9 Brave Hero


オボロによる攻撃はエルドレッドの大剣で防がれた。

仲間が増えて、彼はさらに楽しそうに笑う。


「今度は王子様のご登場ってか? 

いつのまに、娘ちゃんはそんな奴を見つけていたんだろうな?」


「生憎、俺は騎士だ。王子様にはなれない」


「確かに、娘ちゃんはお姫様ってガラでもねえか」


あ、これヤバい奴だ。モモは別の意味で危機を感じた。

二人の会話で大体察してしまった。


ある意味、一番出会ってはいけない二人が出会ってしまったのではないだろうか。


茶化しながら会話を進める鬼と冗談が通じない天然ボケの騎士。

これはまずい。非常にまずい。というか、さっきからそのノリは何なんだ。

助かったことには助かったが、ツッコミが追いつかない。


当のエルドレッドは、モモを見ると安心したようにため息をついた。


「やはり、ここにいたんだな。

地上に君がいなかったから、ずっと探していたんだ」


「わざわざ探さなくても、ここに来たんじゃないの?」


「確かにな。けど、君を守ると約束したのは俺だ。

首の根っこを掴んででも、連れて帰ると誓ったんだ」


いつの間にそんな物騒な誓いを立てたのだろうか。

話がかなり飛躍しているというか、何を目指しているんだ。


まさか、本当に王子様にでもなるつもり?


「……けど、助かった。ありがと」


「騎士として、当たり前のことをしたまでだ」


そのぶれない態度に安堵する自分がいる。

警棒を拾い上げ、エルドレッドの隣に立つ。


「オボロと言ったな。この周りにいる生き物たちはなんだ? 彼らが実験体か?」


「そうだと言ったら?」


挑発するような笑みを浮かべる。

エルドレッドはガラスケースをゆっくりと見回してから、ため息をついた。

ガラスケースの中で鎖につながれ、ただ息をしているだけだ。


「もう手遅れだったんだな……何もかもが」


「残念だったな、お兄ちゃん? 誰一人助けられなくて」


「そうか、そうだな。俺は誰も助けられなかった」


「それはアタシも同じだ。アンタ一人の責任じゃない」


彼らに生きる意志は感じられない。死を待っているだけの獣だ。

これ以上はどうにもならないし、どうにもできない。

彼らを救えない。この事実がずしりと重くのしかかる。


この光景を見て、モモはどう思ったんだろうな。

一番にここに来て、彼らを見て、状況を理解した。


心境は想像もつかない。ただ、俺以上に絶望を感じたんじゃないか。


隣に立つ彼女の表情はあまり変わらないように見える。

今、何を考えているんだろうな。

エルドレッドは深呼吸して、目を見開いた。


「ならば、お前を捕らえて彼らの無念を晴らすまでだ」


何かが奥底で静かに燃え上がるのを感じる。

大剣を握りなおした。


「そう簡単に心は折れないか……さすがは騎士だ。かっこいいじゃないのさ」


自分の目的はあくまでも、ナラカの回収だ。

それを見失ってはいけない。


だが、交わした約束を果たせないでどうして騎士を名乗れようか。

彼女を守ると決めたのは俺だろうが。


「例のナラカはこの奥にあるのか?」


「そうみたいだよ。どうする?」


「ならば、次は俺が相手をしよう」


「はあ?」


「またああなったら、どうするつもりだ。

俺が来なければ、君はとっくに死んでいたんだぞ」


彼の助けが入らなければ、喉元に掻っ切られ、今頃死んでいた。

だからこそ、必死に探し回っていたのだろう。

正論を言われ、ぐうの音も出ない。


「今度はお前さんが仇をとるのかい? 

