第14話 おやすみ
入浴を終え、各々の時間を過ごしていた俺たち。
時計を見ると、もうすでに22時を回ろうとしていた。
「そろそろ寝るか」
ぼそっと呟き、部屋を暗くしようとおもむろに立ち上がる。
そんな俺に和泉は、又してもこんな話を持ちかけてきた。
「ねえせんせ。さっきの話の続きなんだけど」
「またか。本当に女子高生ってのはそういう話題が好きなんだな」
懲りない和泉に、わざと呆れた顔をしてみせる。
しかしそれでも、和泉は話すのをやめなかった。
「せんせーってさ、エッチとかしたことある?」
「はっ!?」
しかも話題のチョイスが、明らかにぶっ飛んでいるのだ。
先ほどまでは気になる人どうこう、ぐらいのレベルだったのに。
何を思って教師である俺に、そんな質問をしているのだろう。
「何を言い出すんだお前は……」
「何って、素直な疑問だよ」
動揺する俺に対し、和泉は至って平静。
どうしてそんなにも真顔を貫けるのか。
俺にはさっぱり理解できなかった。
「いいからもう寝ろ」
なので無理やり話を流す。
部屋の電気を暗くして、気にせずベットに潜り込んで。
明日のための目覚ましを、きちっと正確にセットする。
(思春期なのか?)
なんて誤魔化すような解釈をしているのは、別に自分にそういった経験がないことを知られたくなかったからじゃない。
ただこの手の話題を教師と生徒の間でするのは、教育上良くないと思っただけだ。
「それじゃ俺は先に寝るからな」
投げやりにそう呟いて、俺は一度目を閉じる。
が、すぐさま異変を感じ、俺は再び瞼を上げた。
「……おい、お前何やって……」
俺の枕のすぐ隣。
ベットに身体を預けるようにして、俺の顔を覗き込む和泉。
その格好は無防備で、襟元から胸の谷間が時よりチラついている。
しかも。
おそらく下着は付けていない。
「どう思う?」
「な、何がだ……」
「実は私、結構胸大きいんだよ?」
戸惑う俺に、和泉はそんなことを呟きかける。
襟元を手で広げながら、わざと俺に見えるように。
「せんせーはそう思わない?」
そしてその追い討ちの言葉で。
俺はふと、和泉の胸元に意識を向けてしまった。
だが、具体的な表現方法はよくわからない。
わからないが……こう……とても魅力的には見えた。
ほんの一瞬だけだが、音無先生との比較もしてしまっていた。
「い、いいんじゃないか?」
だからこそ、あやふやな返事しかできなかった。
あまり見てはいけないと思い、俺はすぐに視線を逸らす。
「なんで目逸らしたの?」
「なんでって……普通考えたらわかるだろ」
「触りたいとかさ、思ったりはしないの?」
「……お前、一体どうしたってんだよ……」
和泉の考えていることがわからない。
なぜそんなにも俺をおちょくっているのか。
「どうなの、せんせ」
わからない。
俺は今どうしたらいいのか。
この子になんと答えてあげればいいのか。
「お、思わん。俺たちは教師と生徒だぞ」
「教師は生徒の胸を触っちゃいけないの?」
「あ、当たり前だ。そんなことしていいはず……」
「じゃあなんで、せんせーのここは勃ってるの?」
「……!?」
不覚だった。
目の前の和泉にばかり気を取られていたから。
自分の下半身がどうなっているかなど知りもしなかった。
「私はいいよ?」
俺の状態を知り、さらに開放的になる和泉。
わざと姿勢を起こし、形がはっきりとわかるくらいに胸を張る。
髪をかきあげて、障害を全て取り払ったその姿はまるで、俺が触れる時をじっと待っているかのようだった。
ゴクリ……。
一つ唾を飲んでは、そんな和泉を眺める。
するとその姿は、間違いなく魅力的だと言えた。
教師でありながらも、目の前の彼女のことを性的に見てしまっていた。
もしこのままこの子に触れたら。
間違いなく柔らかいことはわかる。
そして気持ち良くて満足することも。
きっと今の和泉なら、何をしても怒らないだろう。
