第三章

第三章

「一体、何を話しているんですかねえ。校長先生は。」

と、国語の先生が言うほど、校長先生と、警察の人の話は、まだ続いていた。

「たぶん、朝原信夫の事だと思うんですけど。まあ、良かったですよね。これで、朝原信夫は、学校には戻って来ないでしょうから。」

と、若い英語の先生が、そんなことを言い出した。

「そうですよね。僕も、いつあいつに殴られるかわからないので、ひやひやしてましたよ。ま、もうここにはいないから、そんな話をする必要もないんでしょうけど。」

「ええ、あたし達も、安全が保てて、安心して授業をやってあげられるようになりますし、生徒だって、

落ち着いて授業を受けられて、やっと学校らしさが戻ってきたんじゃないかしら。ま、もう学校には戻ってこないんですから、これからはのんびり授業をしてれば其れでいいわ。」

この二人の先生の話を、金本先生が聞いたら、きっと真っ赤になって怒るだろうなと思いながら、植松はそれを聞いていた。しかし、聞き流そうと努力しても、それは出来なかった。結局、全日制であれ、通信制であれ、学校の都合通りにいかない生徒は、こうしてごみみたいに捨てられてしまうのだ。そして捨てられるのが当たり前だと、周りの生徒にも知らしめさせ、自分たちが正しいと主張する。

「まあ、朝原は鑑別所に送致されて、少年院に送られるでしょう。そうすればもう、あたしたちがかかわる必要もなくなりますよ。まあ、変な形になっちゃったけど、朝原をこの学校から出すことには、成功したんじゃないですか。だれでも卒業させようなんて、そんなこと、出来る時代じゃありませんよ。できない人はすぐ追い出して、出来る人たちだけを見ていくようにしていかなくちゃ。そうでなければ私たち、体がいくつあっても足りませんわ。」

英語の先生はそんなことを言った。すると、職員室のドアがぎいと開いて、校長先生が入ってきた。

「先生方、一寸よろしいでしょうか。朝原信夫について、警察の方が聞きたいことがあるそうです。なるべくおかしな誇張はせずに、正確に答えてやってください。」

はあ、何だろう、と思いながら、植松は校長が入ってくれと促した、刑事さんたちの顔を眺めていた。

「それでは、ちょっと先生方にお伺いします。朝原が、学校でどんな生徒だったか、授業態度や、家庭生活などできるだけ詳しく教えてください。」

刑事さんは、そんなことを言った。

「ちょっと待ってください。そういうことは、朝原が自分で言うんじゃありませんか。大体の不良生は自分は教育を受ける権利があるのに、そういう教育を受けてないとか、自分勝手なセリフばっかりいうモノですよね。」

と、国語の先生がいう。確かに、不良生がそういうことを口にすることは多いが、刑事さんは、それを聞いてこんなことを言った。

「いや。そのような事は全く言っていません。そのように口にしてくれるんだったら、我々は学校にお願いしに来る事はありません。」

刑事さんはそう答えた。

「お願いって何ですか?あたし達に、何のお願いがあるんですか。もうその生徒なら、学校ととっくに縁が切れたとあたしたちは思っていますけど。」

英語の先生がちょっと強く言うと、刑事さんも強気になったらしく、

「学校とは縁が切れたって、少なくとも、先日まではこの学校に来ていたんですから、そのようなことは言わないでもらえないでしょうか。先に、こちらの方から申し上げましょうか。現在、朝原信夫を取り調べしていますけど、彼はどういうことか、一言もしゃべらないんですよ!だから、学校の先生にお願いしているんでしょうが!」

というのだった。これには植松も驚いてしまった。あの、朝原が、どうして何もしゃべらないでいられるのだろうか?

「もう、そんな事は言わなくたって結構です。とにかくあたしたちは、あの生徒と縁が切れてやっと安心して授業ができるようになったんですから。あの子のことを調べるのは、刑事さんの仕事でしょ。それを私たちに押し付けるのはやめてもらえませんか!」

英語の先生がそういう通り、学校の先生という人たちは、他人の話をなかなか聞かないという現象に陥りやすいようである。周りから、先生先生と慕われることから、知らないうちに自分が偉いと勝手に勘違いしてしまうのだろう。

「そうですけど、こっちも困るんです。私たちに対して、朝原は何も口を開いてくれません。私たちがいくら有能な取調官を、とっかえひっかえ付けさせても同じなんです。しまいにはどの取調官も匙を投げてしまいました。ですから、朝原が学校でどんな態度をとっていたのか、知りたくて来たんですよ。しまいには、取り調べが何もできないまま、検察庁へ送ることになってしまいます!」