いいねえ、男らしく一騎打ちといこうじゃないか。

そういうの嫌いじゃないよ。オレは」


オボロは刀を振り上げ、エルドレッドは大剣で受け止める。


違う、そういうことじゃない。

オボロの言っている仇は被害者たちのことではない。

別の何かについて話している。


ただ、その何かが分からない以上、説明のしようがない。

この里を調べ上げた時に、分かるのだろうか。

ステラたちに任せるしかないか。


オボロは幸いにも、モモを気にもとめていない。

なるほど、先ほどの戦闘で自分より格下と見たらしい。


いいだろう。眼中にないのであれば、好都合だ。

狩人らしく、せこせこと動き回ってやろうじゃないか。


モモは様子を伺いつつ、部屋を歩き回る。

手錠を構え、オボロの手元を見据える。


刀を持ち、両手はふさがっている。

すきを狙って、彼の手首を拘束する。

そうすれば、重い一撃が加えられるはずだ。


両者は一旦離れ、息を整える。ここだ。


彼女は手錠を投げ、オボロの手首を拘束する。

鍵がかかる音、ようやく捕まえた。

オボロが自分の手元を見たその瞬間、エルドレッドは彼を切り捨てた。


上半身が飛び、彼の体が硬い音を立てて落ちた。


「やったか?」


「待って」


モモが彼の死体に駆け寄る。

血は飛び散らず、ばちばちと火花が走っていた。

内臓の代わりに、精密機械やコードが露になった。


オボロ本人はそこにおらず、代わりにロボットが戦っていた。

最初からどこにもいなかったのだ。

どうりで、不気味さを覚えたわけだ。モモは肩を落とした。


「ステラの奴、幻術もくそもないじゃん」


「存在そのものが幻だった、というわけか」


「あんだけ脅しておいて……私はこいつのこと調べるから、アンタは奥に行って」


その場にしゃがみ、彼の体を探り始める。

部屋の奥に扉が見える。その奥の部屋にナラカが眠っているはずだ。

規模はあまり大きくないと聞いたが、油断はできない。


「……」


困ったことに、オボロの刀が彼女の喉元をかすめる場面が頭から離れない。

夢にまで出てきそうだ。


「さっきみたいになったら、って?」


心中を察したかのように、モモが声をかける。


「これだけ破壊されてたら、もう動けないよ。

予備電源とかもないみたいだしね。

しかし、どうしたもんかな。ステラたちを呼んだ方が早いかな」


淡々とロボットを見分している。

これだけいじっているのであれば、本当に大丈夫なのだろう。


「何かあったら、君だけでも逃げろ。俺のことは気にするな」


それだけ言い残して、奥へと向かった。


「何にビビってんだか……」


約束を破ることか、あるいは自分が死ぬことか。

どちらにせよ、彼は恐怖感を抱いている。

それは敵と対峙するときの怖さと違う。


多分、本人は気づいていないのだろう。

良くも悪くも、無自覚とは恐ろしいものだ。


あそこでのどを切られていたともしても、別の誰かがこの展開を迎えていただけだ。

そこまで気にする必要もないというのに。


『このオレを捕まえられたら、教えてやろうかね』


そういえば、そんなことを言っていた。

誰もがよく聞く、ぞっとしない話らしい。

あの鬼のことだ。とんでもないことを隠しているはずだ。


ここに代わりのロボットを用意していたということは、教えるつもりもなかったのだろう。退魔師がここに来るのも分かっていたのかもしれない。


そして、頭であるオボロが逃げたということは、悲劇はまた繰り返される。

ここにいたクルイに聞いたところで、無駄かもしれない。

入れ替わっていたことに気づいていたかどうかも分からない。


「結局、根本的なところは解決してないってわけね」


モモはため息をついた。




その後、他の狩人たちや騎士団もこの部屋に来た。

ステラたちの解析によれば、ここにいた代わりのロボットも盗品だったらしい。

これはこれで回収され、別の事件として捜査するらしい。


ここにいた生き物たちはガラスケースごと運び出された。

結局、生きた人間は誰一人、ここにいなかったのである。

彼らはどこかの病院で安楽死させられるとのことだった。


「とどのつまり、何から何までフェイクだったってことかよ」


ウィルは毒づき、舌打ちをする。

カーネリアンも渋い表情でうなずいた。


「オボロ……その名の通りに、すべては曖昧なままに終わりましたね」


「何とも後味の悪い話だ」


ナラカは回収され、ナキリは解散となった。

この廃村の管理は県に任せることになるのだろう。


これで一段落着いた。しかし、腑に落ちないのが正直なところだ。

頭であるオボロが見つからなかった。


ここが襲撃されることを予想した上で、彼は身代わりを置いて逃げた。

どこにいるかも分からない。何もかもが分からないままだ。

振り出しに戻ったも同然だった。


「いつか必ず、姿を現すはずです。

その時は絶対に捕らえましょう」


彼女の青い眼はまっすぐに未来を見据えていた。

面倒くさいとか、一切考えていないのだろう。

その芯の強さに嫉妬さえ覚えてしまう。


「何でアンタらが協力すること前提になってるんだ」


「事件は解決したかもしれませんが、まだ決着はついていないでしょう?

その時はいつでもお呼びください。我々が力になりましょう」


「じゃあ、うちの連中もこき使ってやってくれ。

足手まといにはならないだろうさ」


二人はがっちりと握手を交わした。






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