点数じゃないんじゃない?」
「うーん……それはどうだろうねー」
少し意地悪だけど、ここはグイグイ攻めるしかない。
そう思って私が質問すればするほど、麻里の表情は引きつった。
「80点くらい? それとも90点?」
「ま、まあ……大体そのくらいかなー」
視点もどんどん明後日の方へと逸れていくあたり。
これはもう……間違いなく麻里は嘘をついている。
「いいから教えてよー」
「ダメ。絶対に教えない」
「いいじゃん。誰にも言わないからー」
「絶対にイヤ」
いくら押しても、頑なに教えてくれない麻里。
いつもなら、この辺りで折れてくれるはずなのだけど。
なぜか今日に限っては、なかなか点数を教えてはくれなかった。
「一生のお願い!」
「イヤ!」
更には一生のお願いまでもを断られ。
いよいよ我慢の限界を迎えてしまった私は。
「もうっ! 焦れったい!」
「ちょ……ちょっと……!!」
一瞬の隙をついて、腕と机の間にあった答案を引き抜いた。
そして取り返そうとする麻里の手を華麗に避けては、気になっていたその点数にすかさず目を向ける。
すると——。
「きゅ……99点!?」
なんと、麻里の点数は99点。
想像の遥か上を行く高得点だった。
「す、すごいじゃん麻里……?」
私が麻里に言いかけると。
「……もう、バカッ」
麻里はため息混じりに、私を睨んでいた。
「声に出したらダメでしょ……」
「……あっ」
そう言われて初めて、私は気がついた。
もうすでに、私たちがクラス中の注目を浴びていることに。
「今聞こえた? 99点だって」
「安達のやつ、99点だってよ」
「さすが安達さん、あたま良いー」
どうやら私の声が、みんなに聞こえてしまったみたい。
今までの雰囲気が嘘みたいに、揃って麻里の点数に驚いてる。
「ご、ごめんね麻里。私そんなつもりは……」
「…………」
ストンと顔を俯ける麻里。
見たところかなり落ち込んでる。
いや、多分これは怒ってるんだと思う。
(やっちゃったなぁ……)
バラすつもりはなかったけど。
あまりにもすごい点数だったからつい……。
「で、でもすごいじゃん! 99点だよ99点!」
「…………」
「きっとクラスでも一番なんじゃないかな……?」
「…………」
誤魔化そうとしてみたけどダメみたい。
どうやら麻里は、相当怒ってるようだ。
「ま、麻里? もしかして怒ってる?」
「…………」
「あ、あの。安達さん……?」
流石にまずいかも……。
と、私が肝を冷やしかけていると。
「……もう、うるさい!」
「ひゃい!?」
俯いていた麻里が、突然席を立ち上がった。
そしてこそこそ話をしていたクラス全体に向けて。
「99点、99点言わないでっ!!」
と、赤面しながら言い放つ。
普段は大人しいあの麻里がだ。
「……麻里?」
それには思わずみんな拍子抜け。
聞こえていたはずのこそこそ話もピタリと止み。
麻里は「ハァハァ」と息を切らしながら、静かに席に着いた。
「ど、どうしたの突然」
「ハァハァ……何が……」
「何がって……。麻里、あんな大声出す人だっけ?」
「わ……私がそんなキャラに見える?」
そう言われ、私は迷わず首を横に振る。
「それよりも美羽。わかってるんでしょうね」
「あっ……うん」
麻里を怒らせてしまったのも。
大声を出させてしまったのも。
全ては私が、うっかり麻里の点数を声に出してしまったから。
「ごめん、バラしちゃって……」
自分の点数が思ったよりも良くなかったから、少しだけ意地悪したくなっちゃったのかもしれない。
一番の友達なのに、麻里には悪いことしちゃったな。
「ほんとどうかしてた、私」
「はぁ……もういいから、その顔やめて」
「うん……でも……」
と、ここで。
パシンッ——。
「いてっ!」
突然おでこに痛みが走った。
何事かと顔を上げると、目の前には麻里の手が。
「デコピン。これで許してあげる」
「うぅぅ……嬉しいけど痛いよー」
「まあ本当は、もう一発くらい食らわしてあげたいところだけど」
「えっ……!?」
ハッとした私を見て、クスクスと笑う麻里。
そんな麻里を見て、私も思わず笑ってしまった。
「でもほんとごめんね」
「もういいってば。隠してた私も悪いし」
「ううん。麻里は何にも悪くないよ」
そう、悪いのは全部私。
私がもっと大人で、もっと良い点を取っていれば。
そうすれば、何もかも上手くいくんだけど。
「でもさ、凄いよね99点って」
「うぐっ……ちょっと美羽……」
「100点まであと一歩じゃん」
「だからそれをやめなさいって言ってるのよ……」
「いてててっ……」
今度は何故か両手で頬をつねられる。
素直に褒めてるだけなのになんで!?
「ど、どうしたの麻里っ……!」
「うるさいっ……バカッ……!」
少し涙ぐんでいる麻里。
後から聞いた話によると、麻里は簡単な問題で100点を逃してしまったことが、死にたくなるほど悔しかったらしい。
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