7 Heaven Island


突入作戦当日、狩人たちはポータルがある場所に集合していた。

周辺の道路は封鎖され、一般人は誰も通っていない。


ステラたち解析班はパソコンのキーボードを叩き、流れる文字に集中していた。

数分後に、何もない空間に大きな縦穴が出現した。

穴の先は山道が続き、雑木林が広がっている。


この山里のことは「天国の島」と呼ばれているらしい。

犯罪者たちの都合がいいようにしている場所を天国とは言わない。

それはただの無法地帯だ。


狩人同盟はここにいるだけで30名程度しかいない。

予想外の介入により、嫌気がさした者も数名いるようだ。

それはそれで構わない。最初から参加できる者たちだけで、作戦を行う予定だった。


ウィルが集った狩人たちの前に向き合う。トレンチコートに中折れ帽子を被った者やゴスロリや作業着など、個性豊かな面々が揃っている。

一見、ただのコスプレ集団だ。


しかし、彼らはこれからクルイを捕らえる狩人だ。

鬼が出ようが何が出ようが、彼らは関係ない。


「いいか、お前ら。今から、俺たちはナキリの山里へ向かう。

解析班がネットワークをジャックし、ポータルは開かれた」


ステラたちが一礼する。

ネットワークをジャックするだけであれば、数時間もかからなかった。

おそらく、侵入されても迎え撃てる自信があるのだろう。


「人口過疎によりゴーストタウンになった某県の集落を、オボロと呼ばれる鬼が率いる集団が占拠し、現在の組織の拠点にしました。

地下深くに実験施設を持ち、そこで被害者たちは改造されていたとのことです」


規模が小さいとはいえ、クルイの集団だ。

何をしてくるのか分からない。

新たに得た情報をステラは伝える。


「最悪、実験施設の破壊とオボロって奴を捕まえらればいいかな。

そこに関しちゃ、騎士団に任せられないし」


記録をたどっていくうちに、オボロの存在を知った。

彼がナキリたちの頭領で、今回の事件の黒幕とでもいうべき存在だ。

他にも部下を抱えており、その集落に住まわせているとのことだ。


「オボロは幻術を得意としていますので、対策をしたほうがいいかと思います。

他の部下たちも何かしかけてくるかもしれません」


「ま、山ん中だしな。何かしらの罠があることは十分に考えられる。

気を付けておいた方がいいのは、それくらいか?」


「そうですね、同じことを騎士団にも共有しておきます」


「幻術使い相手ってことは、相手の視界をかく乱させる魔法を使うなり、向こうの魔法が効かないように対策しとけってことかな。

思っている以上に小賢しい連中みたいだな」


「いっそのこと、電源を破壊して停電させるのもありかもしれませんね」


「屋内限定の裏技だな、そりゃ。まあ、そういうこった。

幻ってのはなぁ、見栄っ張りの雑魚がやる小細工だ!

だからと言って油断するな! 向こうが作った沼に落ちても知らねえぞ!」


幻術というのは視覚を利用した魔法のように思われるが、実は脳のほうに影響を与える魔法だ。相手を混乱させ、錯覚させる。

その技術は魔法というより、奇術に近いものがある。


だから、見えないものが見えてしまう。

対策をしっかりしなければ、相手の世界に引きずり込まれる。


「幻術対策ができる奴は地下に降りて、オボロってのを捕らえろ! 

