池田屋

 元治げんじ元(一八六四)年六月。


古高ふるたかが吐いた。強風の日を狙って、御所に放火。京を焼き払う計画らしい」


 土方の言葉に近藤は驚愕した。


「……京を火の海に?!」

「ああ、その混乱に乗じて天皇を長州ちょうしゅうまで連れ去るつもりだと」

「そんな……」


 周りにいた隊士たちも言葉を失った。沖田も例外ではなかった。


「こんなこと……絶対にさせるわけにいかない!」


 力強く答える近藤に土方は、


「俺が聞き出せたのも今言ったところまで。手当たり次第に店を捜索し、長州藩の志士たち奴らをとっ捕まえる必要がある。だが、ただやみくもに探していても効率が悪い。監察方に命じてこの辺の地図を入手させ、聞き込みなどから範囲を狭めていく」

「それで行こう。何としても、天子様や京の人たちをお守りするんだ!」


 他の隊士たちも頷いた。






 午後七時、鴨川を挟んで西側と東側の二手に分かれて捜索を開始した。

 沖田は、近藤と西側を捜索することになった。

 二時間近くをかけ、五百メートル余りの道のりを探し回っていたところ、池田屋いけだやで密会を開いているとの情報を得る。そして、池田屋の中へ……。


「御用改めである」

「これはこれは、お侍はん。本日はどのような御用で?」


 宿の主人がそう答えると、近藤は静かに言い放った。


「中を改めさせてもらいたい」


 主人は驚いた様子で、宿の奥へと入っていく。

 他の隊士たちを所定の位置につかせ、近藤と沖田は二階へと駆け上がった。

 ふすまの戸を開け放つ。


「御用改めである! 手向かいすれば、容赦なく切り捨てる!」


 近藤の声を合図に、一斉に斬りかかった。

 刀のぶつかり合う金属音と斬られた者の悲鳴が、闇の中を飛び交う。

 窓からの月明りと、反射する刀を頼りに一人、また一人と斬っていく。

 沖田は、無心で志士たちと対峙した。

 だが……。


「何だ? この、感じ……」


 床に折り重なるように横たわる亡き骸の上に、沖田は倒れ込んだ。

 その様子を見た志士の一人が、沖田に斬りかかろうとした時、


「総司! 大丈夫か?!」

「ひじ、かた……さん?」


 沖田が起き上がろうとすると、すぐ横に先ほど彼を斬りかかろうとしてきた志士が息を引き取り、倒れている。


「……土方さん、私が倒れたことは皆に内緒にしてください。大丈夫……動けるから」


 くらっと、沖田はふらつき、床に手をついた。


「強がりやがって……無理をするな」

「……すみ、ません」


 よろめく沖田の肩を、土方が支えながらゆっくり立ち上がる。


「歩けるか?」

「……はい」


 まもなく、土方に連れられ、沖田は池田屋を後にした。

 こうして、池田屋事件――新選組の存在を世間に知らしめた事件――は終わりを告げる。

 事件の後、近藤たちに悟られぬよう、沖田は何事もなかったかのように振舞ってみせた。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 新選組が時代の坂道を転げ落ちるように、沖田の人生もまた転落の一途をたどることになる。

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