他の誰かに知られることも……絶対にないと断言できる。
だったら少しくらい——。
そうやって、一瞬血迷いそうにもなった。
欲望の底から和泉の身体に触れてみたい。
和泉に触れられてみたいと、そう思ったりもした。
でも——。
「……えっ?」
俺は和泉の胸には触れなかった。
触れたのは、胸元などではなく。
まだ少し幼さが残る、和泉の頭。
「あのな和泉」
ポンっと優しく手を置き。
落ち着いた口調で、和泉にこう伝える。
「お前はもっと、自分を大切にしないとダメだ」
この子が優しい子なのは知っている。
それゆえに思い詰めてしまうことも。
きっと寂しかったのだろう。
心細かったのだろう。
だからこうして、俺に身を寄せてきたのだろう。
それに答えてあげることはできないけど。
俺はそんな和泉を、見捨てようとは思わない。
「何かあったのか」
だから俺は、和泉に尋ねた。
その寂しさの訳を、俺は知りたかった。
「……ごめんね、せんせ……」
すると俺の気持ちが伝わったのか。
それとも堪えていた感情が溢れたのか。
和泉の瞳からは、大粒の涙が零れていた。
「……今日ね、せんせーが皐月せんせーと一緒にいるところを見たの。それで私、声かけようかなって思ったんだけど……。その時の2人すごく楽しそうで……せんせーも笑顔だったから……私、どうしていいかわからなくなっちゃって……」
和泉は泣きながらも、ゆっくりと本心を言葉にしていく。
そんな彼女を、俺は静かに見守った。
「それでね、私考えちゃったの……せんせーはみんなに優しいせんせーだから……私だけが特別なわけじゃないんだって……きっと生徒だから仕方なく面倒見てるだけなんだって……勝手に思い込んじゃったの……」
和泉はずっと寂しがっていた。
心を寄せられる場所をずっと探していた。
想いが溢れそうになるのを堪えて、ずっとずっと1人で戦ってきたのだ。
そんな和泉が初めて素直になれる。
誰かに頼ることが悪いことじゃないって、そう思うことが出来る場所があるとするなら、間違いなくここだろう。
この9畳ワンルームで、何の変哲もないアパートの一室こそが、今この子のたった一つの居場所だ。
俺はその居場所を、普通の日常に生きる和泉を、守ってやらなければならない。
それは生徒だから仕方なくではなく。
大切な生徒だからこそ、教師の俺がやらなきゃいけない。
きっと和泉は不安だったのだ。
自分の居場所がなくなるんじゃないかって。
不安で不安で仕方がなくて、思い詰めてしまった。
ならば俺のやれることは一つしかない。
生徒の不安を解消してやることが教師の……。
いや、1人の大人としての大切な務めなのだから。
「和泉、もう泣くな」
俺はそっと手を差し伸べ。
和泉の涙を優しく拭った。
「お前は俺の大切な生徒だ。間違っても1人になんてさせてやらん」
「せんせー……」
華奢な身体を、俺は優しく抱きしめた。
俺の胸に顔を埋めた和泉は、涙でその想いを零している。
しかしその涙は、とても温かい涙に感じられた。
きっとこの子は大丈夫。
抱えている傷は大きいかもしれない。
たくさんの時間が掛かるかもしれない。
でもいつかきっと。
きっと和泉には、心から笑って過ごせる日が来る。
そのためなら俺は、何の努力も惜しみはしないだろう。
「よし、明日も学校だ。早く寝ないと遅刻しちまう」
「うん」
俺から離れ、涙を拭った和泉は、笑っていた。
その笑顔からはもう、不安の色は感じられない。
とても高校生らしい、純粋で明るい笑顔だった。
和泉は床に敷いた布団へと横になる。
しっかりと布団を被ったのを確認して、俺はベットに横たわった。
「おやすみ、せんせ」
「おう、おやすみ」
お互いに交わしたその声は、いつもと同じだけど。
なぜか今だけは、とても温かい言葉のように感じられた。
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