刑事さんも必死なようだ。そういうところから見ると、朝原が警察署で黙秘していることは確からしい。

「もう、警察の方だからと言って態度が大きいですよ。私たちは、これでも他の生徒の事もありますし、中には受験の準備で大変な生徒もいます。そんな生徒のためもありますから、これ以上警察に話をしている暇はありません!」

国語の先生がそういうことを言う。植松は、以前誰かが言っていた、阿羅漢という言葉を思い出した。阿羅漢と呼ばれた人たちは、釈尊の話をしっかりきがずに、勝手に修行をしていたというが、それはこういう人たちの事を言うのだろうか。

「さあ、授業がありますので、刑事さんたちはもうお帰りください。あたしたちは、あんな不良生に付き合っている暇はありませんよ。」

と、英語の先生も立ち上がってしまった。国語の先生も、僕も失礼します、と言って、どんどん立ち上がり教室へ行ってしまう。校長先生は、それをただ眺めているだけだった。刑事さんたちは、あーあ、とため息をついて、しかたなく帰るか、なんて言いあっていた。植松はそれを見て、ちょっと勇気を出して、

「あの、刑事さん、ほんの少しなら僕が協力しましょうか?」

と、言ってみた。

「僕はまだ、この学校に赴任してきたばかりなので、余りその生徒について詳しくは知らないのですが。」

「いえいえ、大丈夫です。ほんのちょっとの情報でも、捜査にとって重大な足掛かりになってくれることは、我々はよく知っております。それではですね、先生が知っている限りの事で結構です。朝原信夫がこの学校でどんな生徒だったか、詳しく聞かせてください。」

植松がそういうと、刑事さんたちは、藁をもすがる思いだったのか、植松にそうお願いしてきた。という事は、よほど捜査で困っているのだろう。そういう時には、金本先生がいてくれたら、もっと役に立ってくれるのにな、と、植松は思わずにいられなかった。

「はい、彼と顔を合わせたのは、数学の授業の時だけですけどね、他の子は、センター試験の対策問題集を勝手にやったりしていることも多かったのですが、彼は僕の授業を聞いてくれました。最も、他の先生の授業のときは、まるで授業を聞こうという雰囲気ではなかったようですが。」

「はあ、そうですか。それでは、すべての先生に反抗的なことはなかったんですね。」

植松がそういうと、刑事さんは、興味深そうに言った。

「ええ、僕の授業のときは聞いてくれましたよ。まあ確かに男子生徒ですので、数学何かが面白いと思ってくれる子が多いですけどね。ただ、僕としましては、、、。」

植松は一瞬言葉に詰まった。

「僕としましては何でしょう。」

刑事さんはそう突っ込んでくる。全く、警察の人は、まるでテレビ番組を批判する人みたいに、細かいところまでチェックするんだなあと思ってしまった。

「ええ、そうですね。これは言いにくい話なんですが。まあ、最も、全日制の学校であれば、ここまで込み入った話はしないと思うんですけどね。この学校では、命の大切さとか、生きることの大切さとか、特別授業で考えさせたりするのですが。」

「ええ、それは校長先生から伺いました。そういう特別授業も行われていると。」

刑事さんは、植松の話に、相槌を打った。

「そうですね。実は、以前の事なんですが、命の大切さについて作文を書くという、特別授業が行われたことがあります。ですが、その時、朝原君は、命は大切だ、でも理解できないという内容の作文を提出しましてね。それが学校で問題になったことがありました。」

「そうですか。つまり朝原信夫は、人の事を平気で殺してもいいと考えていて、それでそのような内容の作文を書いたという事でしょうか?」

刑事さんの話は、ちょっと怖いなと思われる箇所があった。まあでも、犯罪者ばかり扱っている人だから、そうなってしまうのだろう。

「いや、それはですね、、、。」

と、植松は言った。

「これは僕の個人的な意見ですが、朝原君がそういう快楽殺人のようなものを、平気でするような子には思えないんですよ。彼の家は、父子家庭で、確かに貧しい家庭ではありますけどね。これまで、それを根に持って他の生徒をいじめたとか、そういうことは全く起こしたことがありませんでした。確かに、乱暴で、ちょっと頭に血が上りやすいタイプであることは、認めます。しかし、そういう子であっても、人にけがをさせたりとか、ましてや人を殺すようなことに、快楽を覚えてしまう事は、まずないと思います。」

