第71話 幼馴染の女子勇者が、始まりの街に帰ってきました!
僕らがアカンサスに戻ってきたのは、それから一日経ってからだった。魔王が翼竜を貸してくれたおかげで、想定よりもかなり早く帰ることができたんだ。
翼竜に乗っていた時にはもうみんな落ち着いていたが、なぜかマナさんだけはルフラースにくっついて泣きどおしだった。本当は魔王の呪いが嫌で堪らなかったらしい。普段気丈だったのに、人間っていうのは解らない。
魔王は父さんとベーラさん(もう呼び捨てはやめたほうがいいよね、怖い)が帰ることを非常に残念がっていたが、たまに遊びにくると二人が返答したら喜んでいた。あんな奴が魔王だったなんて、つくづく不思議な世の中だと思う。
アカンサスに着いてから道具屋に向かうまで、ずっとパティと僕は手を離さなかった。もう僕らを妨害するものはない。満ち足りた気持ちのまま道具屋に入ると、おふくろが泣きじゃくりながら僕に抱きついてきた。
しばらくしたら落ち着いたので、
「じゃあおふくろ。僕は他のみんなにも挨拶してこないといけないからさ。もうちょっとだけ店番頼むよ」
「わ、解った! パティちゃん、この子を宜しく頼むわね」
「あ……は、はい!」
「おいおい。なんだか僕がパティに世話されてるみたいじゃないか。じゃあ、ここに居てよ。絶対だぞ」
僕らは道具屋店の扉を開けて中央通りに向かう。物陰に居心地悪そうに立っている父さんを見ると、なんだか笑ってしまう。パティも同じく微笑んでいた。
「モンスターだった頃、一度ここに俺が来たのは覚えているか? 顔だけは変装していたんだが」
「覚えてるよ。デタラメなステータスだったからビックリした」
「ははは。あの時はこの街に奇妙なものを感じていたんだ。まさか、自分の地元だったとは露ほども思えなかった。……立派になったな、アキト」
「まだまだ僕は、父さん程立派じゃないよ。さあ、早く会いに行ってあげてよ。おふくろに」
「……ああ」
ルトルガー道具屋店の店主が帰って来たのは一体何年振りだったろう。街のみんなが噂していた。店の中でどんなやり取りがあったかは知らないけど、その日からおふくろは笑顔が絶えなくなった。
そういえば余談がある。アカンサスに帰って間も無く、数日の間に二回も結婚式が行われた。一組はガーランドさんとベーラさん。もう一組はルフラースとマナさんだ。どちらも凄く幸せそうで、はたから見てるほうも嬉しくて堪らなくなった。
マルコシアスさんは今回の冒険の成果を認められ、後輩の僧侶や魔法使いを指導する立場になった。関係ないが彼の部屋には何故かゴーレムも居候しているらしい。一体何者で、どういう経緯なのか全く解らないけど、害がないなら別にいいだろう。
更に三日の月日が流れ、僕達は王様に呼ばれて謁見の間に行くことになった。メンバーは僕を含めて六人。パティ、ルフラース、マナさん、ガーランドさん、マルコシアスさんだ。
どうやらみんな謁見の間で待っているらしく、僕とパティだけが遅れている。と言っても遅刻ではない。城への道を並んで歩くときも、彼女は手を握りしめてくる。いつまで経ってもドキドキがおさまらない。僕は困った奴だ。
「やっと全部終わったね! アキト」
「安心したよ。それにしてもさ、その服装でいいのかよ?」
「え? 爽やかかなって思ったけど、ダメ?」
白いワンピースが涼しい風に揺られていた。今日はやや暖かいので、ちょっとだけ外に出るにはこれで充分かもしれない。愛らしさに思わずため息が出る。
「普通王様にそんな格好で会いにいかないだろ。魔王と戦った時の服装にすればよかったのに」
「やだ! もっと女の子っぽい服装がいいの。ねーえアキト、明日はどこに遊びに行こっか?」
「家の中でのんびりしていればいいんじゃないか? 大冒険をすませたばかりだろ?」
「そんなのつまんないー! アキトは草食系+勘違い系+難聴系+、」