他は地上で部下どもと戦闘、騎士団が突入した後は、地下に向かった奴の援護だ!」


ウィルがてきぱきと狩人に指示を飛ばす。


「ここを占拠するのは、人を人として扱わない外道どもだ。

情けなんてかけるんじゃねえぞ。奴らに正義はねえ! 気ぃ張ってくぞ!」


ウィルの声で全員が叫び、突入し始めた。

その中に、モモの姿もある。

全員が飛び込んだのを確認し、ウィルは一人残る。


「で、この後に騎士団が来るんだな?」


「ええ、その通りです」


「オッケーだ。しっかり見張ってろよ」


それだけ言って、最後にウィルが飛び込んだ。



数分後に、騎士団が到着した。

確か、当初の予定では100人程度とであると彼女は言っていた。

団員たちはそれぞれ鎧やパワースーツを着込み、戦闘の準備は万全だ。


「これがポータルか。初めて見るな」


カーネリアンも銀色の鎧に身を包み、見分するようにポータルを眺める。

眼鏡は外し、コンタクトをつけているようだ。


「この先に、ナキリの里があるんだな?」


「ええ、狩人同盟は数分先に突入しました」


「了解。それでは、手はず通りにお願いします」


カーネリアンは作戦会議へと戻った。

騎士団は騎士団で別の目的がある。

こちらの協力をしてもらいつつ、そちらも遂行してもらわなければならない。


あの後、記録をさらにたどったところ、ナラカは地下深くにある研究施設にあることが判明した。集会場にある物はレプリカで、本物ではないことが分かった。


ナラカを買い取ったのが、その朧である。

他のクルイからは「夢幻の朧」と呼ばれている。

彼の記録から、己の本能のままに生きている鬼であることが分かった。


多くの人に幻を見せて、だましては、改造実験などを行っているようだ。

その他にも人身売買などを行い、適当な人間を見つけては無理やり相手にさせている。


好色な鬼らしく、人を買いあさっては派手に遊んでいるようだ。

見たくもない記録を見て、彼は辟易していた。


子供ができた女はすぐに捨て、別の相手で同じことをする。

彼にとって、人間はおもちゃも同然なのだろう。


捨てられた女たちは、チャンスとばかりにナキリの里から逃げ出す。

逃げ出した後は、野垂れ死んだり、別の誰かに拾われたりしているようだ。


しかし、生まれる子供は鬼の血が混ざった人間である。

しかも、クルイと交わった子供でもある。


関係者ということで、殺されるのは目に見えている。

子供たちは母親の顔も見ないうちに、どこかに捨てられる。

捨てられた彼らはどこへ行くのだろうか。


そこまでの記録はたどれなかった。たどるつもりもなかった。

それ以上は限界だった。


「エルドレッド君、ちょっといいかな」


顔が見えない団員たちを全て把握している彼女は本当にすごい。

ステラは今のところ、声だけでしか判別できない。


「はい、何でしょうか?」


「モモのことなんだけどさ、余裕があるときにでも探してやってくれないかな」


「それは構いませんが……」


「こっちとしても、変なところに行かれでもしたら困るしさ。

お願いしてもいいかな?」


彼女もそこまで幼いわけでもない。

隊を勝手に離れることはないと思うが、念には念を入れる。


本当に変なところに足を突っ込まないよう、誰かが見張っていてほしいのが本音だ。

だが、そこまでの余裕は狩人にはない。


エルドレッドは静かに息を漏らした。


『ヤバいことになったら止めてくれそうだし』

『あの子のこと、お願いね』


シェリーの言葉を思い出す。

よかった、心配しているのは彼女だけではなかった。


「この前も、モモのことを守るよう頼まれたんです。

地雷は踏み抜くもの、まさにその通りですね」


ステラのシャツの文字を読み上げる。


隊長に言われても、話を無視するのは目に見えている。

どこまでも突き進んでしまうのが彼女なのだろう。


そのうち、どこかに隠されている地雷を踏んでしまうかもしれない。

そうならないように、探さなければならない。


「本来は俺たちがやらなくちゃいけないことだし、そっちに余裕がないことも十分に分かってる」


「ええ。俺もいざとなったら彼女の盾になると、約束しましたから。

エルドレッドの名に懸けて、彼女を連れて帰りましょう」


約束した以上は騎士として、当然のことをするまでだ。

首根っこを掴んででも、連れて帰ろうじゃないか。

改めて決意した彼を、ステラは眩しそうに目を細めて見ていた。


「だからさ! 何でこう、すらすらっとかっこいいセリフを言えちゃうのかな!」


「モモからはそこモテ案件と言われました」


「そこまでしてモテたいのかって? 気にしなくていいんじゃない?

無意識っていうか、本音なんだろうし……君の場合は」


本当のことしか言っていない。

嘘をついてどうするというのだろう。

エルドレッドは不思議に思いながら、首をかしげる。


騎士団にもオボロについて、情報を伝える。

鎧やパワースーツには相手の魔法をはじく機能が備わっているらしく、それを起動させれば問題ないとのことだった。


作戦会議も終わったらしく、カーネリアンは騎士団に向けて声を発した。


「みんな、準備はいいか! これから、ナキリの里へ突入する!

彼らは弱い人の心に漬け込み、踏みにじり、悪しき道へ進ませた!

先に突入した狩人同盟の協力もある! 決して恐れるな!」


騎士団員の声が一斉にそろい、空気を揺らす。

本当、うちとは大違いだ。


「封印の騎士団、狩人に続け!」


カーネリアンが先行して、穴に飛び込んだ。

続いて、騎士団員たちが飛び込み、ステラたちが残された。


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