第4話「屈託のない笑顔のリカちゃん」


※ ※ ※



金曜日



※ ※ ※



オレが小西の日記帳を勝手に読んだことがバレて以来、あれから小西と口を利いていない。今日のMステに「King Gnu」が出演していて、このアーティストが大好きないつもの小西なら、オレに必ずラインを飛ばしてくるはずなのに、その便りも今夜は届いてこない。オレが思っているより、小西の怒りは凄まじいものなのかもしれない。小西はオレの親友だったし、オレは小西のことが好きなので、また楽しく話ができる仲に戻りたいと思っているのだけど。


だが今夜はもう寝て、仲直りする方法を明日しっかり考えてみるとしよう。




※ ※ ※



土曜日



※ ※ ※




今日は一日中、小西が口を利いてくれるであろうキッカケ作りを、ずっと考えていた。そして寝る前になって、今やっとその計画を閃いたのだ。




リカちゃん人形を使うのである。




リカちゃん人形を通学鞄に取り付けて学校へ登校し、その見た目のインパクトで小西の目を引く。高校2年生の、それも自分の親友だった男が、鞄にリカちゃん人形を取り付けて登校している姿を見たら、オレに無視を決め込んでいる小西でも、さすがに反応せざるをえないのではないか?普通の神経を持ち合わせていたら、目に飛び込んでくるリカちゃん人形の存在が気にならないわけがない。それを見たら 思わず


「やぁ大東!なんだいその人形は!?」


と声を掛けてくるはずだ。我ながら妙案が浮かんだものである。そうと決まったので、明日はオモチャ屋さんに出向いて、リカちゃん人形を買ってくることにしよう。





※ ※ ※



日曜日



※ ※ ※






軽く昼食を済ませ、さっそく近所のオモチャ屋さんにリカちゃん人形を買いにきた。入店し少し店内を探すと、箱に入ったピンク色のフリフリ衣装を着たそれを見つけることができたので、お店の陳列棚に並ぶその箱を、一つ手に持ってレジへ並んだ。高校2年生の男子であるオレが、リカちゃん人形を買うためにレジに並ぶことが、恥ずかしくないわけではなかったのだけど、そこは


「年の離れた幼い妹のためにリカちゃん人形を買いにきましたが、何か問題でも?」


という偽りの


「妹思いの良い兄貴オーラ」


を身に纏い店員さんと対峙して、その場をやり過ごした。そして無事に


「リカちゃん ドールアクセサリー スイートピンク」


を定価980円をGETすることに成功したのである。


家に帰宅し、すぐさま箱から


「屈託のない笑顔のリカちゃん」


を取り出して、通学鞄の目立つ所にヒモでくくりつけた。これで計画の準備は完了だ。





※ ※ ※



月曜日



※ ※ ※






少し早起きをし、小西が学校に登校して来るのを、学校の近くで待ち伏せすることにした。その間、様々な人たちがオレの横を通り過ぎたのだけど、思わぬ事態に。


「ピンク色でフリフリの衣装を着ているリカちゃん人形」


を、自分の鞄に取り付けて、人が通る表に立ち続けるのは、精神的にかなり辛かったのだ。



これは苦行だろうか?



すれ違った女子高生はまるで汚物を見るような蔑みの目でオレを見てくるし、通学中の小学生たちは、その純真無垢な興味心を隠そうともせずに、オレの事を指差しながら騒いでいたし、一部「オタク」と思わしき男性は「うんうん」と うなづきながら、恍惚の表情でオレを見てきたのだけども


「オレはあなたにうなづいて欲しくて、こんなことをしているのではない!」


という思いが湧いてきてしまって、恥ずかしいやら腹立たしいやら、もうそのグチャグチャな感情は、この計画を実行したオレを後悔させるのに十分なパワーを含んでいて、なお余りあるものだった。高校2年生の男子が、フリフリ衣装のリカちゃん人形を自分の鞄に取り付けて、表に立つリスクを考えたら、こうなる事は容易に予想できたはずだったのに、この計画を考えた時には、小西が話しかけてくれることだけが頭に浮かんでいて、こんな事態になることを全く予想ができていなかったのだ。









久しぶりに心が折れかけた









その時


やっと待ち人が現れた。







オレの思いなど全く知る由もない小西が、遠くからこちらに向かって歩いてくるのが見えた。



これは彼に目掛けてやっていることだから、彼が興味を持ってくれることだけが、何よりの心の救いなのである。






小西が近づいてくる。




近づいてくる小西。







だが小西が近づいてくるにつれて、小西が手に何かを持って、それを見ながら歩いているのが見えてきた。








そして、オレの目の前を何事もなかったかのように通り過ぎる小西。








肝心の小西ときたら、全くこちらを見る素ぶりもなく、その手に持ったスマホをいじりながら、オレの目の前を通り過ぎていったのだ。






スマホに夢中の小西。全くこちらに気づいていないのだから、どうしようもない。こちらから声を掛けるわけにもいかず、ただ黙って彼を見送ることしかできなかった。




鞄に取り付けられた「屈託のない笑顔のリカちゃん」は、何がそんなに楽しくて、ずっと笑っているのだろうか?






オレは完全に心が折れてしまい、笑顔のリカちゃんをすぐさま鞄から外し、それを光の速さで制服の胸ポケットにしまい込んだ。その時の勢いで、ピンクのフリフリ衣装がリカちゃんから脱げたような気がしたが、リカちゃんは何が起きても笑顔なので、さして問題はないだろう。



そう思いながらも、やはり落胆をしながらオレは学校に入った。今日も小西と話す事ができなかったのは、とても残念だ。



この計画は


「小西の ながらスマホ」


によって失敗に終わったのである。



「ながらスマホはしてはいけない」


と世間一般で言われている事の意味を、理解した瞬間だった。






※ ※ ※




その夜




※ ※ ※









そしてオレは、小西と仲直りをするための、次なる妙案を思いついたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る