「いろいろ足し過ぎだ! ワケの解らない奴になっちまうだろ」
「とにかくデートの場所決めて! ロマンチックなところ」
「ウチの勇者にロマンチックは似合わないな」
「似合うもん! 私はロマンチック力が高いはず」
「そんな能力値はない! あってもパティは低い」
「アキトは鈍感力がとっても高そう。隠しステータス」
「そんなステータスいらんわ!」
僕らはようやく城門に入って階段を上る。そうだな。確かに明日のデートは早く決めないと。そして、何としてもパティと初めてのキスをする予定だ。恥ずかしいからここだけの秘密にしてくれ。
そうこうしているうちに部屋の前でみんなと合流した。勇者の手により謁見の間の扉が開く。
赤い絨毯の周りにはビッシリと兵士達がいた。みんな笑顔で僕らを向かい入れてくれる。よく解らない楽器を持っている兵士の演奏が始まる。少し後ろでルフラースがささやいてきた。
「こういう時は、ゆっくりと進むんだよ。あんまり急いじゃうと不恰好なんだ」
「流石、新婚さんはよく解ってるな」
「ちょ、ちょっとアッキー。新婚は関係ないでしょう。まあ、あなた達もすぐに……」
パティが慌ててこっちを振り向いて、顔を真っ赤にしながら、
「な、ななな何言ってるんですかぁ!」
「パティ! そろそろ進めって、演奏が終わるぞ」
なんだかんだで僕らは王様の元へ辿り着く。今回は片膝をつく必要はないらしい。
「堅苦しい挨拶は好きではない。ストレートに言わせてもらうぞ勇者達よ。本当に良くやった! お主達のおかげで、世界は平和になったのじゃ。ワシは……ワシは……くうう」
「国王様、嘘泣きはほどほどに」
「う! 痛いところをつくな大臣よ。ではパティよ。お主に伝説の勇者の称号を授ける!」
王様が何か金ピカの物を両手に持ち、パティが取りに来るのを待っているようだ。
「は、ありがたき幸せ、」
彼女が歩み寄り、褒美の品を受け取ろうという瞬間だった。
城中、いやもしかしたらアカンサス中に響いたかもしれないくらい大きな雷鳴がした。そして一時的にではあるが城内が真っ暗になる。一体何故だと辺りが騒然となっていると、王様の背後の天井付近がモヤモヤと光りだした。
「な、何……アキト! あれって何なの?」
「わ、解らない……まさか」
「モンスターの顔に変わっておるぞ。恐らくは魔法を使って映像を流しておるんじゃ!」
「何だと!?」
マルコシアスさんとガーランドさんが叫んでいた。え……なんでここにきてモンスターが?
「あれは何かしら。見たこともないモンスターだわ」
「俺達の知識にないということは……違う世界?」
マナさんとルフラースは意味深なこと言い出してるが、マジでやめてくれ。とうとうモヤモヤした何かがモンスターの顔になり、こちらを睨みつけていた。確かに実体ではないように見える。
『フハハハハ! ルーコに勝ったくらいで世界が平和になったなどと、何を寝ぼけたことを抜かしておるかあ! ワシは闇の世界を支配する大魔王! このまま地上にも侵略しちゃおっかなー、どうしようかなー? 平和を守りたければ、こちらの世界に降りて我を倒すのだな! というか必ず来るのだぞ。楽しみに待っておるからな。ハッハッハー!』
ヒュンっ! と映像が切れて照明が元に戻る。辺りは沈黙に包まれ、僕は頭を掻いた。まだいやがったのか。
王様はコホンと咳払いをしつつ、気まずそうな顔でパティを見る。
「う、うーむ。……何ということじゃ。まさか大魔王が存在しておったとわな。勇者よ……あの……なんていうか。倒しに行ってくれるかな?」
幼馴染は隣でプルプル震えている。あ……これはヤバイ。マジでヤバイ時の顔だ。
「ぜ、絶っ対ヤダー! ふええええー!」
幼馴染の女子勇者が、始まりの街から出て行きません! コータ @asadakota
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