第一話 使役の力 <3>


 †


 森を抜け、村に帰ってくる。

 自宅が見えてくる頃には、日はすっかり暮れていた。


 と、その時、突然どこかから悲鳴が上がった。

 声のした方を見ると、数名の村人が青い顔をして走ってきた。


「村長! た、大変だ!」


 男たちは僕の横を取りすぎて、村長の家に向かって大声で叫ぶ。


 それを聞いて、中から村長とキリウスが出てきた。


「どうした?」


 村長が尋ねると、男たちは走ってきた方を指差して言う。


「アンデットだ! アンデットが村を襲いにくる!」


 その言葉を聞いて、僕は唖然とした。


「なんだって?」


 当たり前だが、アンデットは自然発生するようなものではない。

 誰かが意図的に作り出すものだ。

 その目的は決まりきっている――殺戮と増殖だ。

 村を襲い、殺した村人の死体をまたアンデットにして、自軍を強化する。

 そうしてどんどん勢力を強めていく。

 極めて効率のいい侵略方法だ。


「街に助けは出したか?」


 村長が毅然と聞く。


「のろしはあげました。でも、すぐにアンデットに消されてしまって」


 村にアンデットに対抗できるような戦士はいない。

 唯一の希望は近くの街からの救助だが、それが望めないとなれば万事休すだ。


 と――そうこうしている間に、向こうからアンデットたちがやって来た。

 その数は20体ほど。


 腐敗臭を放ち、白目をむいて、手には錆びたカマを持つ。

 おそらくは別の村の住人がアンデット化したのだろう。


「戦うしかないな」


 と村長は言う。


「おい、まじかよ」


 キリウスは、うろたえて父の姿を見た。


「この村で魔法を使えるのは私たちだけだ。私たちが戦わなければ皆死ぬ」


 村長は魔法学校に通った経験がある。村長を継ぐために村に戻ってきたとで、魔法の心得はあるのだ。

 だが――ちょっと魔法が使えるくらいでは、アンデットの軍隊相手には戦えないだろう。


 村長は、両手のひらを前方にかざす。

 すると犬の頭ほどの炎の球体が現れて、アンデットに向かって放たれる。


 まっすぐ飛んだ火球は、愚鈍な動きをするアンデットに見事に命中。そのまま勢いよく燃え上がる。


 キリウスもそれに続いて火球を生み出して、アンデットに放つ。

 流石に魔法学校に通っているだけのことはある。


 だが、アンデットは一瞬後ずさりするも、そのまま燃える体を引きずってこちらにどんどん近づいてきた。

 相手はすでに死んでいるのだ。ちょっと燃えたくらいでは止まらない。


「親父、どう考えても無理だって。逃げよう」


 キリウスがうろたえながら言う。


「逃げるなら勝手に逃げろ。村長が村人見捨てて逃げられるか」


 村長はそう言いながらさらに火球を放って応戦する。だが、アンデットが倒れる様子はない。


 死体の群はどんどん近づいてくる。


 僕も覚悟を決めて、腰にさしていたナイフを抜いて握りしめる。


 ――あと五メートル。


 死体たちは僕たちをその白目で捉え、手に持ったカマを振り上げる。

 

 ――僕はナイフをもう一度強く握り直して迎え撃つ――


 と、その時だ。


 暗闇に、刹那にひかる銀色。

 次の瞬間、一番先頭にいたアンデットに銀閃が走った。

 突然現れた剣がアンデットを真っ二つに切り裂いたのだ。


 そのまま剣は僕の目の前に突き刺さる。


 突然のことに驚いていると、次の瞬間――


「――私を使って!!」


 剣が喋りかけてきた。


 頭は混乱していた。

 なぜ剣がしゃべっているのか、全くわからなかった。

 だが、僕は何か不思議な力に導かれるように、剣の柄を取った。


 その瞬間、僕の体は勝手に動き始めた。


 地面を強く蹴り、迫るアンデットの群れに向かって跳躍する。


 一体のアンデットが、僕に向かってカマを投げつけてくる。

 だが、僕はそれを剣で弾き、そのままアンデットの頭上から剣を振り下ろす。


 腐った泥色の血が飛散する。

 だが、僕はその臭いに鼻を曲げる前に再び地面を蹴り、左右のアンデットを袈裟斬りにする。


 動いているのは間違いなく自分の体だ。

 だが、僕の意思や、能力とは関係なく、動いていた。


 さらに返す刀で、さらにもう二体斬り捨てる。


 身を翻す時に、村長とキリウスが見えたが、その表情は驚きに満ちていた。

 だが、驚いているのは彼らだけではない。

 誰よりも僕自身が驚いていた。


 まるで操り人形のように、自分の意思とは無関係に、剣を振るう。

 アンデットたちはなすすべなく、まるで刈られる雑草のようにバタバタと倒れていく。


 ――全ての死体が再び眠りにつくのに、ものの3分もかからなかった。


 脅威が去ったとき、僕は自分の体が解放されたのを感じた。

 そして、気がつくと後ろには逃げていた村人たちが集まっていた。


 彼らは――村長も含めて、皆一様に僕のことをただただ驚愕の目で見ていた。


 だが、一人の村人が、口を開く。


「……エド、お前のおかげで助かった」


 それをきっかけに、村人たちが安堵の言葉を口にする。


「ああ。エドのおかげだ」


「剣の練習をしていたのは知っていたが、まさかこんなに強かったなんて!」


「本当に村の英雄だ!」


 と口々に賞賛の言葉を口にした。


 ――確かに、村の危機を救えたのはよかった。

 だが、それをしたのが自分だというのが全く実感がわかない。

 だって、僕にそんな力がないこと、誰よりも僕自身がよくわかっていたから。


 いったい僕に何が起きてるんだ。

 ――と、困惑していると、次の瞬間。


「あ、体勝手に操っちゃってごめんなさい」


 持っていた剣が突然光だす。

 そして次の瞬間、僕の手から剣は消え、代わりに目の前に一人の少女が姿を表す。


 それは、先ほど洞窟で僕が――殺した少女だった。

 先ほど、確かに死んだはずの少女。

 それが、なぜか今目の前で立っていた。


 見ると腹部にあったはずの傷と、僕が刺した心臓の傷は、跡形もなく消え去っていた。


「ご主人様、体を勝手に動かしちゃってすみません」


 彼女はそう言って微笑んだ。


「……主人、だって?」 


 僕が聞き返すと、少女は微笑んだ。


「ええ。私の新しいご主人様」


 剣属の少女が、僕を「ご主人」なんて読んでいる。


 ――一体、何が起きてるんだ?

 

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