第10話 『ボール事件』 その1

 さて、このあたりから、母が起こした事件について、いくつか書いて行きます。


 ただし、状況が状況で、相手の方の承諾はいただいておりません。


 したがって、個人名が特定できるような具体的な名称等は、避けております。


 いつ、これが起こったのかは、よくわかりません。


 母が庭にいた時に、道路からボールが飛び込んできた、近くに落ちた。


 ということでした。


 最初は、それだけだったのです。


 あぶないね。


 くらいのお話しでした。


 それが、いつの間にか、足にぶつかった、ということになり、たんだん、被害の程度が大きくなりました。


 そうして、最初は、誰が行ったことか、わからないということだったはずのものが、Aくんがやった、という話から、やがてBくんになりました。


 話が固まって来ると、学校に、じきじきに苦情を入れたんだそうです。


 それも、小学校と、中学校に。


 そうして、朝礼などで、こうした行為を誰がしたのか、また、二度と行わないように、路地で遊ばないように、強く言ってほしいと要求した様です。


 まあ、私が子供時代にも、野球遊びをして、ご近所の敷地内にボールを放り込んだとか、ガラスを割った、とかの話は、オバQ、などを持ち出すまでもなく、定番のトラブルでした。


 しかし、困ったことに、先ほどのように、話がだんだん変わって行き、難しい方向に進んでしまうのです。


 また、年寄りですから、あっちこっちで転んだりするし、足が痛いのは普通の話でもあり、当初は、近くに落ちたと言っていたこともあり、事実の特定がしにくかったのです。


 もし、本当に、塀の中にいる母に向かって、故意であれ、偶然であれ、その向こうから、ボールを投げ込んだりしたのでしょうか?


 私は、どうも、それがすべて事実とは思えなかったのですが、ボールが入ってきたことは、事実かもしれません。


 母は、そのことをさかんに、ご近所やいろいろな場所で、主張して回ったようです。


 警察にも、申し出たようです。


 私も、教頭先生と電話でお話したり、交番に行ったりもいたしましたが、事実関係がはっきりしないうえに、母の怒りは激しくなるばかりですし、周囲は、母の言動は事実ではないということに決まっていましたし、どうにも解決方法がみあたりません。


 ご近所とも、お話し合いしましたが、もちろん、そのような事実はないという前提でないと、お話ができるわけもなく、ひたすら、お詫びする以外には、なかったのです。


 もしかしたら、もっと、良い解決法がないかと、行政の相談所や、医師にもご相談しましたが、やはり他力本願は通じないようです。


 専門のドクターから指摘されたことは、「あなたが、ぼくにまかせろ」、と言って、お母様を安心させるのが一番ですよ。


 とのこと。


 いや、それは、そうでありましょう。


 たしかに、絶対的に力のある、りっぱな、優秀な息子であれば、もっと、ましなことにできたかもしれません。


 奥様からは、「あなたが、なんでも言うこと聞いて来たから、こうなるんだから。」とも指摘がありました。


 それでも、奥様が、援助してくれたことは、間違いなく、ありがたいことでありました。


 奥様は、母の攻撃の対象にされていましたから、辛かったと、思います。


 離婚騒動になっても、おかしくは、なかったのです。


 母は、親戚にも、電話で必死に自分の主張を1時間でも2時間でも、話し続けたようですが、それは、あいての仕事の妨げにもなるし、また、私も、仕事があるわけで、常時監視するわけにもゆきません。


 電話を止めることも考えましたが、それでは、逆に、いざという時の対応ができなくなりますし、ましてや、うまくゆくとは思えません。


 しかし、あるおじは、『監禁してもどんな薬を使ってもいいから、外に出すな!電話させるな。』と、強く申し入れて来ました。(そりゃあ、無理です。犯罪になりかねませんから。)


 まあ、おじも、よほど、困ったには、違いないです。


 親戚代表と言う感じで、言ってきたのだと思います。


 どこの親戚も、多かれ少なかれ、同じ状況になったようですから。


 これは、つまり、私は、母の主治医以外(奥様は別格として)に、ほとんど味方がいない、孤独な紛争に追い込まれたというわけなのです。


 その先生だけは、「あなたのおかあさまの恐ろしさは、他の人には、わからない。」と、いつも、無理な相談に乗ってくださっておりました。


 病院側は、実は、母がトラブルメーカーということで、相手をしたくなかったのです。


 それは、はっきり、他の先生から言い渡されましたので、たぶん、間違いないです。


 それでも、援助を続けていただいたのは、感謝に絶えません。


 また、私が、しょっちゅう、呼び出されて中途で帰ってしまったりするんで、職場からも、黄色信号となりますし。


 多くの方は、「そりゃあ、あんたが、頼りないからだ。」


 と、おっしゃるわけなのですが、私が、母を完全に見捨てられるわけもありません。


 それでは、法律的にも、許されない状況になりますでしょう?


 良心に基づいても、粗雑なことはできないと、思いました。


 かっこよく言う訳ではないのですが、それは、ひとり息子の、宿命であり、だれにも転嫁できない、責任でもあります。


 最後まで、歯を食いしばって、なんとかしなければ、ならないわけです。


 それは、しかし、経済的にも、もちろん、裕福ではないので、綱渡り以外のものでは、なかったのです。



  ************   **********



                        ゆっくり、つづきます




 

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