第2話 新しい門出 

 そんな俺の新たな野球人生が始まる、大切な日。

 晴れやかに迎えた入学式、のはずだった。

 しかし、思えば最初からどうも様子がおかしかった。


 校長の話を全く聞かずに奇声を発する新入生も、その新入生を手荒に簀巻きにして連れ去る上級生も、高校とはこんなものだろうと考えた。

 ありえない程の巨体なヤツ、体中毛むくじゃらなヤツ、講堂の天井に張り付いて歌っているヤツもいた。

 流石に東京だ、どんでもないヤツがいるもんだと、受け入れようとした。

 いや、受け入れるというよりは無視を決め込んでいただけなのだが。


 それにしたって、余りに奇異な生徒たちは嫌でも目に入ってくる。

 御出井学園おでいがくえん、確かに学力に関してはそれほど良い評判は聞かない。それにしても、これは幾ら何でも酷くないか?


 奇声と怒号の飛び交う混沌とした雰囲気の中、ようやく入学式が終わった。

 入学式が終わり次第すぐに野球部のグランドに来るようにと事前に言われていたので、オレは騒然とする講堂をさっさと出ると、校舎に隣接するグランドを目指した。

 野球さえ出来れば、それでいい。余計な事は考えまい。


 そんなオレの前を歩く、小さな後ろ姿が目に入った。

 赤い帽子を被った新入生の女子の様だが、肩から大きなバッグを下げ、背にもバットケースを担いでいる。オレと同じ出で立ちだ。

 最近でこそ、男子に交じって女子が野球をやる学校もあるとは聞くが、御出井学園は甲子園常連の名門校、女子部員がいるなんて話は聞いていない。きっとマネージャー希望か何かなのだろう。


 その女子だが、近づいてみると被っている赤い帽子には、同じく真っ赤な角が付いているのがわかった。

 なにかのコスプレか? 高校生にもなって、ずいぶんと幼いマネするんだなと思ったものの、とりあえず「チッス」と小声で挨拶して通り過ぎようとした時、後ろからその子に声を掛けられた。


「ちぃと待ちんさい、アンタも野球部じゃろぉ」

「そう、だけど」

「なぁアンタ、ウチの顔知らん?」

「え、ゴ、ゴメン。わからない。だ、誰だっけ?」


 どうやらオレを知っているようだが、オレには心当たりがない。


「ほーか、なら、ええ。ウチ、鬼南煌火きなみこうかゆうんじゃ、よろしゅうのう」

 その子はそう言って微笑んだ。可愛らしいその口元から見えたのが、なんとも奇妙な歯並び、ギザ歯っていうのだろうか? まるで牙の様なその歯に思わずギョッとしてしまった。


「あ、うん。オ、オレは木藤雷児きとうらいじ。よろしく」


 見てはいけないものを見てしまったような、妙な罪悪感。


「ウチ、アンタの父ちゃんの事はよぉ知っちょる。〈東の雷鬼〉じゃろぉ? ぶちスゴイ鬼じゃったらしいのぉ。鬼の子は鬼、ウチ、アンタと一緒に野球やれるの、よぉけぇ楽しみにしとったんじゃ」


 その子が続けた言葉に、オレは、あぁまたか、とガッカリする。


 いつだってそうだ。

 オレの名を聞くと、必ず誰しもが驚き、歓喜する。

 ええっ、あの〈東の雷鬼〉木藤の倅! え、君も野球をしている、しかもピッチャー? それはスゴイ!


 何がスゴイんだっ! オレの投げる球を見た事があるのかっ! スゴイのは父さんであって、オレじゃない! 


 オレはオレであって、父さんではない。ごく普通の人間だ。だから、死ぬ気で努力し、父さんと同じように人に鬼と呼ばれる様な、そんなスゴイ選手になろうとしている。

 でも、今のオレは全然スゴくない。鬼だなんて奥がましい。


「悪いけど、オレは鬼じゃないから」

「なに、ゆぅとんじゃ? アンタ、鬼じゃろうが」

「オレは木藤雷児、木藤雷太じゃない!」

「ほうじゃ。アンタは雷児じゃろ? 言わんでもわかるわ」

「え、そうなんだ? オレの事を知ってるの? 父さんじゃなくて?」

「当たり前じゃ。まぁ、そがーな事はええーけぇ、早ぉグランドへ行こーや」


 その子は迷う事無くオレの手を引くと、スタスタと歩きだした。

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