8 Reverse Ideology
ナキリの里は思っていた以上にきれいに整備されていた。
廃墟と化した村を占拠したと聞いていたが、どうやら一旦は建て直したらしい。
封印の騎士団が突入した時には、ナキリたちと狩人の戦闘が各地で行われていた。
手負いの狩人と交代し、騎士団員がナキリたちと交戦することになった。
「何で騎士団が?」
「と、とにかく、頭領に報告だ!」
奇襲は成功したらしい。
予想外の介入で、彼らは慌てふためいている。
そのすきを突き、次々に捕らえていく。
地上のほうはあらかた片が付くだろう。
問題は地下の方だ。これから実験施設へ向かい、ナラカを回収しなければならない。
エルドレッドを含む数人の騎士が回収を任された。
倉庫の中に地下へ向かう階段を見つけ、ひたすらに下っていく。
この道中、モモの姿を見かけていない。
戦闘で手負いになっているわけでもないらしい。
彼女も同じようにこの道を見つけ、下ったのだろうか。
階段を下り、地下へと潜っていく。
数階降りたところで、大きな広場に出た。
壁の穴にろうそくが立てられ、周囲を囲んでいる。
奥にある机以外、特にこれといったものはない。
これが地下の集会場だろうか。
「いたぞ!」
幾重にも重なった手錠がクルイたちの全身を拘束し、その鎖の先には血を流して倒れている狩人がいた。ここで戦闘があり、狩人が捕らえた後だった。
「おい、何があった!」
救急キットを取り出し、応急処置を始める。
傷はそこまで深くはない。地上へ連れ出せば、回復できるだろう。
「騎士団か……ここでクルイと戦闘になったんだけど、一人逃げ出した奴がいて!
そこの階段を下ってった! 仲間もそいつを追ってった!」
彼が顎でしゃくった先に、下り階段があった。
「エル、行け!」
仲間の言葉に一つうなずいて、エルドレッドは走り出した。
まさか、この先に彼女はいるのか。嫌な想像が頭の中で膨らんでいった。
モモは倉庫に隠されていた階段を誰よりも早く見つけていた。
高く詰まれた木箱の裏にレバーがあり、手前に引く。
すると、下へ向かう階段が現れた。
幻術対策が必要と言われ、とりあえずコンタクトをはめたのはいい。
これで幻術以外にも、魔法も見破れるようになった。
部下たちは幻術どころか魔法も使えないらしい。
彼らは刀や金棒などの武器を使用し、戦闘していた。
そう考えると、幻術が使えるのは頭領のオボロのみなのだろう。
必要最小限の手間で済むようだ。
さて、問題はこの階段だ。
地下へ向かっているらしいが、ここまで簡単に見つかってしまうものなのだろうか。
幻術魔法はかけられていない。
何かしらの壁が張られているわけでもない。
これといった罠も特にない。
これが仮に実験施設へ向かう階段だとしたら、いくら何でも隠し方が適当すぎやしないか。警戒心がより強まっていくと同時に、不思議と好奇心も湧いてくる。
「おーい、何か見つかったか?」
わざと誘っているのだろうか。
それとも、この先に罠があるのだろうか。
「あ、こら!」
先に様子を探りに行った方がいい。
階段を下る彼女に気づいた仲間たちも階段を下っていく。
しばらく下ると、大きな広場に出た。
机と火が灯っているろうそく以外、特に何もない。
地上の面積が狭い分、地下を広く使って好き放題しているのだろう。
後から仲間たちがこの階に着き、広場を探索し始める。
その後すぐに、クルイたちがどこからか現れ、その奥に着流しの男がいた。
「来るぞ!」
ここにいる彼らもそれぞれ武器を持ち、戦闘を仕掛けてきた。
部下たちに戦闘を任せ、着流しが階段を下って行ったのを見逃さなかった。
後から来た仲間たちを置いて行き、彼女は男を追った。
階段をさらに降りた先に、その男はいた。
彼を取り巻くように、ガラスケースがずらりと並んでいる。
ケースには生物が入れられ、鎖で繋がれている。
翼やうろこが生えたもの、牙が伸びているもの、種類は様々だ。
ただ、彼らは虚ろな目でどこかを見つめている。
「こいつらは家畜だよ。ただの失敗作さ」
男はゆっくりと振り返った。
橙色の着流しに腰にさしている刀、黒髪から生えている2本の角、まさしく鬼だ。
失敗作。改造実験で失敗したということか。
そこにいる生き物たちが人間であり、被害者であるということか。
何をしたらこんな化け物が生み出せるのだろうか。
自然と笑い声が漏れた。なんて滑稽なのだろう。
生き残っている被害者を救出できたらと、そんなことを考えていた。
「失敗作か……」
彼らの空虚な目がすべてを物語っているではないか。
絶望の底へ叩き落された彼らを救えるのは、もはや死神だけだ。
そこへ誘ったのが、目の前にいる鬼だ。
「それって、文字通りの人間失格ってこと?」