「先生、それはなにを根拠にそういうことが言えるのでありましょうか。今の子は、普通の顔をして居ていても、異常な感情を抱えている子は、いくらでもいますよ。」

植松の意見に刑事さんは言う。

「根拠というようなものは、僕はよく知らないですよ。確かに周りの生徒とトラブルを起こして、けんかをすることは何度もありました。しかし、生徒たちに話を聞くと、確かに朝原君は、けんかをよくしましたが、それは、悪い生徒に絡まれそうになった生徒を、助けようとして喧嘩をしたそうです。」

植松は、返答に困ってそんなことを言った。

「そうですか。そのような事が、ありましたでしょうか?」

刑事さんが植松に再度聞くと、代わりに校長先生が、

「ええ、以前の事になりますが、他校の生徒が、覚醒剤の取引に関わっていたことがあり、その子を助けるために、朝原が喧嘩をしたという事が確かにありました。そのほか、これもまた本校の生徒ではありませんが、親の不祥事で、やくざからゆすりをかけられたことがあった高校生がいまして、その子を助けようと、朝原が喧嘩をしたことがあります。この二つの事件は、本校でも大問題になりましたので、よく覚えております。」

と言い出した。刑事さんは、そうですか、それをもうちょっと詳しく教えてくださいと言って、また校長先生と話を始めてしまった。植松はまたはじき出されてしまったが、校長先生が話すことを聞く限り、決して朝原信夫は不良少年ではないと思った。とりあえず、刑事さんは、校長先生とお話をして帰っていったが、植松はもうちょっと朝原君に、接してやれればよかったな、と反省した。


その日、学校が終わって、道路をふらふらと歩いて自宅に帰る植松であったが、何だか自宅に帰ろうという気にはなれなくて、ラーメンでも食べて帰るか、と考えていた。あまりにもぼんやりしていたから、前方から、松葉づえをついた老人が、歩いてきたのにも気が付かなかった。

突然、植松はごっつんこと何かにぶつかった。人がひっくり返る音と、松葉杖がカーンと音を立てて倒れるのが聞こえてくる。

「いてててて。ちゃんと前を見て歩いてもらえないもんかね。したばっかり見て、そんな方向を見ていたら、碌なことがないよ!」

と、相手の老人は、頭をかじりながら、そう立ちあがった。植松は、老人なのに、よくそんな体力があるなあと思っていたら、

「あっらあ、植松先生、どうしちゃったの?」

と、ベレー帽を取って、にこやかに言う老人は、金本先生であった。

「あ、か、金本先生じゃないですか!もう歩いてもいいんですか?」

植松がびっくりしてそういうと、

「嫌ねえ、医者には、まだ歩くのは少しだけにしろと言われているんですが、もう家の中にいると、気がめいってしまってどうしようもないものですからね。」」

と、金本先生は、目の前に落ちていた鞄を拾い上げた。その中に、崩し字がびっしり書き込まれた手帳が入っているのを見て、植松はさらに驚く。

「金本先生、何ですか、その手帳は。休養中なのに、そんなに出かける予定が詰まっているんですか?」

「いやあ、これは単なるメモ書きですよ。調べ物をしていると、年寄りですからすぐに忘れてしまうのでしてね。なので、それを忘れないように書いておくようにしているんです。」

金本先生は、変なことを言った。

「調べものって何を調べているんですか?もしかしたら、哲学書でも読んでいるとか?」

植松が聞くと、

「いいや、違う。鮫島徳子さんの事で。」

と、金本先生はきっぱりと言った。

「そんな、生徒の個人的なことをそんな風に調べて、いったいなにをするつもりなんですか?金本先生は。そんなことをしたら、プライバシーの侵害で訴えられてしまいますよ。」

