第3話「ちょんまげ」

沈黙から数十秒経過して、コンビニの外に響くセミの鳴き声が、2人にじっとりとした汗をかかせる。


その沈黙を破ったのはオレからだった。


「確かにアイスを選んだのは小西、お前だ。運が良かったのはお前だとも言えるだろう。だがアイスのお金を払ったのはオレだ。その当たり棒のオーナーはオレだと言えるのではないか?なぁ小西よ」


「当たり棒のオーナーって何だよ」


「アイスの当たり棒がプロ野球選手だとするならば、オレはその当たり棒が所属する球団のオーナーだという話さ」


「よく分からない話をするんじゃないよ」


「おい小西、お前オレが がめつくてセコイ人間だと思ってるんじゃないだろうな?そう思われてるなら心外だぜ。オレは真っ当な要求をしているだけだ」


「大東よ、いまはお前のセコさしか表れていない。そしてお前のよく分からない話とは裏腹に、おそらくこの話は誰に聞いてもらっても、この当たり棒はオレのものだと、普通はそういう結論になる」


「まて小西、世の中には普通なんてものは存在しないのだぜ。みんな特殊でみんな違う。その多様性を受け入れることが生きるということではないか?」


「ガリガリ君の当たり棒の話だ。こんなタイミングでお前の熱い哲学を語るんじゃないよ」


小西は一つ溜め息をついて、そして続けた。


「じゃあ分かったよ。オレはこの当たり棒に執着なんてしちゃいない。よこせと言われるならば喜んで渡すぜ。確かに このアイスのお金を払ってくれたのはお前だ。この当たり棒を所有する権利はお前にあるとも言えるだろうしな」


「それは心の底から納得しての返答かい?」


「そんなわけねぇだろ。めんどくせぇから、こんな当たり棒なんていらねぇって話だ」


「お前が納得していない そんな当たり棒なんて受け取ることはできない」


「めんどくせぇ奴だな。じゃあオレはどうすればいいのだ?」


「なぁ小西。鳥は何故鳴くのだろう?」


「…何の話だ?」


「スズメであるならばチュンチュン、カラスであるならばカァカァ、あの鳴き声で何が表現されているというのだ?」


「…知らないよ」


「オレにもよく分からないのだ。世の中にはよく分からないことが多過ぎる。そしてなぁ小西、童謡の『森のくまさん』という歌があるだろう?」


「森のくまさん?」


「ある日森の中で少女が熊に出会う歌さ」


「お前は何を言っているのだ??」


「あの歌の3番の歌詞さ。『ところが くまさんが あとからついてくる トコトコトッコトッコト』って。そのニュアンスってのは、凶暴な熊が少女を後ろから追いかけてくるという怖さが表現されていると思うのだ。」


「……」


「そんな怖い歌を童謡として少年少女に聞かせてもいいのか?オレはあの歌が怖い」


「オレはお前が怖いよ」


「なぁ小西。オレはなんだか疲れちまった」


「…なぁ大東よ。なぜお前はオレにガリガリ君を奢ろうと思ったのだ?お前がオレにガリガリ君を奢ろうなんてしなければ、こんな風になりはしなかったのだぜ?」



それを言われてハッと我に返った。オレは小西から受けた恩を返そうと思い、彼にガリガリ君を奢ったのだと思い出した。






オレは何をしているのか







「なぁ小西よ!」


「なんだよ!?」


「ありがとうよ。大事な事を思い出させてもらった」


「大事なことって何だ?」


「友情さ。お前はオレの親友だったってことだ」


「まぁなぁ。お前の そのこじれた考えや発想は面白いと思うぜ」


「当たり棒はやっぱりお前のものにしてくれ」


「なんだよ急に。今までのやり取りは何だったのだ」


「いやしかし小西よ、すまなかったな。でもありがとうよ」


「何がだい?」


「この前オレが2千円の靴を2万円と言って嘘をついたことについて、お前がその場では話を合わせてくれたことさ」


「!?…どうしてお前がそのことを知っている!?…お前まさか!どこかでオレの日記を勝手に読んだのか!?」









しまった。感極まって下手をこいた。










「なぁ小西」


「なんだよ!?」







……



………




「なんで江戸時代の人たちは『ちょんまげ』みたいな髪型をしていたのかな?あの髪型を発案した人って前衛的すぎると思わない?」


「うるせーよ!」




そして小西は、その日からしばらくはオレと口を聞いてはくれなくなった。

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