第4話イチルさんのその噂。

メモの紙を手に握り締めたまま一階に降りてくるとおばあちゃんが朝食の支度をしている。


「おばあちゃんおはよ、イチルさんと陽奈太さんはどこに行った?。」


「発芽おはよう、お二人さんは今日は仕事があるって言って先に出て行ってしまったよ、それより今日は学校なんだから早く顔を洗ってきなさい。」


「はーい。」


なんだ、やっぱりいないか。


メモがドアの足下に置いてある時点でちょっと察していたがやはりいなかった。


顔を洗って歯を磨き寝癖のついた髪の毛をくしで伸ばす。


「……痛った!!、今日の髪はクセが強いな。」


今日は湿気が強いのか髪の毛や肌がベタベタする。


支度をし終わってすれ違いざまにおじいちゃんに会って挨拶する。


おじいちゃんの一言目が完全に俺と同じだったのでおばあちゃんの言っていたことをそのまま話した。


再びキッチンに戻ってくると、おばあちゃんがテーブルの上にご飯を置いていく。


今日は少し遅れ気味なので急いでご飯を食べてコップいっぱいの水を飲んで、玄関にあらかじめ置いてあった通学用の鞄を背負い靴を履いた。


「おばあちゃんおじいちゃん行ってきまーす。」


「「いってらっしゃーい。」」


急いで食べたがやはり時間が押している、次の交差点まで走る必要がある。


交差点まで走ると人影が一つ。


「おはよ和也。」


「おはよう発芽。」


日野和也、俺の友達だ。


俺の不登校後、一番最初の友人で師匠のイチル好きでハマったあとに和也が俺の知識を一気に広めてくれた。


「そういえばさ、昨日成田山で天超イチルが来てたって話、お前も耳にしたろ?。」


「ああそのことね………。」


思わず目が泳いでしまう。


流石にその場に居合わせてだというか、イチルさんと付き合ってらとか言ったらパニックだ。


「おいどうしたんだよ、今や俺より天超イチルのことが好きなお前がボーとして。」


「いや、てかそれ以前に昨日握手会で会って来たんだから成田山もクソもないんだよ。」


「ああ、そうだったな!。」


学校に入るとかなり噂が立っていた。


(あのイチルちゃんが成田山にいたんだって。)


(私も生で見たかったなあ。)


(でも一人男の人がついてたとか………あくまで噂だけどね。)


(でも本当だったらそれ彼氏なんじゃない?。)


(それヤバすぎww。)


うわぁ、中学校生活では絶対にバレたくないな。


これバレたら恨みと興味の質問攻めと言うダブルパンチを食らいかねない。


「おい、おーい、なんで発芽はそんな険しい顔をしてんだよ、まさか女子のパンツを覗くためにそんなに眼力を………!!。」


「なに勝手に妄想を口から吐き出してんだよ、べつに少し考え事してただけだよ。」


クラスに入ってもやはり天超イチルの話題で持ちきり。


最近は俳優業にも手を入れ始めているから二次元があまり好きじゃない人もそこそこの知名度を持っている。


あー、授業の内容が頭に入ってこない。


やはりどうしてもボーとしてしまう。


もう10月に入ったのにもうすぐ受験なんだぞ、これで受からなかったらイチルさんと一線が引かれてしまう。


発芽は自分に無理やりムチを打って授業した。


「やったー、飯だー!!。」


「和也うるさいぞ。」


連休明けなのにどこから体力が漏れ出てくるのか不思議だ。


和也とお弁当を食べるために近くの席二つをくっつける。


お弁当を開けて最初に口に入れたのは綺麗に巻かれた卵焼きである。


ウチの卵焼きは砂糖はいれない派の家庭で主に塩、醤油など渋いものが全般的に調味料として使われる。


「ウィンナーもーらい。」


そういった瞬間に目にも止まらぬ速さで俺の弁当からウィンナーをとっていく和也。


そういえばイチルさんの料理のなかに炭とかした卵焼きとウィンナーがあったな、おじいちゃんはあれで危うく天国に行ってしまうところだったけど。


今思うと少し笑えてくる。


あの可愛いイチルさんが料理が絶望的なのは少しギャップというか、冷静に考えればそういう考えもあかんだろうが、イチルさんの声優の役の一つに料理系の、役があったので料理は上手だと勝手に錯覚していた。


