第4話 なにか忘れてない?

 大学の講義が終わった。


 今日は五限までだったから、いつもより早い時間帯で自由の身だ。

 バイトも今日は休みだし、ちょっとサークルにでも寄っていこうかな。時間を持て余した僕は、そんなことを考え、自分の所属するサークルの活動場所に向かった。


 SF研究会。


 僕の所属するサークル名だ。とは言いつつも、SFの意味も分かっていないような連中が大半の、いわゆるお遊び同好会である。


 大体にして、


「っていうかさ、SFって何の略だっけ? スーパーフライデー?」

「スペシャルファンタ!」

「何それ美味しそう」

「スモールフェアリー」

「それファンタジーに分類されるからね?」

「さりげなくフェイスブック、とか?」

「意味が分からん……。なんだ、うちのメンバーはアホばっかりなのか?」

「今更何を分かり切ったことを」

「そうだったな……」


 みたいな会話が成されている場所だからして、『本を読んだり映画を観たりして内容を熱く語り合おう』という気風は皆無と言っていい。


 なにしろ幹部とされているメンバー6人(僕を含む)の内で、SFが何を表わしているかを知っているのは3人(僕を含む)という体たらく。幹部の半数が研究の大前提を知らないという状況で、よく存続できているものだと思う。


 まあ、その緩さがちょうど良いといえばちょうど良いのだけど。


 これから向かう場所について考えながら、レンガの敷かれた道をマイペースに歩く。何か忘れているような気がしたけれど、それを思い出す前に、僕は思考を中断させられた。


「よー桐やん! どこ行くんだ?」


 向かう先から見覚えのある人物が歩いてきて、片手を軽く挙げる。そいつは行き交う人々の隙間を器用に抜けて、僕の前までやってきた


 香坂倫太郎(こうさかりんたろう)。


 SF研究会の幹部メンバーの一人で、一言で表わすならば残念なイケメンである。背が高く、明るく、話しやすく、カッコイイ。とモテる要素しかないくせに、三次元の女性には興味がないという、持って生まれた才能を埋もれさせることに躊躇のない人間だ。


 高校まではそれなりに女性と付き合ったりしていたらしいが、大学では何故かSF研究会に入ってしまい、何故か二次元の道に毒されてしまった、ある意味可哀想な身の上を持っている。


 残念というよりもったいないイケメンと言ったほうがいいのかもしれない。


「暇だからサークルに顔出そうかと思って」


 僕も軽く挨拶を返し、向かう先を告げる。二人して突っ立っていては迷惑になるので、僕らはレンガ道から外れた草の上に移動した。っていうか。


「桐やんってなんだよ。変なあだ名付けないでほしいんだけど」


 昨日まではそんな呼び方してなかっただろうに。


「あっれ? ダメ? いいじゃん。桐生よりこっちのが呼びやすくねぇ?」


 軽い感じで香坂が反論してくる。


「呼びやすいったって、文字数はおんなじだろ」

「そういう問題じゃねえって。親しみの込めやすさがこう……ま、いいや。サークル行くんだって?」


 身振りとともに力説しかけた香坂は、途中で面倒になったらしく、説明をやめて話題を変えた。


「そうだけど?」

「止めといた方がいいぜ、今行くのは」

「なんで?」


 渋面を作る香坂に、僕は率直に尋ねる。香坂は一言、


「姉御が末期だ」


 と言い、


「……なるほど」


 と僕は一言でサークルの状況を理解した。


 姉御というのは、我がSF研究会のSF成分の90%以上を占める幹部メンバーの通称で、SF漫画を書いては賞に応募する剛の者だ。


 末期というのは、どうしてもネタが思い浮かばないか、もしくは締め切りに間に合いそうにないかのどちらかであり、後者の場合、報酬と引き換えに作業の手伝いをさせられるのである。


 報酬は確約されているし安くもないが、徹夜も確定なので出来れば御免こうむりたいのが正直なところだ。


「って訳で。サークルはやべぇからさ、お前ん家行こうぜ」

「なんでそこで僕の家?」

「いいじゃん、近いし。っつか、俺の部屋今めっちゃ散らかってんだよね」


 掃除しなよ、と言っても無駄だろうなぁ。と思った僕は、


「いいよ」


 香坂の提案に頷いた。元々暇つぶしのつもりでサークルに行く予定だったし、特に嫌がる理由もない。


「あれ?」


 何か、忘れているような気がする。なんだっけ?


「おっし。んじゃ~、売店でなんか食いもん買ってこうぜ」


「……うん」


 まあ、いいか。そのうち思い出すだろう。

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