だから、怯まずにいつものように軽口をたたく。
こうでもしないと、やっていられない。
「オレらに目をつけられた時点で、人間試験に失敗してるようなもんだな」
「そんな試験があるなら、生まれた時点ですでに試されているわけね」
「それはなんだって同じだよ、オレも変わりはしない」
天井の蛍光灯はぱちぱちとついたり消えたりして、安定しない。
いつ照明が落ちてもおかしくない。
「現実と幻の境界があいまいになるその瞬間、弱き心は揺らぎ始める。
やがてオレたちの世界に魅せられ、堕ちていく。
夢幻へ誘うオレのことを、人は「朧」と呼ぶ」
「どうも、こんにちは。あなたがオボロさん?」
「こんな可愛い娘ちゃんにまで俺の名前を知られてるなんてねえ、光栄極まりない。
そうだ。夢幻の朧とは、オレのことだ。
遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」
わざとらしくお辞儀をする。
「その服装、娘ちゃんは狩人かな? 騎士団の連中は……ああ、そういうことか」
納得したようにうなずいたところを見ると、この奥に邪神が隠されているらしい。
騎士団が来なければ、邪神はどうにもできない。
とりあえず、この男を捕らえるしかないか。
「どう隠しても無駄だよ。小さな点が線を結ぶことだってあるんだから」
「算数の問題かね、娘ちゃん。計算は苦手だ」
「私はアンタが苦手だよ」
手錠を構える。
話を変な方向へわざとずらそうとする。
その話し方で被害者をさらったのだろうか。
「しかし、オレと同じ匂いがするのは何でかな?」
顎に手をやり、首をかしげる。
「匂い? アンタと一緒にしないでくれる?」
「ああ、そういうことね。こういうことってあるんだな」
面白そうに声をあげて笑いはじめた。何に気がついたのだろうか。
「オレは運命とかあんまり信じないタチなんだけどさ。
こうして会ってみると、逃れられないモノってのは案外あるのかもしれないな」
運命という見えない未来を信じないのはモモも同じだ。
だが、そういうことを言っているわけではないのだろう。
この男は何に気づいた。何について話している。
「娘ちゃんをここまで来させたってことは、アイツらの仇討ちをさせたいのかな?
狩人同盟、なかなかいい性格してるじゃねえか。むしろ、望むところだよ」
オボロは軽く笑いながら、刀を抜いた。
彼の言うアイツらは、さらった人たちのことを言っているのだろうか。
仇を討つつもりはないが、そういうふうに考えることもできる。
モモをここまで来させたと彼は言うが、実験施設を破壊するように命令を受けたのも確かだ。
彼の話もある程度は通じる。
しかし、モモから感じたという匂いとまるで繋がらない。
何について話しているんだ、こいつ。
まだ何かあるのか、この里には。
「分かったところで、どうこう言えた問題でもねえよ。
誰もがよく聞くぞっとしない話だ。
そうさなぁ……このオレを捕まえられたら、教えてやろうかね」
オボロは刀で斬りかかる。
手錠で刀をはじき、一歩後退する。
モモを見て、彼の目はぎらりと光る。
「いい度胸だ。そのくらい骨がなきゃ、この世の中渡っていけねえよ。
そうは思わないかい?」
「そこにいる彼らを骨抜きにしたのはアンタたちでしょ?」
「おもしろいこと言うねえ、なおのこと気に入ったよ」
口を吊り上げながら、さらに刀を振るう。
彼女もすかさず警棒で応戦する。
刀をはじく感覚が手に伝わるのと同時に鳴る金属音。
感触はあるのに、手応えをまるで感じない。幽霊とでも戦っているみたいだ。
幻術は使っていないはずなのに、不気味さを覚えるのはなぜだ。
「余計なこと考えてんじゃねえ!」
意識がそれたその瞬間、警棒が手からはじき飛ばされた。
空中に舞うそれに一瞬だけ、目を奪われる。
オボロはすかさず刀で喉元を狙う。
「クソっ……」
小さく毒づいた。このままじゃ、やられる。
息をする間もなく、再び金属音が響いた。
見慣れた銀色の鎧が目に飛び込んだ。
少し離れたところで、警棒が落ちる音がした。
「朧月の夜が明けて、黄金の光が地上から昇る。
人はそれを太陽と呼ぶ……なんてな。
鬼たちはこのような名乗りを上げると聞いたが、意外と悪くないな」
彼は能天気な感想を漏らす。
大剣を構えなおし、彼はモモの前に立った。
ごてごての鎧、毛先がはねている赤髪、どこまでもマイペースな態度。
「何で来た!」
彼女は腹立たし気に声を荒げた。
「言っただろう、いざとなったら盾になると」
その約束をした覚えは彼女にはない。だが、その約束は果たされた。
モモの目の前に、エルドレッドが現れたのだった。
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