「訴えられてもいいでしょう。そのくらい、この事件は深刻な事件ですよ。単に、朝原信夫君が、学校の先生に暴力をふるったという、単純な事件ではありませんよ。」

「へええ?」

一体何を考えているのかと、植松は驚いてしまったが、金本先生は深刻な顔をしていた。

「植松先生、こんなところで話していたら、夜は冷えますから、どこか暖かいところでしませんか?」

金本先生はそんなことを言った。確かに道路は寒かった。植松は、仕方なく、金本先生の話を聞いてみることにした。

「じゃあ、行きましょう。この先に茶店がありますから、そこでゆっくり話せばいいでしょう。」

足を引きずり引きずり、金本先生は茶店に向かって歩いて行った。本当に最近の高齢者は、元気だなあと思いながら、植松は金本先生の後をついていく。


二人が入ったのは、茶店ではなくてラーメン屋だった。看板にはへたくそなひらがなで、「いしゅめいるらーめん」と書いてある。

「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きなお席にお付くださいませ。」

と、中年のおばさんが二人を出迎えた。植松と金本先生は、とりあえず、一番後ろのテーブル席に座る。

「あんた、ほら、お客さんだよ!すぐにお品書きを出してやってよ!」

と、おばさんがでかい声でそういうと、厨房から、明らかに外国人の雰囲気は持っているが、どこの国なのかは特定しづらい顔つきの外国人の男性が、ふらふらと出てきて、

「あれれ、杉ちゃんたち以外のお客さんは、滅多にないな。」

何て言いながら、二人にお品書きを渡した。ところがそのお品書きの書き方がおかしいのだ。へたくそなひらがなで書いてあるのだが、逆を言えばそれしかない。まるで小学校の一年生が書いたようなお品書きである。とりあえず、植松は野菜ラーメン、金本先生はわかめラーメンを注文した。

「で、金本先生、なんで鮫島徳子の事をそんなに調べているんです?さっきも言いましたけど、あんまりこそこそしていますと、おかしな人と勘違いされますよ。」

植松がもう一回言うと、金本先生は真剣な顔をしてこう言いだした。

「そうですね、今日は、鮫島徳子さんのかかっている、心の病気について、影浦先生のところに行きまして、お話を伺いました。」

「ええ!待ってくださいよ。そんな、影浦医院まで行って、話を聞いてくるなんて、ちょっと金本先生もやりすぎなのではありませんかね。」

「いえいえ、学校の関係者だと話したら、すぐに協力してくださいましたよ。影浦先生も彼女には手を焼いているようです。」

と、金本先生は手帳を取り出した。

「はあ、そうですか。しかし、そういうことは割とデリケートなことですから、慎重にやらないとだめだと思いますけどね。で、影浦先生は、なにか仰っていましたか?」

「それがですね。」

金本先生は、こんなことを語りだした。

「鮫島が、影浦先生に話す主訴について、ちょっと聞きだしてみたんですが、鮫島は、影浦先生に、どうしても生きていたくないんだと話しているんだそうです。それではいけないと影浦先生が言い聞かせてもだめなんだそうです。お父様やお母様が、あなたのために働いているんだと言っても、それがかえってつらいんだと。もう、お父さんやお母さんの生きがいだけになるような生き方はしたくない。お願いだからもう解放してくれ、というのだそうです。」

「そうですか、、、。学校ではそういうことはみじんも見せず、一生懸命勉強をしている、優等生だと思っていましたが、、、。」

植松は、金本先生の話に驚いてしまった。

「誰でも、親御さんは、子どものために身を粉にして働いているという事は確かですが、彼女の場合、それが、かえって心の負担なのではないでしょうかね。周りの人たちも、それに対して、しっかり答えるように要求するでしょう。私生活では、衣食住は全部家政婦にまかせっきり。きっとご両親は、彼女と接する時間を増やすためにそういうことをしているんだと思いますが、彼女はそれがかえって、負担になっているという事でしょうな。」

「はあ、ええと、そうですか。それと、朝原信夫とはどういう関係で、、、?」

植松がそう聞くと、金本先生はこういった。

「ええ、私の勝手な推測ですが、彼と鮫島さんは、親が子供のために一生懸命働いていて、それが負担になっていることが共通していて、なにか見えない力のようなものでつながっているのではないでしょうかな。おそらく、今回の事件の黒幕は、彼女だと思います。彼女が、朝原君に、あの先生に暴力をふるえと指示を出したのではないでしょうか。私はそう思っているんですがね。」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!あんな優等生が、そんなことを指示するでしょうか?第一鮫島は成績も優秀だし、学校生活に不満何かないはずでしょう?」

「まあまあ植松先生、そう見えますが、意外にそうじゃないのかもしれませんよ。」

植松が驚いてそういうと、金本先生は、そういった。植松はそんな馬鹿な、、、と顔から血の気が引いてくるのが自分でも感じられた。

「全く、そこのお二人さんは、すごいことを話しているね。」

先ほどの外国人、つまりぱくちゃんが、ラーメンのどんぶりが乗ったお盆をもってやってきた。

「日本の学校ってのは、そういう汚い場所になってしまったんかい。僕たちのところでは、学校なんて、高嶺の花だったのに!」

ぱくちゃんはそういって、植松の前には野菜ラーメン、金本先生の前にはわかめラーメンを置いた。



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