クスクス。


「お前なに笑ってんだ!?、気持ち悪いぞ!。」


「いや、少し思い出し笑いってやつだ気にしないでくれ。」


「いやその顔は流石に気にしちゃうわ。」


午後の授業を終えて帰り支度をしていると。


「わりい、今日放課後の掃除だから少し待っててくれないか?。」


「ああ、昇降口で待ってるぞ。」


おう!、と言って元気よく行ってしまった、ほんと元気だなアイツ。


20分間待つとようやく和也が降りてくる。


「ごめ〜ん、まったぁ?。」


「うん、すごく待った、超待った、待ちくたびれた。」


「おいそこは、ううん、ボクも今きたところだよ(キラ!)じゃないのかよ。」


「男のポイントあげてどうするんだっつーの、ほら、さっさと帰るぞ。」


俺たちの学校は中学校だが、最近は犯罪とかが多発しているとのことで登下校のみ携帯を持ち歩くことが許可されている。


もちろん学校で携帯なんて弄ろうものなら反省文を何枚書かされるかたまったもんじゃない。


「でもさぁ、やっぱり会いたかったなぁ〜、天超イチル。」


「まだその話を引っ張るのね。」


「いいよなお前は、あの爆発的な倍率の握手会を見事引き当てたんだから。」


「運も実力のうちってもんだろ、でもお前には感謝してるんだよ。」


「ヘェ〜例えば?。」


「知識!!。」


「あとは?。」


「………。」


「おい。」


「ハハハハ、悪い悪い、あとは親友でいてくれることだな。」


「そうかそうか、俺も鼻が高い。」


そう言って和也は鼻を人差し指でさする。


ブルルルルル。


「あれ発芽なんか鳴ってないか?。」


ブルルルルル。


「ほんとだ、携帯かな。」


発芽は背負っているカバンを下ろしてファスナーを開く。


中を漁るとバイブレーションしているものが一つ。


携帯だ。


「電話だ、でも電話番号しか書いてないや。」


「試しにでてみろよ。」


無言で頷いて電話に出る発芽。


「ワンコールで出ないってどういう意味?、これはお家に帰ってお仕置きね。」


これは………イチルさんの代表作、株式会社魔法少女の主人公の親友役のクール系のキャラ、涼香が主人公に電話して出た時にワンコールで出なかったことで言ったセリフ。


メインキャラのボイスが初めてとは思えない感情移入、そして仕上がりを見せた。


これがきっかけでイチルさんはたちまち引っ張りだこ。


この作品はイチルさんにとって原点にして頂点。


伝説の始まり。


「て、イチルさん?。」


和也が慌てて発芽の顔を見る。


「そうだよ〜。」


「なんで俺の電話番号知ってるんですか!?、それにどうしたんですか今多分仕事ですよね?。」


「今休憩の合間にかけてるの、だって全然出ないんだもん。」


「それは学校ですからね、校内で携帯使うのはダメなんです。」


いつも発芽は携帯の電源も切るからなにがくるかわからないのだ。


「そんなの不携帯だ!!、て言っても仕方ないよね!、あっ、そういえば来週の日曜日にデートしない?。」


「時間は大丈夫なんですか?。」


「うん!、ちゃんと休みはとってあるから!!。」


電話越しなのにグッとポーズが想像できる。


「わかりました、また詳しい事は後で連絡しましょう。」


「えー!?、なんでヨォもっとお話ししたいしたいしたーい!!。」


「だってさっきからずっと電話越しで陽奈太さんが怒鳴ってるの聞こえてるんですけど、絶対に閉じこもってますよね?。」


ドアを叩く音と陽奈太さんがなにを言っているかは分からないが怒っている口調は聞こえる。


「それに収録か撮影かはわかりませんが長引いたら休みの日に仕事が埋まっちゃうんじゃないんですか?。」


「うっ、それは言わないで!!。」


「俺も楽しみにしてるんでお仕事頑張ってください。」


そう言って画面越しで微笑む発芽。


「うんわかった、じゃあね〜!!。」


イチルが言うとプツッと切れてしまった。


発芽は携帯をポケットにしまって振り返ると、


「おのれぇ、裏切ったなぁ?。」


そこには歯を食いしばり、血涙を流す和也の姿があった。


近くの公園へ立ち寄りベンチに座って、発芽は一から十を全て説明した。


「なるほどね、お前の立ち位置と状況はわかった。」


「すまない、助かるよ。」


「でも!、お前これがバレたら親衛隊が黙ってないぞ?。」


「それもわかってる、正直隠し通せる状況でもないし、いずれはバレると思う、でも……あの人の笑顔を失いたくない。」


これは発芽の本心であった。


どう動いても何かしらが傷ついてしまう、確実にイチルさんを悲しませてしまう。


動いたら後戻りができないことも。


動くにしてもそれ相応の覚悟が必要だ。


「なあ和也、俺は事実を、ありのままの状況をイチルさんに伝えた方が良いのかな?。」


発芽がそう聞くと和也はそっぽを向いてしまった。


「ごめん……変なこと聞い……………。」

「俺は!、少なくとも付き合っている人が発芽、お前で良かったと思ってる。」


「だってこんなに人付き合いが良くて、お前を避けていた奴らでも何かあったときは率先して助けていた、俺が怪我した時だって一番最初に肩を貸してくれたのはお前じゃねーか。」


「それに、お前は天超イチルが嫌いなのか?。」


「大好きだ!、あの笑顔を愛おしく思う、お天端で大胆でドジだけどそれが全て可愛く見えてしまう。」


発芽は自然にポロポロと言葉が溢れ出す。


「じゃあいいじゃねーか、べつに心に思って言おうとしなかったとしても、最愛の人が幸せなら墓まで持っていっちまえ。」


そう言ってニコッと笑う和也。


「ああ、そうだな………ありがとう和也。」


俺は本当にいい友達を持った。


下を向いて顔を見せないようにする。


涙が止まらない。


「なんだよ、もしかして泣いてるのか?…………え!?、まじで泣いてんのかよ!。」


和也は慌ててハンカチで発芽のぐしゃぐしゃ顔をグチャグチャに拭いてやった。


和也と分かれて五分ぐらいで家に着く。


「ぎゃああああああ!!!!。」


「ヤバイよヤバイよ!、人に泣き顔晒しちまったぁぁ!!。」


発芽が羞恥で騒いでいる最中、おばあちゃんがキッチンから出てきておかえりと言って怒鳴りつける。


「発芽うるさいよ!、お風呂はったから先にお風呂に入っちゃいなさい。」


「…………………あい。」


発芽は幽霊が彷徨うかのようにお風呂場へ行く。


体を洗ってお風呂に入るといろんなものが整理されたように心が落ち着く。


久しぶりに泣いたなぁ。


最後に泣いたのは師匠が死んだ時か。


「…………………まだ先でいいか。」


発芽が「好き。」と言う言葉を何も考えずに言ったことをイチルに明かすのはまだまだ先になりそうだ。

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